ハーブ畑(1)
「行方不明者が最近出てるって話だぞ」
「物騒ねぇ」
民の会話が右から左に通りながら琉乃はそのまま角を曲がり自宅へと急いだ。
琉乃の荷物は行きに持っていく重量と比して帰りは軽い。
早く帰らなければ… 帰りが遅いとうるさい人間がひとり、いるからでもある。
「遅いぞ」
琉乃は苦笑いをして小さく溜息をついた。
「しょうがないでしょう? 少しの残業は許容範囲になるの。
患者の様態にもよるし。
っていうか、待っててなんて言ってないわよ」
「早く手を洗ってこい」
蛇口から出る水をみて琉乃は呟いた。
「今日も綺麗… 」
洗面所に行くとずっと前から琉乃には気になっていたことが2点ある。
1点目はここの鏡が曇っていて全然鏡の役割をしていないのだ。
琉乃は何度も磨いているのだが、何故か曇りが解消されない。
「壮馬さま、どうして鏡がこんなに曇っているの? 」
「鏡? なんのことだ? 」
「琉乃さま、お疲れ様でございます」
いつの間にか大石も当たり前かのように琉乃のことを待っていた。
「大石さん、なんでここに? 」
大石は琉乃ににっこりと笑いかけた。
「さあ、いただきましょう」
琉乃は溜息をつく。
三人で夕飯を食べながら、たわいもない話をする。
本当にたわいもない話なのでこれに意味を見出すことなんて到底無理だろう、と琉乃は常々思う。
しかし、この無意味なことが人間にとって大切なことであることもなんとなく感じてはいた。
そしてもうひとつの気になること。
この壮馬の家や琉乃の家、ここら辺一帯つまり省庁には綺麗な水が使われているのに対して診療へ行く民の家で使われている水は、整備されていないのだ。
明日の診療へと行く時も綺麗な水を持って行かなくちゃいけないから修行の一貫だ、と心に思っていた。
「琉乃、いよいよ明日開講だな」
「省庁の者たちも受講を楽しみにしておりましたよ」
「他人のお役にたてるよう努めるわ」
にっこり、と笑い、内心琉乃はこう思う。
他人に教えるという行為はかなりハードルがあがるのだ、と。
医療資源の製造に都として尽力をあげることになり、それに伴い医療人の確保も政策に掲げた壮馬は琉乃に講義の開講を依頼してきた。
琉乃自身はそれ自体はアウトプットにも繋がるので快諾をしたはいいが毎日の仕事にプラスアルファで仕事が加わったことで疲労感はアップしていた。
「琉乃、お前大丈夫か? 心ここにあらず、という感じだぞ」
はっ、として琉乃はまた笑顔を創る。
「なんでもないわ」
箸が進み咀嚼と同時に琉乃は壮馬と大石が出している気遣いの空気の匂いを搔き消すよう努めた。




