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The Beginning of the Incident(5)

 診察が終わり自宅に戻ろうと省庁内を歩いているところだった。琉乃の家の前に大石が立っていた。

「大石さん、どうされたのですか? 」

 大石は神妙な面持をしていた。

「琉乃さま、お帰りなさいませ。実は… 琉乃さまにお聞きしたいことがありまして… 」

 琉乃は大石の顔色から声をかけた。

「とりあえず上がってください」

 家に入ると琉乃はすかさず机の上に置いてある書した紙類をどかし、大石を招いた。

「失礼いたします」

「いまお茶出しますね」

「お構いなく」

 大石は琉乃を待っている間、琉乃の家の中を見渡した。なんの変哲もない客間だった家が、いま琉乃の住まいとして当たり前のように在る。

 琉乃が片付けようとした紙に書した文字は大石には理解が出来ず、お茶を淹れている琉乃の成り行きを見守った。


「どうぞ」

「頂戴いたします」

「…… それで、どうしたのですか? 改めてわたしのところに来て聞きたいということは? 」

「…… もうお気づきだと思いますが、壮馬さまはかなり窮地に立たされております。あのような悲惨な状況もどうしても責任問題となりますと追い込まれております。

 しかし壮馬さまは梅さまから啓示を頂き今のお立場となっております。

 …… 逃げるわけには、いかないのです」

「…… 」

 琉乃も感じ取っていたことだった。

 診察に行くたびに民各々から聞かされる壮馬批判の言葉たち。

 最初は琉乃も前向きなフォローを入れていたのだが、それはもう収拾がつくレベルではなくなっていた。

「それで、わたしに何をしろと? 」

「…… 壮馬さまは責任感の強いお方です。投げ出すような事などしない。

 事の重大の認識を持ちつつ、ひとつを解明したいとお考えでございます」

「解明? 」

「黒のトープを纏った男の存在を炙りだしたいのです」

「わたしはその人のことなんて知らないわよ」

「しかし、琉乃さま言いましたよね? 壮馬さまがその話をしたときにフードを被っていなかったか、と。それはフードを被った状態のその男を知っていたから、ですよね? 」

「…… その人のこと自体を知らないというのは本当よ。

 ただ、わたしも1回だけその人を見たことがある。そう、フードを被って黒いトープを纏った男を、ね。だからそう聞いただけ。それ以上のことは知らないわ」

「どこでその男を見ましたか? 」

「アンフェアね。わたしは質問されるだけなのかしら? 」

「…… 質問があれば、どうぞ」

(喉が乾いた、琉乃さまの淹れてくれたお茶でも飲もう)

 そう思った大石の飲み込む力が強くなる。

「どんな空色がお好き? 」

「空色……ですか? 」

「そう例えば、青空、曇り空、雨空。時にラベンダー色の空色とか」

「…… 私は天気にはめっぽう恵まれない男でして。ほら、一緒に蓬を摘みに行った時も雷雨に見舞われました」

「ごめんね」そう言いながら蓬を摘む琉乃の姿が大石の脳裏によぎる。

 大石は琉乃の紙に書した文字を一瞥した。 

「…… 私には理解が出来ないのです」

「そう、ありがとう。男を見た場所は壮馬さまの家よ。初めて此処にいざなわれた時に最初にいた壮馬さまの部屋の角に、あの男がいた。

 一瞬だったけれどね」

「そうですか、ありがとうございます。これ、壮馬さまに頼まれて持って参りました」

 大石はPCを琉乃に渡した。

「ありがとうございます」

「では、私はこれで失礼致します」

 玄関の前で大石を見送りながら琉乃は行こうとする大石を引き留めた。

「大石さん、今日安岐さんたちって民に向けた講義を開講しましたか? 」

「ええ、昼頃から夕方近くまで行われていたようですよ。それが何か? 」

「いえ、ちょっと聞いてみただけです」

 会釈をして大石は琉乃の家をあとにした。

 部屋で琉乃は大石から預かったPCを立ち上げた。

 壮馬からの交換日記が表示される。

 琉乃は一息ついて、筆を走らせた。


{幼い頃気付いた事は、雪と風はどちらが強いのか考える必要性がないということなの。

 両者が力を合わせればとてつもなく強い天候になる。人間を従わせる力にも成り得る。

 そう、それは競い合う意味なんかないということだった

                                     琉乃}


 送信して保存した。そしてPCを閉じる。

 琉乃は紙に書した文字を心の中で一読した。



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