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かけがえのない、『ともだち』

 意外とどうにかなるものだな、と考えながら明日香は駅への道を歩いていく。


 健康体を取り戻して(?)、早五年。


 あの後、色々な検査を行った結果『異状なし』と診断されたことによって、あまりにも呆気なく明日香は退院することになった。

 一体全体、あれは何だったんだ……と最後まで頭を抱えていた主治医や各科の先生方に大変申し訳ないような、しかし現代日本では決して考えられない原因の数々だったし、そもそもが小説でよくある異世界トリップが原因で、原因解消したついでに向こうとは普通にやりとりできています、だなんていう突拍子もないこと、きっと誰も信じてくれないだろう。

 なので、親にも誰にも、このことは話していない。話したら話したで、頭がおかしいと思ってしまうだろうし、別の意味での入院をうながされてしまうかもしれないと考えると、話すことなんてできやしない。


 そして、現在は父と母や周りの人の助けによって、明日香は色々と勉強をし直し、他の人よりも何年も遅い大学入学を果たしている。

 専門学校で良いよ、と両親に明日香は伝えたのだが、ようやく元気になったんだから思いっきりやりなさい。遠慮なんかしないで。そう言ってくれた両親には、きっといつまでも明日香は頭が上がらないだろう。


 元々興味を持っていた図書館司書の資格を取るため、日々勉強なのだが、合間に大切な友人に連絡を取ることも忘れたりはしない。


「……よし」


 手にしたスマホに隠れるようなサイズの長方形の手鏡を取り出し、スマホをいじっているようにして鏡をこんこん、と指先でノックする。


「……んー……?今日は何か調子悪げ?」


 じじ、ざざ、と雑音が入るような何やら奇妙な音がしてからどったんばったんという賑やかな音が響き、鏡一面にぬ、と鼻が見えた。


「ファイじゃん。元気?」

『元気ぃ!』

「ハムスターって短命だと思ってたんだけど、めっちゃ長生きじゃない?」

『失礼なこと言ってるの、よぉっく分かったんだけどぉ』

「いやだって、こっちの世界ってハムスターマジで短命だからね」


『ファイ様は規格外と申しますか、そもそもはむすたーとやらではありませんよ、聖女さま』


「あら、レスシュルタインさん」


 ファイと軽口の応酬をしていたところにぬっと入り込んできたのは、レスシュルタイン。

 当時の賢者のような謎の服装ではなく、シャツに黒いズボン、そしてショートブーツ、と至ってシンプルな格好をしている。

 ヴィオレッタと一緒にアリシエルのところに住み始めてから、動きやすい恰好にしなさいとアリシエルから叱られたとか何とか、らしい。


「やっほ、そっちもお元気そうで何より」

『ええ、聖女さまも』

「どんだけ経っても私のことは聖女さま、なのそろそろやめない?」

『とは申しましても……』


 何やら考え込んでいるらしいレスシュルタインの背後から、にゅっと白い腕が出てくる。そして、ぐいぐいと彼を横に押しやればレスシュルタインから『あの、ちょっと!?』と情けない声が聞こえて、めちゃくちゃ嬉しそうに微笑んでいるヴィオレッタが。


『アスカ!』

「あーヴィオちゃん、元気してた~?」


 明日香もヴィオレッタも、お前らどんだけ相手のことが大好きなんだよ、と突っ込みたくなるようなとてもあまーい声で、双方名前を呼んでいる。


『ヴィオレッタ……あの、わたしの立場……』

『アスカとは滅多に会えないんだから、これくらいのご褒美欲しいのよ、んもう』


 すっかりレスシュルタインに対して警戒心も何もないヴィオレッタは、彼にそっと寄り添っている。

 なお、この二人はくっつくべくしてくっついた、ということをアリシエルから明日香は聞いているのだが、何と最後の一押しはヴィオレッタかららしいので、人生何がどうなって、どう転ぶかなんてわからないものだ、と微笑ましい夫妻を見て、明日香はまるで親戚のおばちゃんのように『あらぁ~』と微笑ましく笑っている。

 そんな明日香に気が付いたのか、ハッとした二人……もとい、ヴィオレッタは夫をぐいぐいと押しやって明日香の姿をよく見ようと、じっと鏡を見つめた。


 お互いが繋がったあの日、鏡越しなら会話ができるのでは、あるいは姿を映すことのできるなにかであれば、更には互いの世界に共通して存在しているものであれば問題なく交信して会話ができる、ということに気が付いた二人は、あれこれ試した結果、双方鏡を使って会話をすることも選んだのだ。


「ヴィオちゃん、お久しぶり~! どう、そっち元気?」

『はい! アスカとは……』

「時間の流れだいぶ違うからアレだけど、私は一週間ぶりかな」

『……一年ぶりです』


 しょんぼりとしたヴィオレッタを見て、明日香は苦笑いを浮かべる。

 どうも、時間経過はその時々によって加減が異なっているらしく、明日香が元の世界に帰って来たあの時と、二回目に会った時、そして複数回のコンタクトを経て後の今回と、経過時間はまばらなのだ。

 さすがファンタジー、としか言えないので、明日香はこっそりと溜息を吐いた。


「厄介というか何というか、でも……会えないよりは良いかな、って思っちゃうんだよね」

『それはそうなんですけど……』


 互いの顔が見れるだけでも構わない。

 本当なら、結界の修復を終えた時点で明日香は強制送還されてたとしてもおかしくないが、明日香とヴィオレッタ、二人の相性が良すぎたこともありどうにかあの世界に残り続けることが出来ていたのだから。

