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未来からのいざない(2)

時は2222年の日本。


あることがきっかけで国から医師免許を剥奪されてしまった東乃宮琉乃。

自死を決意するがひょんなことがきっかけでいざなわれたかのように3333年にタイムスリップしてしまう。


そこは残された文明と後退化した未来だった。


そこで巻込まれる事件を解決していく中で琉乃は自身の身の回りの秘密を知ることになる。

未来の国のあるじである壮馬の抱えているもの、そして琉乃の身に振りかかる運命は偶然か必然か。


タイムラインの錯綜ストーリーです。


前話<未来からのいざない(1)>では琉乃がタイムスリップするまでの経緯が描かれています。

そちらもご覧いただけると嬉しいです。


 高床住居の一室に美しい木目のテーブルと椅子がある。そこには一人の男が座っていた。 

 スタンドを点け、本を拡げ、肘をつき、物思いに耽っている。


「どのようにしたら良いというのか… 人口を増やし、人類の発展を試みる… このままでは全滅してしまうというのか… 」


 どさ、と重い音がした。

 後ろを振り向くとそこにはいつものその男のベッドがある。

 しかし何やら埃が舞っている。

 ベッドの横にはなにやら四方の形をした大きな銀色の箱が寝そべっている。


「これはなんだ…? どこかでみたことがあるような…? 」


 ベッドの布団をめくると、そこには見知らぬ女性がいた。


「この女はなんだ? いつここに侵入したというのだ? 」


(死んでいるのだろうか? いや、寝息をたてているから生きてはいる。

 いやに肌に艶がある。髪も綺麗だ。いや、それよりも容貌が美しい)


 その美しい女がうつろに目を覚ました。


「… ふぇ? 」

 寝ぼけている。


「起きろ。お前何者だ? いつ俺の住居に侵入したんだ? 」

「… 侵入…? 」

 がば、と威勢よく女は起き上がった。


(やはり美しい女だ。

 しかし見ない顔だ。

 こんな美しい女なら評判になり噂があちらこちらに飛び回ることだろうに)


「ここ、どこですか? 

 わたし、確か大きな地震があって、いままでに経験したことのある震度15なんてものじゃなかったです。

 しかも空が異様な色に染まっていったわ。あれは一体? 」


「お前は俺の話を聞いていたのか? まず俺が聞いているんだ。いつここに侵入したんだ? まさかお前、俺を誘惑しに来たのか? 」


「誘惑? なにを寝ぼけたことを言っているの? 」


 そのまま自身がベッドの中にいることに気付いたその女性は、みるみる間に顔を引きつらせた。


「きゃ―‼ 貴方、わたしになにしたの? 女性をベッドに寝かすなんて、失礼極まりないわ‼ 」


「し―‼ 大きい声を出すな! いま何時だと思っている? 

 誤解だ‼ 俺はなにもしていない! 

 気付いたときにはお前は俺のベッドに寝ていたんだ! 

 そこの銀色の箱も一緒にな! 」


 女性はその箱をみて、すべてを思い出した。


「そうだ、わたし… 」


 ドアのノック音がその家に響き渡る。


「壮馬さま、どうかなされましたか? 

 なにやら大きな音がしたようでございますが…? 」


 壮馬と呼ばれるその男は慌ててドアの方へと向かう。ドアを開け、外へ出てドアを閉めた。


「いや、なんでもない。

 大石、すまない。考え事をしていてな。

 どうやら考えすぎてしまったようだ。心配かけたな」

「そうでしたか。夜遅くまで仕事を… ありがとうございます。

 ゆっくり休まれてくださいませ」

「あ、ああ。ありがとう」


 溜息をひとつついて壮馬は部屋に戻った。

 さて、この女はどうしたものやらと思い睨みつけた。

 女は既にベッドから出ていて、部屋の外を窓伝いにみていた。


「おい女、お前名はなんという? 」

「… 」

「おい! 」


「あ、ごめんなさい。えっと、わたしは東乃宮琉乃といいます。

 あの、ここどこですか? 

