The Beginning of the Incident(3)
それから壮馬の指揮官のもと、民の住環境に順々にインフラが設備され浄水の整った水道が設置されていった。
およそ八か月。
この流行り病に要した時間は人の身体と精神をずたずたにしたことに違いはない。
それでも、なんとか踏ん張れたのはやはり異国を旅する医療の知識を有した女の存在が大きいことに民も官民も周知していることは確かであった。
久しぶりに十分な睡眠をとれた琉乃は大石経由で壮馬のもとを訪れた。
官邸は人の疲弊を感じさせない建造物としてそこにある。
「失礼致します」
壮馬は椅子から立ち琉乃をソファに座るよう促した。
対に壮馬も座り、後ろには大石が控えていた。
「この度はご苦労であった。琉乃、お前の献身が大きな実を結んだと言っても過言ではないだろう」
「わたし一人の力ではありません。
共に診療にあたってくれた受講生の方々も本職の傍らにも関わらずあんなに懸命に励んでくださいました。
それに壮馬さまのお力あってからこそこの都は守られたのだと感慨深く思っております」
「…… 琉乃、形式的なことはここまでとしよう。
これからは俺たちの話として訊いてもらいたい」
―― そんなに親密になっていたと思っていない、そう思ったが琉乃は笑顔で躱す。
「なんでしょう? 壮馬さま」
「うむ、お前からの質問に答えていないと思ってな。答えるべきかどうかずっと考えていたんだが、琉乃がこのような流行り病を収束させてくれた結果を鑑みて言うべきと判断したんだ」
隣で大石が心配そうに壮馬に声を掛ける。
「壮馬さま、本当に言うのですか? あのことはあの場に居た壮馬さまと私だけの内密にするように言われていたのですよ」
「…… いや、いい。琉乃には言うべきだと思ったんだ。そうでなければフェアではない」
「なんの事を話しているのですか? 」
「数年前の話だ。といってもAIが自滅して国・都が崩壊の危機になったときのことだがな。
俺と大石がふたりでこれからの事を話していた時だ。
背後にいきなり黒のトープを纏ったいやに怪しげな男が現れたんだ。
その男は俺たち官民と民との差別化を図るように、特に水に関しては徹底的にやれ、と言ってきた。
そうでないと国が今以上に崩壊する、と言うのだ。
俺が名を訊くとその男は言ったんだ。
”呪わしき生まれの尊い占い者“とな。そして俺が瞬きをしたその瞬間、その男はいなくなっていた」
「その男って…… もしかして、フードを被っていなかった? 」
「ああ、お陰で顔がはっきりとは分からなかった」
「それで、その男の話を鵜呑みにしたの? 」
「俺たちもどうしたものかと考えたのだが、なにしろ怪しげな男だったからな。
ただ国・都の財政もぎりぎりで、なによりも占い者というのに引っかかってな」
大石が話を繋ぐ。
「私たちの国はもとより梅さまという占い師に頼っておりました。
ちょうどその頃梅さまも体調を崩しておりましてとても国・都のことに介入出来るような状態ではなかったのです。
そんな時に現れた占い者と名乗る男の言う事に背けばそれはそれで恐ろしいことだと思ったのです」
「なるほど。時と状況から従うに値すると判断したのね。
それからは安然していたけれど数年後に今回のような非常事態が起きてしまったのね」
「ああ、あの男は一体何者であったのだろう?
結局のところ、混乱を招いて危うく国が崩壊するところだったと言っても過言ではなかった。
琉乃、お前がいなければな」
「呪わしき生まれの尊い占い者…… 」
「その謂れも気になったのだが、占い師は陰と陽を持ち合わせたもっともらしい生き物だからな。
預言通りにしたんだ」
琉乃の頭には微かに予感を感じていた。
その男はきっと自分がハーブ畑にいたときに一瞬みた、あの男だろう、と。
「俺たちは信じるべき者を誤ってしまったのだろうな…… 亡くなった民も数名いるしな」
「なるべくしてなった、と考えるしかないわよ。今回のことが無かったとしても他の最悪な事態が起こっていた可能性もあったのかもしれない」
「どういうことだ? 」
「考え方として、ということよ。このようなことは善悪で割り切ることなんて出来ないでしょう? 」
「…… お前は、俺のことを責めないのか」
「責めたからといって時間が巻き戻される訳がないでしょう。
それに国が崩壊するとまで言われていたんでしょう? 壮馬さまの判断は国・都を守るという趣旨の上での判断。
それよりも、壮馬さまはなんでもかんでもひとりで背負い過ぎよ。
そりゃお立場的なものもあるでしょうけれど、貴方にはもっと信頼していい人が周りにいっぱいいるはずよ」
壮馬の頭の中に写真の中の女性が映し出された。
〈どうして壮馬はいつもそうなの⁉ 少しはこっちのことも考えて‼ 〉
大石は眉間に皺を寄せて壮馬を心配そうにみている。
様子のおかしい壮馬に琉乃は気が付いた。
「壮馬さま? どうしたの? 」
その言葉で壮馬は はっ、とした。
「いや、なんでもない。お前に情けをかけられるとは俺もまだまだだな」
琉乃はくす、と笑った。
「ええ、そうね」
責める…… そんなこと出来るわけがない。
琉乃は同時に自身にも責任を感じていた。
信頼しなければならない、それは自分に言った言葉だ… そう思いながら琉乃は笑うことを選択した。
心をつねりながら、そう選択した。
しかし、あの黒いトープを纏った男とは一体何者なのであろうか。
こうなることを予測して、敢えて壮馬たちを混乱に陥らせ意図的に国・都を崩壊させようとしたのだろうか、そう琉乃は考えていた。
一体なんのために? その男にとってなんの利があるというのだろうか。
愉快犯なのか?
琉乃は考えるほどに暗に陥る始末だった。




