ハーブ畑(2)
講義の会場は保険省の会議室だ。
会議室といっても建造物は高床式の狭小なものだ。
しかしそれでも受講生は集っていた。
琉乃は前々から用意していたテキストブックを開きながら受講生たちを見ていた。
ほとんどが省庁の人間だ。民からは少数の者…
そう思いながらドアの向こうをみると大石が立っていた。
「琉乃さま、お時間です」
咳払いをし、壇上に琉乃はあがった。
琉乃はまず軽く挨拶をし、すぐに講義内容へと入った。
講義内容はまず基礎の基礎から。
医療という意識と倫理。
それは人間性から発せられるものである、とは直接的には言葉にはしないが、講義内容から受講生が汲み取ってもらえたら今日の収穫は上々である、と琉乃は踏んでいた。
そんなことを思いながら、琉乃は今回の講義を開催するにあたっての説明を壮馬と大石から受けた時のことを脳裏に浮かべる。
壮馬から目くばせをさせられた大石は琉乃にこう告げたのだ。
「受講生は希望を取ります。
民からの希望者は試験を受けてもらい合格者のみ、省庁の希望者は試験は免除とします」
省庁の人間ならば頭の切れる者が集まる。
それに比して民の学の深さに差があることは明白だ。
琉乃は民の家の整備されていない水環境を頭に思い描いていた。
講義は予定時間を少し過ぎて終了した。
一息ついて皆が退席していく中でひとりの受講生が琉乃に話しかけてきた。
「琉乃先生、今日の講義大変参考になりました」
琉乃はひと目見て彼が保険省の幹部生である安岐という男だと認識した。
講義が始まる前に今回の受講生の名簿を大石から貰っていて、受付の際に顔と照合していたのだ。
「安岐さんも熱心に訊いてもらってありがとうございます」
「今日の参加者は省庁の者に限定した方がいいと思ったのですがね、大石さまには受け入れてもらえなかったのですよ」
民にも受講の機会を設けてもらったのは琉乃の一存であった。
そのことをこの者は知らないらしい。
安岐は20代前半の若い男だ。
自分よりも若い男にそのように不躾に意見されて大石もさぞかし思うところがあっただろうに、琉乃はそうよぎる。
しかしこのような不躾も若さ故と思えばそれもそうであろうに、と、よぎる頭に琉乃はそう付け加えた。
「民だからこそ学ぶ意義というものが存在すると思うのですよ」
いつものにっこり、と添えてそう琉乃は安岐に告げた。
「琉乃先生は本当にお心が広いお方でしょう」
安岐の後ろには綾部、三菱という同じく幹部生の男と山元、新木という女幹部性がいた。
5人とも頭の良さそうな面をしている。
新木が安岐の裾を引っ張る。
「安岐さん、もう行きましょうよ。他の受講生はもう行ってしまったわ」
山元も話に入る。
「省庁の者どころか民の受講生さえももう行ってしまいましたわ」
綾部と三菱も横から入ってきた。
「試験を受けてこの講義を受講した奴らでさえも、だ」
「すれすれで合格の受講できた幸運の持ち主さ」
なるほど、そう琉乃は思った。
格差、というものはいつなん時もいつの時代も存在する。
それを是正しようと掲げても所詮綺麗ごととなってしまうのは人間の本質か不条理か、誰にも真相は掴めないのかもしれない。
それでは、と琉乃に会釈して安岐一向は会議室を退席した。