 まるで先住民の居住地のような… 外には竪穴住居、それから掘立柱住居がある。

 ここは、もしかして高さからいって高床住居? 

 しかも近代的な建物は一向に見当たらないばかりか暗いけど恐らく辺りは緑が豊かよね? 」


「お前、なにを言っている? 」

「けれど貴方の話す言語は日本語。顔も東洋系。日本人と推察してもいいのよね? 」

「さっきからなにを言っている? ここは紛れもなく日本だ」


「ここは地方なの? わたしは地方に運ばれたの? 

 それにしても先程の来客者の様子からみるとかなり階級制度がはっきりしすぎていない? 」

「ここは日本の都だろう。なにを分かり切っていることを聞いているのだ? 」


「都? 京都のこと? 」

「日本に都道府県の概念がなくなったのは随分昔のことだろう? 

 お前、どんな教育を受けてきたのだ? 」

「都道府県の概念がなくなった? どういうこと? 」


「千年以上前の大地震は世界を襲ったことは知っているよな? 」

「千年以上前の大地震? 世界を襲った…? 」


「お前、怪しい人間だな。 来い‼ 皆の者の前に連れ出してお前をここに手引きした者をあぶりだしてみせしめにしてやる! 」

 壮馬は琉乃の首根っこを掴み、外へ連れ出そうとする。


「え? ちょ、ちょっと待って‼ わたしにはまだ理解出来ていないことがたくさんあるのよ―‼ 」


「それはこっちの台詞だ‼ 」


 ドンドンドン‼


 ドアを強く叩く音が遠くから聞こえた。

 壮馬のドアの向こうから微かだけれどはっきりと聞こえる音と声。


「何事だ⁉ 夜更けだぞ‼ 」


「うちの子が… うちの優弥が昼間に怪我をしていたのです‼ この子ったらそれを言わずにずっと我慢していて… お願いです! うちの子に治療をしてください! このところ、ちいさな怪我でも死にゆく子どもも大人も多いではないですか! 心配なのです! 」


「… 家に戻り、自身で治療をしろ」


「そんな…⁉ お願いです! うちの子を診てください! 」


「… 何度も言わせるな! 」


 壮馬はドアの前で立ち止まり、夜兵の声とその治療を懇願する親と思われる母親の声を聞き入っていた。

 壮馬の手が震えていることに琉乃は気付いた。そして頬に伝う冷や汗にも気付く。


「どうしたの? 貴方たち、どうして治療をしてあげないの? 」


 壮馬は固まっている。身体全体が震え始めている。

 琉乃は壮馬の身体をどけ、ドアを開け外に出た。そしてその母親のもとへと駆け寄った。


「貴方の子どもはどこ? わたしが診るわ」


 壮馬が我に返り、琉乃のあとを追ってきた。


「おい、お前! 琉乃! 勝手なことをするな! 」


 夜兵が間に入る。

「壮馬さま、この者は何者です? 妙な身なりをしておりますが… 命あらば矢で射貫ますが? 」


「いや… 」


「壮馬さま? どうなされました? 」


 さっきの大石と呼ばれていた男の声だ。


「壮馬さま、この者は? 」

「その… 」


 会話の間に入る琉乃の顔は怒っている。

「ちょっと、貴方たち。そこでなにをしているの? ぼっとしてないで早くこの子を救護室へと運んで」

 

 三人の男たちはその妙な女に上から強く言われたことに尻込みをする。


 大石が口を開いた。

「救護室なんてものはございません」


「それじゃあどこか横になれるところか、それか座れるところでもいいわ。早く用意して」


 母親が恐る恐る声をあげた。

「わたしの家でよかったら… 」


「いえ、私たちの方で用意します。兵たちの談話室を使いましょう。いまなら昼兵も仮眠をとっていますし、使っている者はいないはずです」


 大石が指揮をとる。そして大石自らその傷を負った優弥という男の子をおぶって運んだ。


 この男の子は5才くらいだろうか。

 左の膝がぱっくりと割れていて血も滲んでいる。

 ここは一体どんな環境下なのだろう? 

