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16・危惧の共有に限界を迎えたらしい

 今回の出撃には『呑龍』部隊も加わって30機を超える大所帯での出撃だ。


 出撃前にハンナ姫が注意喚起していた様に、基地をひとつ潰したからと言って飛竜をすべて撃退した訳ではない。周辺から何かの用事で飛来するかもしれず、場合によると破壊した基地へと新たな飛竜部隊が飛来してきているかもしれない。

 そんな話をしてから出発したため、私たちも周辺警戒に余念がない。


 レクチャーのとおり、集落や砦などにある旗や櫓の特徴などを確認し、どこまでテハン側領域なのかを再度確認しながら飛び、まずは前線に近いトゥーファン側の砦へと『呑龍』2機がクラスター爆弾を投下した。


 推力の関係もあって『呑龍』に積める爆弾は1発。通常爆弾では効果範囲が知れているのでクラスターの威力はとてもありがたい。


 ただ、クラスター子弾は一発の威力は小さいので土塀で囲まれた建物や拠点に対しては効果が薄い為、トゥーファン側が対策を取る様になると、今ほどの活躍は出来なくなる。その頃にはハンナ姫が『呑龍』隊にも急降下爆撃を習得させ、新たな戦法へと移行していくのだろうけれど。


 そうやって二機一組である程度の拠点を爆撃して勢力を削いでいく。


「おい、居やがったぞ」


 嬉しそうにパイロットのドワーフが叫ぶ。私も飛竜の姿を確認していたが、彼の方が一瞬早く発見したらしい。

 もともと、魔導炉をエネルギー源とする魔道推進器は航続距離という概念が無く、高度によって効率こそ変化するが、燃料切れの心配が無いので、巡航速度や飛行可能時間という頭の痛い問題から解放されている。

 だからと言って、常に高速で飛び続ければ搭乗員の負担が大きので、自ずから限界は生じてしまうが、こうした不意の遭遇に対して余裕を持って対応できるのは嬉しい能力だ。

 パイロットの操縦に合わせて翼の可変角を調整していく。


 虹鋼という特殊な金属をふんだんに使って作られている『屠龍』はドワーフの無茶な操縦でも悲鳴を上げない。悲鳴を上げるのは私の方だ。最近は何とかついて行けるようになったものの、複座機という事を忘れたパイロットについて行くのはとても疲れる。


「頼むぜ、お頭よ」


 などと言いながら、全く私の事など考えない急旋回機動を行うドワーフ。


 相手の飛竜はこちらの動きに対応できずに一気に接近し、数発の射撃で飛竜の胴体に風穴を開ける。そのまま旋回して他の飛竜へと向かうのだから、それに追随する私の苦労は並大抵ではない。


 何とか飛竜を排除して拠点攻撃に復帰した頃には、破壊した飛竜基地が間近に見えていた。後方各所では煙が上がり、多くの拠点を破壊できたことを示している。

 これでテハン側にも多少は余裕が出来た事だろう。


 それから数日、ハンナ姫たち薔薇飛行隊の『屠龍』と『呑龍』による爆撃が続けられ、一定の効果を上げたと判断された。

 私はその結果報告をもって都へと舞い戻り、キメへの出征を再度提案した。


 しかし、武田や雑賀は渋い顔のまま何も語らない。

「我々がキメへ降り立つことに障害は無いはずだ。ここで一押しすればテハン湖周辺まで領土を奪回できる。チャンコ―岸まで至れば新たな防衛線の構築も出来、薔薇飛行隊の帰還も叶うのだが、なぜ貴殿らは動こうとしないのか?」


 私は陸軍の面々にそう詰め寄った。ハンナ姫は諦めているようだが、一押しすれば状況が好転するこの機会に、一体彼らは何をやっているのかと、私の憤りは収まらない。

 私はさらにキメ周辺からチャンコ―岸までの簡易な地図を示し、チャンコ―岸に至ればどれほど有利で我が国が安全になるかも説いた。

 もちろん、場合によってはスイという大きな港から大船団が襲ってくる可能性も無いではないが、距離を考えれば、村上衆がそれを相手取って不覚を取るとは思えない。なにより、木造船に対しての航空攻撃の威力は折り紙付きなので、我が騎竜軍が支援すれば負ける要素など皆無である。

 それだけの条件が整っていながら、なぜ彼らは渋い顔をしているのであろうか?


「お前のせいだ、三ノ宮」


 そう発言したのは二ノ宮。つまり、兄であった。兄は南方を管轄する職にあり、泊潟において軍権を振るう私の上司的な立ち位置にもある。


「それはどういう意味でしょうか?兄上」


 私が不機嫌に問うとため息を吐き、露骨に嫌そうな顔で私を見つめる。


「お前は功を立てすぎたのだ。このまま帝へと、お前の策を上奏すれば通るだろう。だが、それで得をするのはお前だけ。南部衆を抱え込んだお前がテハンまで手に入れて喜ぶ輩がどこに居る?お前はテハンの次期王にでもなるつもりか?」


 と、権力闘争の話を始めてしまった。


「今、その様な話をしている場合でしょうか?テハン湖周辺に飛竜の拠点が置かれる限り、泊潟への襲撃は続くことになりますが?」


 泊潟への襲撃は飛竜を操る術者の能力や体力の面から、チャンコ―周辺からでは厳しい。その倍の距離があるスイ近傍からなど、片道切符になりかねない。キメが落ちていない事が、我々の安全に直結していると言ってよく、より安全を期すなら、テハン湖以西をもテハンが奪回すべきことに異論はないはずなのだが。


「理想論としてはそうだ。だが、お前はやり過ぎている。私も将帥監も危惧しているのだ」


 将帥監とは、皇太子の役職名の事。事実上の最高指揮官だ。兄二人が危惧しているという話に私は驚きを隠せなかった。


「一体なにを・・・・・・」


「お前のその無配慮、無遠慮に対してだ!!」


 と、叫ぶ兄。


「我が国はテハンの血を『わが国で残す』ことは約したが、テハンへ凱旋する事など訳してはおらん!ハンナ姫の凱旋など、誰も望んでおらんのだよ」


 と、先ほどの話を繰り返す。もし、このまま騎竜軍によってキメ周辺の航空優勢を確保してしまうと、テハンは一定の国力を持つ国となる。規模は突島より多少大きな程度だが、テハン湖周辺という穀倉地帯を主軸にすれば、我が国南部に匹敵する国力を持ちうる。そして、私が南部衆を抱き込んだことで、仮に咬刹夏が離反でもすれば、国の損害が大きくなりすぎるらしい。

 私はただ、飛竜を退ける力を手にしただけに過ぎないという認識なのだが、彼らにとって、その程度には視えていない。より大きな虚像を見て怯えているのかもしれない。


 私はそれ以上何も言えず、泊潟へと舞い戻り、ハンナ姫にその話をしたのだが、呆れ顔であった。


「当たり前じゃろう。妾がテハンに還れば、蓬莱は長くトゥーファンと争う羽目になる。このままであれば、ただ潤うだけよ。妾もお主同様の危惧を持つが、この時代の者共にそんな危惧を共有せよと望むのは酷じゃ」

 

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