ハウスリーク(1)
=壮馬の気鬱=
夜の水面に拡がる弧と、月色が心を満たすその理由を俺は知っている。
森を彷徨いながら影が追ってくる。
その正体を俺は知っているのに知らない振りをする。
たどり着いたその湖を覗き込むとそこには仮面を被った彼がいたんだ。
仮面はルージュの唇で笑う。
「知っているよ」
「― いや、知らない」
「当たり前だろう」
「 ― 当たり前なもんか」
肯定の安売りは否定の重力と天秤の公平性が保てないんだ。
容認してはならないのにその任意が俺を責め立てる。
そうさ、理由は知っている。
木々の隙間から獣が俺を狙っている。
響く咆哮する声と影が重なった。
違うさ、重ならないと言い聞かせるんだ。
「分かっている」
「―いや、分からない」
「君の言う通りさ」
「 ― そんな訳がない」
相変わらずさ。
肯定の安売りは否定の重力と天秤の公平性が保てないままなんだ。
ヘルツの鐘の音と辺りを見渡せば、大木の生命はきっと神が宿るという古があった。
俺は手を伝い感じると、そこにいたんだ。
水面に俺は立っていて、大木とひとつになった。
そうだ、これが俺自身なんだ。
月が照るその一筋からまじないの言葉が降りてきた。
俺は振り返り、呪文を唱える。
「ごめん、ありがとう。もう行くよ」
***
短い夢だった、目が覚めた壮馬は真っ先にそう思った。
窓の向こうは少し薄明るくなってきていた。
「このような夢をみたのもあいつ、のせいだ」
あいつ、琉乃は俺に余計な陽の暖かみを与えてくる女だった。
かつての俺にあった、けれどそれは忘れる必要性のあるものだと判断したあの日から拒んできたものだった。
真実から目を背ける俺は恰好悪くて誰にもみせられやしない。
それをありありと俺に思い知らせる奴が、あいつなんだ。
そう思いながら壮馬は窓を開けた。
抜ける風の香りに現実を思い知る。
壮馬は自身の両方の手の平をみると、苦々しく笑う。
「もう用済みなんだと、さ」
いままでと、これからをはっきりとラインで区切ることが出来たらどんなに楽なんだろう。
「俺はいつになってもその狭間でしか生きれないのだろうな」
木々の葉に陽が当たる頃には黄という色が生成される。
そんな見逃しな日常に人は憧れを持つのだろう。
***
「では、わたしはこれで失礼します」
「待て。寄っていけ」
「… はぁ」
寄っていけ、そう言わないとこの女はそのまま帰ろうとする。
そしてそのまま診療へと向かおうとする。
結構なほどにぶすっとしている顔にこの俺が気付かないとでも思っているのだろうか?
それともわざと気付かせようとしているのか?
琉乃はあれから、写真をスルーするようになった。
自然に、演技ともいえないようなほどのナチュラルさだ。
頭の良い女だ。
空気を読むことはきちんと出来るらしい。
いつも通り琉乃は定位置に座り、既に用意されている朝食を目の前に早く食べようと言わんばかりの目で俺に訴えかけてくる。
俺はひとつ溜息をつく。
「いま行くから」
二人で両手を合わせて合掌する。
「いただきます」
上品に朝食を食す琉乃に見惚れていた俺に、琉乃は気付いた。
「なんですか? 」