 5才の子どもがこんなにも大きな怪我を負ってまでも声を挙げずに我慢していたなんて…

 そう琉乃は考えていた。


 談話室に着くと、大石は優弥を椅子に座らせた。夜兵はそのまま警備をしてる。談話室に来たのは琉乃と壮馬、大石と優弥と母親だった。



「で? 治療道具はどこなの? 」


「… ございません」


「ない⁉ どういうことなの? 」


「壮馬さま、本当にこの者はなんなのです? 」


「いや、だからその… 」


 誰も頼りにならない。おかげで琉乃は判断がはっきりした。

「ちょっと待ってて。水だけ用意できるかしら?」

「わかりました」

「あ、おい… 」


 壮馬を振り切って琉乃は壮馬の部屋に戻った。

 ベッドの横に寝そべる琉乃の相棒だった。

 死ぬことを決めたときに琉乃自身の大好きな物たちに囲まれて死にたかった、この一式。


「あった、あった」

 キャリーケースの暗証番号をセットし、中から消毒薬とガーゼ、包帯を取り出した。


「まさかこんなところで役にたつとは… おっと、いけないいけない。治療はこれから。油断は禁物ね」


 部屋を出ようとした琉乃はひとつの写真立てに気付いた。


「女性… とても綺麗で上品な人」

 はっとして琉乃は急いで談話室へと戻った。


 その頃にはもう、大石は水を用意していた。


「ありがとう」

「いえ」


「優弥くん、これから治療始めるね。少ししみるけど、がんばれるかな? 」

 優弥は静かに頷いた。


「よし、じゃあまず水できれいにするね」

 口を一文字にしている優弥に琉乃は気付いた。


「偉いね。じゃあ次、これはちょっと我慢してもらうけど、早く治くなるためだよ」


 琉乃は消毒液をかけた。

 優弥は隣にいる母親に抱きついた。


「ごめんね、もうちょっとだから。大丈夫だよ、よし、終わった」


 琉乃は患部にガーゼをあて、包帯を巻いた。


「大丈夫? もう痛くない? 」

 優弥は力強く頷いた。

「そっか、良かった。よく頑張ったね、偉かったよ」

 琉乃は微笑んで優弥の頭を撫でた。


 その光景をみていた壮馬と大石は見惚れていた。

 まるで聖母が降臨したかのような、そんな光景だった。


 母親が琉乃に頭を下げた。

「ありがとうございました、先生」

「あ、いえ… わたしはなにも… 」


 大石が間に入る。


「申し訳ないが、このことは他言無用ということはお分かりでしょう。このような治療のこと、患部の様子なども口外してはなりませんよ」


 母親がはっとして、一礼する。


「お子さんにもきちんと言い聞かせてください」

 優弥の頭を手で下にさげ母親自らも改めて一礼する。


「この用紙にお子さん、患者名と、お母さん、そしてご家族ご一家全員分の名前、居住地、職業、勤務先を記入してください」


 母親は大石に言われる通りにした。


「このことがどういうことかお分かりですね? 」


 母親は難しい顔をした。


「… はい」

「よろしいでしょう。さあ、夜はもう遅い。家にお帰りなさい」


 談話室から去っていく母親はもう一度一礼した。優弥が琉乃をみて笑って手を振った。


 琉乃も笑顔で手を振って返した。

 そして大石はその間に入り込む。


「壮馬さま、事情を説明してもらいますよ? 」

 壮馬は頭をかかえている。

「わかっている。俺だってなにがなんだか… 」


 大石は夜兵にも口止めをし、壮馬の家へと向かった。


 ノック音と共に壮馬が眉間に皺を寄せながら大石を迎えた。

 家には既に琉乃もいる。

 大石を待っている間、壮馬は琉乃に様々な質問をしたがその答えが壮馬の想定を遥かに超えているものだったので、それだけで壮馬は疲弊していたのだ。


「なにか進展はございましたか? 」

「いや、それがさっぱり… どういう経緯があったのか、それだけでも聞きたいと言っているのだが、大きな地震が起きたとか、空の色のこととか、ちんぷんかんぷんだ… 」


 壮馬の家のこの部屋には振り子時計がある。時刻は夜の10時24分を指している。

 振り子の行く先に夢中になっている琉乃をみて壮馬と大石は、先程の治療時の琉乃と比較して、差異に顔を赤らめ困惑している。


 大石は咳込み、壮馬もそれに気付いた。


「琉乃さん、でしたね? 申し遅れました。私、壮馬さまの秘書をしております大石と申します」

 

