3・よろしい、ならば独立だ
魔道具研究所からの知らせが来たのはそれから程なくしての事だった。
もちろん、電話のような便利なものは存在しない為、使者がやってきたのだが。
「殿下、過日お越し頂いた際にご提案された水流装置の件ですが、見事に成功いたしました」
と、使者の喜びが伝わってくるほど前のめりに説明を受ける。
やはり、樋口ないし円筒を用い、そこに魔道具を配置すれば水流を起こす事が出来る。これを用いれば揚水ポンプや失敗していた船の推進装置としての実用化が出来るとの事だった。
そして、同じことを風に応用する事も可能であり、その実験にも成功しているという話だ。
「船であればすぐにでも使える物が出来るでしょう。魔導炉も大きなものが積めますので。しかし、事があの空飛ぶ機械では、簡単ではありません」
という。それはそうだ。今実験しているグライダーには魔導炉を積むような余裕はない。かと言って、もし魔道具を取り付け、魔力を供給する畜魔石を積んでも、推進力を得られる時間などたかが知れている。
「いや、今はその程度でも良い。取り付けて飛べることさえ分かれば良いのだ。それよりも、小型で推進力の高い魔道具を作って欲しい。魔力効率はさらに悪くなるが、火の魔法を加えて熱した風を噴射するように出来ないか?」
ようするに、前世におけるダクテッドファンの様な機能を持つ推進器から、ラムジェットエンジンに近いソレの開発を提案した訳だ。
「分かりました。やらせていただきます」
使者は新たな発想を得て喜々として帰って行った。
それから暫く後、浮田より知らせが来たが、予想された通り、モーターグライダーの飛行に成功したらしい。
そう、あくまでモーターグライダーだ。決して動力飛行機と呼べるほどのモノではない。
そんな嬉しい事が続いたある日、私は軍から呼び出しを受けた。
軍の施設へ向かうと錚々たる面々が揃っているではないか。
まず口を開いたのは海軍の人間。たしか村上と言ったか。
「これは殿下。精力的に国難への対策を練っておられるとか。我々は殿下のご活躍を微力ながらお支え致します」
彼がご機嫌なのは当然だ。ただの無駄遣いとされていた櫂船に代わる船が実現しようとしているのだから。
現在の軍艦はいわばガレー船であり、櫂手こそ魔道具に置き換えられているが、数十、大型ならば百を超える櫂漕ぎ魔道具の調整や操作を行う乗組員が多数必要になる。
対して、魔道推進が実現できれば、それら要員の多くを純粋に戦闘要員へと転換できるのだから、戦力向上は疑いようがなく、彼が笑顔なのも、私を歓迎しているのも、無理からぬことだろう。
「我らは殿下の方針には反対でございます」
そう声を上げたのは陸軍の人間だ。
「我ら武田魔動騎軍の力をお信じになられないのでしょうか?」
と、先ごろ代替わりした武門貴族、武田家当主が聞いてくる。
魔道騎軍。要するに前世における装甲部隊である。武田というと武田騎馬隊だが、まさにそれが当てはまるだろうか。といっても、彼の戦術は前世におけるグデーリアンやロンメルに近いものがあるのではないかと思う。
「殿下、我ら雑賀魔道砲軍も、お信じになられないと?」
もう一人がやはり疑義を呈する。
魔道砲を主に扱う集団だ。魔道砲というのは火の魔法を用いた鉄砲の事であり、射程のほどはそこまでない。しかし、火縄銃などとは違い、弾の中にも火魔法を仕込んだ魔道具とすることで、炸裂弾を実現している。
魔道騎が有する魔道砲はピストルから小銃程度のもの。魔道砲軍の有する物はより大口径の物だが、炸裂弾を飛ばすため、あまり強力な発射衝撃を伴う訳にはいかず、前世知識でいう所の山砲や迫撃砲辺りが相当するだろうか。
これらとて、周辺国であればカタパルトを用いて投擲する程度の手段しか実用化出来ていない事を考えれば先進的であり、あまりにも強力である。
が、それは飛竜が居なければという話である。
「貴卿らは何を言いたいのか?」
あえて、分からないふりをする。
「殿下は飛竜に対抗する空飛ぶ乗り物を作り出しておいでとか。しかし、その様な物が無くとも、我ら魔道騎軍団であればトゥーファンを蹴散らして御覧に入れます」
という、武田家当主。魔道騎というのは装甲部隊である為、動けば消耗品を大量に消費する。彼らそのものは前世知識を探っても、よほどの能力を有する対地攻撃機を投入しなければ撃滅は難しいが、後方の輜重はその限りではない。魔動騎兵は替え馬を連れ歩き、現地調達で賄える騎馬隊ではないのだ。自らの破壊力のみをもって力と誤認してはいけない。
「殿下、我が国は調教こそできてはおりませんが、飛竜自体は生息しております。その数をご存知でありましょうや?たしかにトゥーファンは飛竜を飼いならし、戦力としておりますが、雲霞のごとくではありますまい?なれば、我ら魔道砲によって撃ち落とせば良いのです」
自信たっぷりに雑賀はそう胸を張るが、相手は城や陣を構えた相手ではない。集団で行動する歩兵や騎兵でもない。空を見上げると鳥が優雅に飛んでいる姿を見ることが出来るが、その速度たるや駆ける馬と同等かそれ以上である。それが飛竜となれば、その速度は鳥の比ではない。
前世知識を辿ると、鳥は巡航で時速100km近い種も居り、降下時などは時速300kmに達する場合がある。
飛竜に関しては、我が国における研究において、巡航で時速200~250km、最高速度は水平で400km近く、降下ならば500kmに達するのではないかという研究結果が示されている。
とてもではないが、飛竜に対して追尾機能すら備わっていない低初速の魔道砲を撃ち上げたところで、その命中率は数%もあるかどうか。操作速度、初速、発射速度から言って、標的気球を目標にした実験や訓練で、何とか撃ち落とせる程度でどうにかなるものでは無い。
その様な説明に対し、武田、雑賀両将は不満顔である。
「話をお伺いして尚、我らは殿下の方針に反対であります」
飛行機は陸から飛ぶ。であれば、現時点において陸軍の管轄となるというのが常識的だが、その責任者たちが運用に反対しているのでは、陸軍によって飛ばす事など叶わない。
「よろしい。ならば貴卿らを頼る事はしない。私が自ら新たな軍を起こそう」
そう言うと、武田、雑賀は嘲笑う様な顔である。