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恋を知らない悪役令嬢4

「本題?」

「そう。君は聖女だった私の祖母を知ってるかい。君が生まれる前に亡くなっているが」


 黎璃はキルリア王家の系譜を思い出しながら答える。


「聖国ハルベルから輿入れされた第三王女だった御方でしょうか」

「さすがメルキオール、話が早い。実はね、公にはされていないけど、彼女には予言の力があったんだよ。ただし、予言の及ぶ対象範囲は二親等以内、血縁のある近親者のみ、その内容も婚姻に限られていたが」


 二親等以内の血縁である近親者。その婚姻に関わる予言。

 彼女の直孫である司綺も対象に含まれる。


「陛下は予言を受けておられたんですか」

「ああ。お忍びで病床の祖母を見舞った時にね。だから予言の内容はもちろん、私が彼女から予言を受けていたことすら誰も知らない。生前の父王も、香璃も。打ち明けたのは、君が初めてだ」


 司綺が密かに受けていた予言は、婚約者である黎璃にも関係してくる。だから今ここで打ち明けたのだろう。


「予言の内容は?」

「婚約者と大恋愛をして結ばれる」


 黎璃は胡乱うろんげな面持ちで聞き返す。


「信じてるんですか、その予言」

「信じるどころか、正直な話、すっかり忘れていたよ。麻里と出会うまではね」


 王位に就いた司綺が迎える正妃は、約定によって定められたナイトレイ公爵令嬢の黎璃。血統、身分、魔力の高さは申し分なし。魔術師として自分より格上なのは気に入らないが、王なのだから政略結婚を受け入れるのは当然だと、司綺は自身の婚姻を義務的に考えていたという。

 しかし、異世界から訪れた麻里と出会って、彼女の無邪気な様に惹かれていると自覚したとき、司綺は幼い頃に祖母から告げられた予言を思い出した。


「予言の信憑性によっては君との婚約を白紙に戻せる。だから予言の精度を調べるため、祖母の生国ハルベルに行ってきた」


 キルリア王の聖国ハルベル訪問。香璃からの報告にもなかったということは、バルタザールの転移魔術を使って、単身お忍びで赴いたのだろう。

 黎璃は呆れ顔で言う。


「陛下。私がハルベルの隣国で魔物退治してる間に何やってるんですか」

「仕方ないだろう。誰かに頼むわけにもいかなかったし」


 王の軽率な行動をもっといさめるべきかも知れないが、彼の受けた『予言』への興味が勝ったので、黎璃は渋い顔をしながらも先を促す。


「結論は?」

「祖母の予言は必ず成就する」


 婚約者と大恋愛をして結ばれる。

 この予言が成就するなら、司綺の婚約者は黎璃ではあり得ない。

 司綺もそう確信したのだろう。


「それで、私との婚約破棄を?」

「できると思ったが、できなかったな」

「詰んでますね」

「いや、そうでもない。要は予言の読み解き方次第だ」


 予言の読み解き方。

 黎璃は首を傾げて言う。


「婚礼の儀の公告が行われていない現状では、私はまだ予言の婚約者に該当していないということですか」

「それだと近い将来、私と君は大恋愛することになるな」


 黎璃の眉間に縦皺が刻まれる。

 ない。それだけは絶対にないと断言できる。

 ならば他の読み解き方を、と真剣に考えてみるが、どうにも思いつかない。

 

「……失礼ながら、今回初めて予言が外れるということも」


 苦し紛れに返した黎璃に、司綺は片眉を上げて言う。


「もしかして君、初恋もしたことないのかい」

「悪いですか?」

「いや、別に悪いとは思わないけど」


 司綺が頬杖をついて「ふうん、そうかぁ」と呟いてみせるのに、黎璃は居心地の悪さを感じながら先を促す。


「陛下はどのように読み解かれたんですか」

「大恋愛をして結ばれるのは婚約者とは限らない」

「――は?」

「私は私、婚約者は婚約者。つまり、祖母の予言は私個人だけでなく、私と私の婚約者への予言ではないかってこと」


 婚約者と、大恋愛をして、結ばれる。

 お互いが、それぞれの運命の相手と出会って恋に落ち、恋愛成就させる。

 司綺の読み解き方なら、司綺は異世界の聖女と大恋愛をして結ばれる。同時に、司綺の婚約者である黎璃も、司綺ではないどこかの誰かと大恋愛をして結ばれるということである。

 黎璃が無表情で言う。


「呪いですか」


 司綺は思わず吹き出す。


「どうしてそこで呪いなんて言葉が出てくるかな。近い将来、運命の相手と出会って大恋愛をして結ばれるという、普通の令嬢なら有頂天になる場面だろうに」


 黎璃は難しい顔になる。

 有頂天がどういう心境なのかも理解できない。


「君、これまでの人生で一度でも素敵な恋がしてみたいと思ったこと、本当にないの?」

「物心つく前から婚約者がいた身でですか?」

「王族との政略結婚は契約だと言った。恋愛は別物だろう」

「面倒ですね」


 本気で煩わしいと思っている黎璃に対し、司綺は「前途多難だが」と苦笑して続ける。


「王命だ、メルキオール。君にはこのまま離宮に入ってもらおう」

「このまま? 屋敷にも戻らずにですか?」

「そうだ、公爵邸には私から使いを出す。君はこれから外部との接触を完全に絶った状態で離宮に留め置かれることになる」


 外部と称しているが、内実は黎璃の父親であるナイトレイ公爵のことだ。


「娘を城に滞在させるため北の離宮に部屋を賜りたいという大公の要求を飲んだんだ。滞在の期間と条件くらいはこちらに任せてもらわないとね」


 黎璃は眉をひそめる。

 期間と条件ということは、離宮への滞在は長期に及ぶのだろう。


「師団長の任は?」

「ちょうど討伐任務から戻ってきたばかりだ。定例の休暇を少し長めに設定すればしばらく凌げる。以降は……そうだな。香璃には無理だろうから、副師団長に代行させてくれ」

「副師団長は父が寄越した目付役で、実力は二年目の団員にも及びません。私の代行として師団を率いて任務を果たせるとは思えませんが」

「かまわない、その間は当てにしないから。期間を設けない任命書を君の名で用意してくれ。後は香璃に処理させる」


 他国から依頼を受けた国外の魔物討伐は、絶対に失敗が許されないため、三大公爵家の魔術師団が担っている。中でもナイトレイ魔術師団は三大公家筆頭に相応しい実力を備えた、キルリア王国が世界に誇る最強師団である。

 そのナイトレイ魔術師団を主力から外すという決断をしてまで、司綺が黎璃を離宮に留めようとする理由とは一体。


「離宮に留め置いて私に何をさせるつもりですか?」

「麻里と一緒にお妃教育と言ったら?」

「即刻、帰ります」


 きっぱりと言い切った黎璃に、司綺はふっと笑みを零して言い返す。


「心配には及ばない。君をお妃教育のため離宮に留め置くのは、表向きの理由だ」


 司綺は笑みを深めて黎璃に告げる。


「君には留学してもらう」


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