 琉乃は大石に気付き、自身も挨拶をする。


「東乃宮琉乃と申します」


 琉乃は壮馬を一瞥し、疑問を呈した。


「秘書って…? 」

「壮馬さまはこの日本の都の(あるじ)でございます」


「主…? 総理大臣のようなもの? 」

「ええ。そうですね。ところで、琉乃さん、貴方一体どういったお方なのですか? 」


「わたし自身も混乱してまして… 状況把握に困っている状態なんです」


 その言葉に壮馬も大石も「それはこっちの台詞なんだが」と指摘を入れずにはいられなかった。


 殺風景な部屋に美しい木目のテーブルと椅子、ベッド。

 仕事部屋兼寝室。

 テーブルの上にあるPCに琉乃は気が付いた。


「あの、これ開いてもいいですか? 」


「いや、それは仕事で使っているから駄目だ」


 琉乃は構わず開いた。パスワード設定はしていない。


「おい、聞いているのか⁉ 」


 画面の右下に表示されている数字を確認する。そこには、こうあった。


「3333年3月26日⁉ はは、まさか… そんなはずは… 」


「なにを言っている? 今日は3月26日だぞ。西暦3333年のな」


 眩暈がした琉乃は倒れそうになる。


 それを大石が受け止めた。


「大丈夫ですか? 先程から変ですよ」


 そう言いながら大石は最初からだが、と思った。


「すみません」そう言い琉乃は立位をとる。


 壮馬はずかずかと琉乃に詰め寄る。

「おい、さっきからなんだと言うのだ。はっきり申せ! 」


 混乱状態の琉乃はアウトプットすることで状況整理をするしかなかった。


「わたし、ここに来る前、2222年12月9日に居たんです… 」


「なにを言っている? そんな馬鹿げたことが… 」


 琉乃の顔が赤らめ、涙目になっているその光景にハートを射貫かれ壮馬も大石も硬直してしまう。


「わたしだって、信じたくないです… 」


(涙を拭うその手は確かに先程、男の子を治療したあの手。

 その手がいま、自身の涙を拭って癒している…)

 そう壮馬と大石が耽る。


 大石が咳込み、壮馬に耳打ちをする。


「壮馬さま、もしかして… 」


 なんだ? と琉乃が顔を挙げた瞬間、壮馬と大石が考え込んでいた。

「あの…? 」


 壮馬と大石は琉乃に気付き、3秒間見つめたのち、こう告げた。


「とりあえず、今夜はこの部屋を使え。

 俺は大石の部屋で寝る。琉乃、お前のことは一晩よく考えるとする」


 そう言うと、壮馬は颯爽と部屋を出ていき、その後を大石が追う。


「琉乃さま、もしなにか困ったことがありましたら私の部屋はここの隣でございます。なんなりとお申し付けください」


 急いでそう告げると大石も急いで部屋を出て行った。


「琉乃さま? どうしていきなり敬称になったんだろう? 」


 空を見上げると藍色の空に新月が銀色に輝いている。

 微かに杉の花粉も混ざっていることに気付く。


「これから、どうなっちゃうんだろう… 」



***


 大石の部屋には必要最低限の物が必要な時に必要な分だけ、きちんとある。


「まったく、お前は部屋に性格がでているぞ」


「それよりも、壮馬さま… 」


「ああ、わかっている」


「例の件通りとなりますと、琉乃さまは… 」


「… ああ、そうだな」


「壮馬さま」


「大石、俺は本当にこのような役職は向いてないらしい。本当に情けないんだ。俺は… もうこれ以上、人殺しになりたくないんだ… 」


「… 壮馬さま… 」




宮松由佳と申します。

若輩者ではございますが宜しくお願い致します。



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