 更に、こうして交流をすることも、きっと本来ならできてなどいない。


 奇跡は、起こるんですね。


 ヴィオレッタは明日香が元の世界に戻ってから二回目に、こうして通信している時に泣きながら笑って呟いた。

 そういえば、奇跡は起こせるんだ――とか何とか言っていた漫画やアニメがあったような気がするなぁ、と明日香はぼんやり考え、そして手鏡に映っているヴィオレッタたちを見る。

 彼女たちの後ろから『ちょっと~、誰か薬草採り手伝って~』とアリシエルの声が聞こえてきた。


「誰か行ってあげて?」

『ファイ様』

『ヴィオレッタ、何か雑くなぁい?』

『私、アスカとお話ししたいんです』


 物凄い真顔で言い切ったヴィオレッタは、とっても物事をはっきり言えるようになっていた。


「ねぇ、ヴィオちゃん。そういえば聞きたかったことがあってさ」

『? 何ですか?』


 ファイをいってらっしゃい、と見送ったヴィオレッタは、明日香の言葉に首を傾げている。


「あの後ってさ、元婚約者くんとか弟くんとかってどうしてるの?」

『ああ……』


 問いかけた内容に、ヴィオレッタもレスシュルタインもどこか遠い目をしている。まさかいつの間にかひと悶着あったのか! と明日香が思わず身構えると、レスシュルタインが遠い目をしつつ答えてくれた。


『だいぶ……揉めたご様子でして』

「え」


 レスシュルタイン曰く、なのだが。

 アレクシスは、あの後もヴィオレッタを頑張って探そうと奔走したらしいが、レスシュルタインとアリシエルの全面協力のもと、アリシエルの滞在している場所までは迷いに迷った挙句、到着できないように魔法で邪魔をされた、とのこと。

 こっそりと王都に向かって状況を街の人に聞いてみたら『ヴィオレッタ王女様を蔑ろにした罰なんだ』と言いながら、暗い顔をしているという。一体何がどうなって罰、という言葉に繋がるのかと問えば、『国王夫妻がとんでもなく仲違いをし、国の行事などにもあまり一緒に出なくなったそうだ。

 王妃はヴィオレッタを失ったことをずっと後悔し、『どうしてあんな接し方しかできなかったのか……』と後悔しきりだそうだが、今更、としか言えない。

 国王とリカルドはきちんと現状を理解しているそうで、王妃のことを窘めているそうだ。そしてリカルドには最近婚約者が出来たらしい。


 ――だが、その婚約者は何の因果なのか『魔力ナシ』と言われているご令嬢だった。


 公爵家のご令嬢で、彼女は病による後天的な魔力ナシ、とのことだが婚約時の顔合わせにて一言、こう言われたそうだ。


『どうか……あなたの姉君に対してのような扱いだけは、なさらないでいただきたく』


 物凄く真面目に言われたが、リカルドだってだいぶヴィオレッタのことを迫害していた。

 ほぼ虐めのようなものだったが、結果として彼は姉を失った。必死に仲直りをしようとはしてみたものの、リカルドの言葉はどうやってもヴィオレッタには届かないままだった。

 一体何を聞けというのか。

 そう言われてしまえば、リカルドにはどうすることもできず、何があっても婚約者となった王太子妃候補のご令嬢を大切にしながら、少しずつ関係を築いている、とのこと。


 しかし、彼らの道行きは明るくはない。


 一人の女の子を否定し、それを国民にまで浸透させてしまったことで、まさかこんなことになるだなんて、とリカルドは今更ながら後悔した、というがそれを聞いたヴィオレッタは冷静に『自分の立場のことを考えた後悔にしか思えないんですよね』と、淡々と言い放ったのだ。

 本当に強くなったなぁこの子……と明日香はしみじみ思いつつ、レスシュルタインは王家の人間たちに対し、自分のやらかしのせいなのに何を今更……と鼻で笑っていたのは、ここだけの話だったりもする。


「ねぇ、ヴィオちゃん」

『はい』

「いつも聞いちゃうことなんだけどさ」

『はい』

「今……幸せ? ヴィオちゃんは、笑っていられてる?」


 明日香の問いかけに対して、ヴィオレッタはふっと表情を緩め、そしてこう言葉を続けた。


『勿論、幸せです! いっぱい、笑っていられます!』


 その表情と声に、偽りなどない。


 ――もしも、召還できた人物が明日香でなければ、こんな風にはなっていなかっただろう。


 そして、きっとヴィオレッタは王宮に縛り付けられ、王家の人々にいいように『宣伝材料』として扱われ、アレクシスとの結婚をし、彼の英雄譚の一つに組み込まれていたかもしれない。


『きっと……この出会いは、最初から決められていたんです。何もできずに、いつまでも泣いていた私に、神様がほんの少しだけ幸運を分けてくれた。……それこそが、私にとっての奇跡の物語の始まりだったんです!』


 嬉しくて、以前のように敬語で話しているヴィオレッタだが、明日香は決して咎めない。

 彼女の気持ちが、何よりも真摯で、まっすぐに伝わってくることだから。受け入れて、そして、明日香もつられたように嬉しそうに微笑んだ。


「私も、ヴィオちゃんと出会えて良かった! 私にとっても……そっちの世界で体験したことは、かけがえのない思い出で、こっちでは得られない貴重な経験だったんだ。だから……本当にありがとう、ヴィオレッタ」

『……っ』


 二人で、笑い合って、そしてまた、次にこうして会話をすることを楽しみに、励みにして、目の前にできた道を歩いていく。


 ――世界は違えど、いつまでも二人の二人三脚は続いていくのだから。

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