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恋を知らない悪役令嬢2

 国王と聖女と側近による笑えない喜劇。

 我関せずと傍観するくらいならかまわないが、悪役令嬢というよく分からない役柄で強制参加させられるなら話は別だ。

 黎璃は綺麗に整えられた指の爪先で、こつんとテーブルを叩いて鳴らし、はたと我に返った三人を冷たく見やって言う。


「先ほどから私のことを悪役令嬢と仰っておられるようですが、悪役令嬢とは何のことでしょうか」


 黎璃の迫力に気圧けおされ、顔面を引きつらせる少女と香璃に対し、分厚い面の皮と鋼のメンタルを備える司綺は、いたって平然とした面持ちで答える。


「ああ。何でもね、異世界では君の立ち位置は悪役令嬢になるそうだ」

「立ち位置?」

「そうだよね、麻里」


 司綺に肩を抱かれた少女は安心したのか、満面に笑みを浮かべ、両手で握りこぶしを作って力説する。


「麻里の国のお約束なんですよ!」

「お約束?」

「はいっ。異世界からやって来た聖女に出会った王様や王子様は、聖女と過ごすうちに真実の愛に目覚め、婚約者の悪役令嬢に婚約破棄を申し渡すって決まってるんです」


 少女がいた異世界では、王や王太子の婚約者は悪役令嬢と呼ばれる存在で、異世界の聖女が現れた後、悪役令嬢は婚約破棄されるのが決まり事らしい。それでいくと確かに黎璃の立場は悪役令嬢といえるのかもしれないが。

 黎璃は声をひそめて問い返す。


「それで、婚約破棄された悪役令嬢はどうなりますの?」

「聖女に対して行った嫌がらせの程度に応じて断罪されるんです」

「……嫌がらせの程度とは、どのようなものですか?」


 少女は「え~とぉ」と指折りしながら答える。


「たとえばぁ、嫌みを言ったり、靴を隠したりしたら、田舎で蟄居とか。足を引っ掛けたり、ドレスを破ったりしたら、国外追放とか。あとは、階段から突き落としたり、毒やナイフで殺そうとしたりしたら、断頭台とかかなぁ」


 聞けば聞くほどとんでもないお約束である。王族の婚約者がいるだけで悪役令嬢にされ、異世界の聖女に関わっただけで断罪されてしまうのだから。少女が生まれ育ったという『ニホン』は恐るべき国のようだ。

 黎璃は瞑目して思う。

 頭の中が花畑のような底抜けに脳天気な聖女だが、それは別にどうでもいい。

 問題は、そんな少女を己の正妃にしたいと望んでいるのが、キルリア国の王、黎璃の婚約者である司綺だということ。


「……ばかばかしい」


 ぼそっと呟いた黎璃は、席を立って少し後ろへ下がる。

 ナイトレイ公爵令嬢として婚約者に会うため、司綺の瞳の色に合わせて作らせた新しいドレスを身に纏ってきたというのに、この仕打ちだ。もはや司綺の前で令嬢でいる必要もないだろう。

 黎璃は右手の中指にはめた銀の指輪、メルキオールの指輪を掲げ、その場でくるりと回転する。ふわりと広がった深緑色のドレスは、途中で銀糸の文様で彩られた漆黒のローブに変わった。


「――えっ、うそ!?」


 少女が目を見開いて叫んだのも無理はない。

 魔術大国と称されるキルリア王国には数多くの魔術師がおり、ほとんどの者が魔術師の証である銀の指輪を身に付けているが、着衣を魔術師の正装に変化させることができるのは、たったの三人。魔術師の最上位――賢者マギの中でも上位三名、メルキオール、バルタザール、カスパールの称号を持つ特級魔術師だけだ。

