7・それでも会議は踊る
そうして完成したフルサイズYak17だが、軽飛行機は単に練習機という呼称で問題なかった。
では、コイツはどうしようか?まさか、何の脈絡もなくヤクなどと言う名称を付けるのもどこかおかしいのではないだろうか?
「よし、新しい機体は『飛燕』と命名する」
特に深い意味は無い。前世の記憶を探ってまず出てきた名前がそれだった。Yak17は元をたどればソ連において第二次大戦中に完成した液冷レシプロエンジン機であり、その機体にジェットエンジンを装備した尾輪式Yak15の欠点を改善した機体である。その為、ジェット戦闘機という印象からはほど遠く、レシプロ機からプロペラを取り外し、ヤッツケでジェットエンジンを取り付けた印象を受ける。まさに、過渡期の機体だ。
前世の私は、この機体そのものよりも先に、この機体をモデルとする架空戦記小説の挿絵に出会い、その奇抜過ぎるシルエットに強い興味を抱いた様だ。
こうして新たに命名した『飛燕』だが、残念なことに名前の由来とした機体と同じような運命をたどることになってしまった。
新型推進器へと換装した事で速度は370kmを記録した。
しかし、いざ完成したレールガンっぽいモノ、航空雷撃砲を装備し、試験機では足りなかった強度を増した実用機を飛ばしてみると、320kmにまで速度は低下してしまった。
「ふむ、やはり引き込み脚としたところに雷撃砲などと言う抵抗を取り付けてはこうなるか」
分かり切った事だが、翼にポット式で装備しては速度低下は否めない。かと言って、推進器直上に当たる機首へ装備したのでは、魔導炉や魔力の相互干渉が起って不具合が生じてしまう。
当初は機首に搭載する前提で設計を進めていたのだが、魔導炉を挟み込んで直近に魔導炉を三つも並べる仕様はとても危険な代物となり、魔導炉暴走すら懸念されていた。
では、推進器用魔導炉がなくなったから安全になったかというと、直下にある魔道板への影響が解決できず、翼下吊り下げ式へと変更になった訳だ。
「これも練習機と考えれば問題は無い。が、研究で分かっている飛竜の速度を考えると、不安しかない。飛竜が空中戦を想定していないにしても、早期に対策を取ってくるだろう事は疑いようがない」
完成した機体を前にして、ドワーフとその様な話をせざるを得なかった。
さらに、『飛燕』による訓練が始まると、翼に吊るした雷撃砲の射線と操縦席の照準器とでズレが大きいことも問題となった。
残念なことに曳光弾を導入できないために射撃中の修正が難しく、とても扱いづらいとの意見が聞かれることになる。
「こりゃあ、機首に雷撃砲を載せ、推進器を翼か胴体後部に移動した方が良いんじゃねぇか?」
そんなドワーフからの提案があり、彼らが独自にP-80モドキの新たな機体デザインを持って来た。
私もその必要性に同意し、彼らを交えて設計を行った。
そうして完成した新たな機体は機首に雷撃砲を備え、機体後部に推進器を設けるP-80モドキである。翼端にドロップタンクは設ける必然性が無いので少々味気ないが。
完成した機体を飛ばしてみると、推力向上の無かった推進器であることもあって、速度性能自体は大きな変化は無かった。
速度を向上させるにはより推力の高い推進器を作れば良いのだが、その為には魔導炉を大型化する必要があるらしく、現状ではこれが限界だという。
そこで考えたのがデルタ翼の採用だった。一般的な後退翼でも良いが、より後退角が大きく非力な推力でも速度を出しやすい。
機体から新規に設計をやり直し、ミラージュⅢの様な形を採用した。
「また、変わった機体を考え付いたもんだ」
などと言うドワーフ達も製作を喜々として行い。飛行させてみると、何とか目標とした時速400kmを超えることに成功し、停滞していた実用機の配備へと歩みを進めることが出来た。
こうして何とか実用機を完成させ、名称も『飛燕』より強そうな『隼』とすることを決めた。
こうして実用機の配備が始まった事で皇子の道楽という批判を見返す事が出来ることになる。
『隼』により編成された20機からなる編隊を伴い都へと凱旋したのだが、その威容を見てなお、風当たりは強いことに変わりは無かった。
私が道楽に耽っているという目で見られていた一年間、テハンの戦況は悪化の一途をたどり、とうとう大半の領土を失うまでに至ってしまった。
そうなってしまえば、テハンから泊潟までは目と鼻の先。
「何の冗談ですかな?殿下」
陸の者たちに対し、飛竜の飛来に警戒するよう告げてみたのだが、彼らの反応は全く芳しくない。
すでに海においては推進器を備え櫂を廃した新型戦闘艦が何隻も建造され、私と危機感を共有しているというのに、陸の者たちは全くもって楽観的である。
「テハンは未だキメの湊を擁しておりますぞ。トゥーファンの軍勢もキメ州を攻めあぐねておるとか。我らも指をくわえてみている訳ではなく、テハンの支援はしております。その結果が、キメでの頑強な守り。トゥーファンはここを落さぬ限り我が国へは攻めてきますまい。殿下子飼いの蛮族共がいくら気勢を上げようとも、現実は望み通りにはなりませんなぁ」
所詮、私は皇太子ではない、三ノ宮にすぎず、武田や雑賀を統べる立場にはない。それどころか、私が立ち上げた騎竜軍を皇太子に対する敵対勢力として危険視すらしている。その為か騎竜軍の突島進出にも反対する始末。
そんな状態であったある日、未だ緊張感のない泊潟の防塁へと飛竜による攻撃が行われた。
さらに続けざまに泊潟湊に停泊する多数の商船が爆発炎上する事態へと発展。都もその情報を得て上へ下への大騒ぎとなってしまった。
「殿下!騎竜軍はトゥーファンの飛竜と戦えるのではないのですか!!」
声高に叫ぶ武田。その横で飛竜など簡単に追い払えると以前豪語していた雑賀は空気と化している。それを見逃す私ではない。
「我が騎竜軍など居らずとも、雑賀の魔道砲で蹴散らせると進出を拒否したのは誰であっただろうか?」
泊潟湊は火の海となり、私が前世を思い出してすぐに語った航空阻止を見事、トゥーファンの飛竜はやってのけた。
テハンに対するほぼ唯一の支援拠点である港で多数の船が損傷したという事実は、テハンへの支援も遅延する事を意味する。もはや一刻の猶予も無い状況だが、それでも会議は踊る。