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恋を知らない悪役令嬢6

 黎璃が低い声で言う。


「仮にですが、私が留学先から夫となる男を連れ帰ったとして、私との婚約破棄を我が父――ナイトレイ公爵が許すとお思いですか」


 黎璃と香璃の父親、可衣・ディ・ナイトレイは、自らの利になると判断しない限り、考えを覆すことはしない人間だ。司綺と黎璃が互いに好きな相手がいると訴えたところで、ナイトレイ公爵は聞く耳持たないだろう。それどころか、自分の許可を得ずに娘を留学させたと、ここぞとばかりに司綺を責め立てた上、利権に関する譲歩を引き出そうとするに違いない。

 不利益を被る恐れがあると、遠回しに警告した黎璃に対し、司綺はやんわりと笑って返す。


「前提条件が違うよ、メルキオール」

「どういう意味です?」

「君が本気で大恋愛をして相手と結ばれたいと思えば、君は父親や家を顧みることなく、ナイトレイ公爵令嬢という立場も捨てて愛する男を選ぶだろう」


 家もしがらみも、何もかもを捨てて、愛する男を選ぶ。

 誰の話だか分からなくなるくらい、現実感がなかった。


「あり得ません」


 黎璃がきっぱり否定したら、司綺は「そうかな」と目を細める。


「そう言えるのは君が恋を知らないからだよ」


 傲慢な言い様に黎璃は顔を歪めた。


「陛下は恋を知って変わったと?」

「ああ、そうだね」


 ふわりと自然に顔を綻ばせた司綺を見て、黎璃は目を見張る。長年の婚約者がこんなにも幸せそうに笑えるなんて知らなかった。

 それを引き出したのは、異世界の聖女。

 彼女は出会ってから、ほんの僅かな時間を過ごしただけで、司綺を変えてしまったのだ。黎璃の知らない恋の力で。

 そう思えば、認めるしかないだろう。

 自分は令嬢としては彼女に及ばないのだと。

 黎璃は深い息を吐いて首肯する。 


「――かしこまりました。黎璃・ナイトレイ、王命に従ってリストラード王国へ留学いたします」

「結構」

 

 鷹揚と頷いてみせた司綺の前で、きっちり三つ数えてから面を上げた黎璃は、椅子の上で姿勢を正して言う。


「ですが、お花畑聖女さまの仰る『婚活』というものに、私はまったく興味がありませんので。留学先では姿隠しの術を常時発動し、同年代の異性との出会いとやらも必要最低限にさせていただきます」

「……メルキオールの指輪を使っても使わなくても、結界魔術に長けた君が本気で隠れたら、同年代の男性どころか、ほとんどの人間に認識されないんじゃないかな」

「でしょうね」


 そこにいるのにいない。接触したとしてもすぐに記憶が曖昧になり、どうでもよいと思われてしまう。魔術で姿を隠した黎璃は、留学先ではそのような存在になるだろう。


「父に気取られるわけには参りませんし、陛下も先ほど仰いましたよね、留学先での行動や判断は私に一任すると」


 きっと睨みつけてくる黎璃に対し、司綺は苦笑に似た笑みを浮かべて言う。


「逆手に取られたか。――まあいい。大公に気取られないよう君が立ち回ってくれるのはこちらとしても正直助かる。君の不在はどのみち知られるだろうが、遅いにこしたことはないからね」


 司綺の言葉に黎璃は目を瞬かせる。

 留学の目的である『予言の成就』に協力する気はないと言ったも同然なのに。

 司綺にあっさり認められたことを怪訝に思っていたら、そんな黎璃の考えを察してか、司綺が笑みを深めて聞いてくる。


「メルキオール、この私が『予言』という曖昧な手段に全てを賭けると思うかい?」

「……思いませんね」

「というわけで、これを君に渡しておこう」


 司綺が右手を上げて指を鳴らす。

 ぱちっと音がしたと同時に、宙から羊皮紙が舞い降りてくる。司綺の得意な転移魔術だ。

 ひらひらと舞いながらテーブル上の真ん中に落ちた羊皮紙。

 黎璃は眉をひそめてそれ(・・)を見つめる。


「何ですか?」

「私の可愛い麻里が君のために作ってくれた、悪役令嬢の心得」

「――はい?」


 何だそれはと目で訴えるが、司綺は微笑んだまま説明しようとしない。

 異世界の聖女が作ったという『悪役令嬢の心得』。

 受け取りたくないと訴えたとしても、聞き入れてもらえないのは分かりきっているので、黎璃は仕方なく手を伸ばして羊皮紙を取り上げた。

 王城で使用されている最上級の羊皮紙に、特殊な暗号かと思ってしまうくらい壊滅的な字で記された文章を、口に出して読んでみる。


「悪役令嬢心得五箇条、その一、悪役令嬢の基本は高笑い……」


 文章の横には、凶悪な目つきの令嬢が口に手を添え「おーっほっほっほ!」と高笑いしている図解まで書いてある。驚くほど分かりやすいが、くだらなさすぎて目眩がする。

 図解で推測しながら『悪役令嬢心得五箇条』を何とか読み切った黎璃は、羊皮紙をテーブルに放って司綺を睨みつける。


「で、留学前の私にこれを渡した理由は?」

「君なら察しがついてるんじゃないか」

「留学を終え、悪役令嬢として帰国した私を断罪し、婚約破棄するためですね」

「その通り。私の可愛い麻里がふたりで幸せになる計画を考えてくれたんだ。おもしろそうだから乗ってみようかな、と思ってね」


 司綺からの一方的な婚約破棄が認められないのは、公爵令嬢の黎璃に咎められるべき非がないからだ。しかし、黎璃が『悪役令嬢心得五箇条』に記されているような悪役令嬢となって帰国すれば、話は別というわけで。


「まあ、君が向こうで本腰入れて『婚活』をし、予言通りの結果を出してくれたら、こっちの計画はお蔵入りになるだろうけど」


 さあ、どうする?

 司綺が楽しそうに笑いながら視線で問うてくる。

 主君だから、婚約者だからと、長年いろいろ飲み込んできた苦い思いが、一気によみがえってきた結果、黎璃の堪忍袋の緒が「ぶちっ」と音を立ててぶち切れた。

 無言で席を立った黎璃は、メルキオールの指輪が嵌まった中指を掲げて、装いを漆黒のローブから深緑色のドレスに変える。

 令嬢の姿に戻った黎璃は腰に手を当て、司綺を見下ろしながら言う。


「分かりました。せっかくですから私も陛下に習い、お花畑聖女さまの計画に乗ってみたいと思います」

「君が? どうやって?」


 黎璃は片手を口元に添えて胸を反らし、「おーっほっほっほ、当然決まってますわ!」と声高々に宣言する。


「留学先で精進を重ね、立派な悪役令嬢になることができましたら即刻帰国し、父を含めた重臣が立ち並ぶ謁見の間で、陛下の救いようのない底意地の悪さを暴露した後、このわたくし(・・・・)から婚約破棄を言い渡して差し上げますわ」


 悪役令嬢として宣戦布告した黎璃を、呆気に取られた顔で見上げていた司綺は、やがて堰を切ったように「あっははは!」と大声で笑い出す。

 黎璃が冷ややかに見つめる先で、しばらく腹を抱えて大笑いしていた司綺は、やがて目尻に滲む涙を拭いながら言う。


「最高だよ、メルキオール」

「私は最低な気分です」

「気が合うな。そう思うと、君との結婚生活も悪くないのかも知れない」

「真っ平ごめんです」


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