 通常の魔術師のローブよりも丈の短い、魔術師団仕様のローブの裾をひらめかせ、椅子に腰を下ろして足を組んだ黎璃は、先ほどまでとは打って変わったぞんざいな口調で言う。


「茶番はこれで終わり。陛下、さっさと本題に入っていただきましょう」

「おやおや、茶番とは言ってくれるねぇ」

「司綺さま! このひと、格好も態度も、さっきと全然違うんですけど!?」


 黎璃の変わりように驚いているのは、少女ひとりだけ。司綺はまるで動じず、テーブルに頬杖をついて答える。


「まあ、立場の違いというやつかなぁ。令嬢と魔術師とのね。もっとも、私はこちらの彼女の方が見慣れているんだが。――香璃」


 司綺に名を呼ばれただけで、主君の意図を察した香璃は、無言で椅子から立ち上がるとテーブルをぐるりと回り込み、少女の座る椅子を後ろに引きながら少女を立ち上がらせる。


「では、麻里嬢。私どもは席を外しましょう」

「え、何で何で? 先に席を外すのは悪役令嬢の方なのに。麻里はヒロインなのよ」

「はいはい。お話はあちらで伺いますので、さあお早く」

「ちょ、ちょっと待ってよ」


 念願の離席を許された香璃は、主君の気が変わらないうちにこの場から逃げようと、少女を半ば引き摺るようにして主塔の方へ連れ去っていった。その場に残されたのは司綺と黎璃のふたりだけ。

 しばらくして先に口を開いたのは黎璃だ。


「で、本題は?」


 単刀直入に聞くと、司綺は頬杖をついたまま答える。


「メルキオール、君が公女として私に面会を求めてきた理由だよ」

「すでに兄から聞いておられるのでは?」

「君の口から聞かないと意味がない」


 黎璃は思わず失笑する。


「私の口から聞こうと、兄の口から聞こうと、内容は同じこと。――我が父、可衣カイ・ディ・ナイトレイの命に従って登城しました」

「婚礼の儀を急がせろ、と?」

「ええ。陛下の婚儀の公告を前倒しに、私が十六才の誕生日を迎えるよりも先に行いたい、というのが父の意向です。王城より伝え聞く、陛下と聖女の仲睦まじい姿に危機感を覚えたのではありませんか」


 黎璃と司綺の婚約は約定によるもの。承知しているのは国内でも王族と貴族階級の人間のみに限られ、公にはなっていない。黎璃が司綺の婚約者として正式に認知されるのは、司綺の婚礼の儀が国内外に公告されてからになる。

 現状、公には司綺の婚約者はいない。そんな中で、司綺と聖女の親しい関係が王城で噂されるのは、ナイトレイ公爵からすれば面白くない話だろう。

 我が国における婚礼の儀の公告は、当事者同士が成人に達した時点で行うことが慣例となっている。その慣例を破ってでも、ナイトレイ公爵は娘の婚約者たる地位を、早く明確にしたいらしい。

 司綺も上体を起こして足を組む。


「しかし、君がこの城に滞在するため用意された部屋が、高位貴族用の貴賓室ではなく後宮に近い北の離宮で、さらに婚礼の儀を急がせるよう君の口から言わせたということは、君の父親が何を狙っているかは明らかだろう」

「既成事実でしょうね。――さすがに成人前ですから、夜這いしろとまでは言われませんでしたが、婚約者として常に陛下の気を惹くように振るまえ、とは釘を刺されました」

「その努力の甲斐が、先ほどまでのドレス姿かな?」

「婚約者として、最低限の義理のようなものです。まあ、頭の中がお花畑のような聖女さまのおかげで台無しですが」


 司綺は声を立てて笑う。


「可愛いだろう、私の麻里は。自分は主人公ヒロインだから誰からも愛されると信じて疑わない、愚かなところが」

「愚かと承知で王妃に望むと?」

「そう、私は強いからね。三大公家の後見は必要がない」


 すっと司綺が右手中指の指輪を掲げみせる。

 彼の指にはめられた銀の指輪。その表面には黎璃の指輪とは異なる、バルタザールの文様が刻まれている。


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