「ただいま」
「……無事に……」
『終わったねぇ』
ヴィオレッタたちを見守っていたアリシエルとファイは、ほっとひと息ついた。
あの子たちなら問題ないだろうとは思っていたし、すぐに終わらせてしまうだろうとも思っていた。
「とはいえ」
『さよなら宣言までしちゃうのは』
「すごいわねぇ……」
『よっぽど嫌だったのかなぁ』
「……ファイも、知ってるでしょう?」
『あぁ、うん。確かにあれは……嫌になるー……』
ふふ、とアリシエルはついつい笑ってしまう。笑いごとではない!と、あの王家の人たちならばヒステリックに叫んで、八つ当たりをしてくるかもしれない。
自分の時がそうだったから。
だが、ファイがいてくれて、結界の修復を行う旅の中でたまたま出会った薬師の老婦人に会わなければ、アリシエルの心はぽっきり折れていたかもしれない。
「逃げる先があるって、本当に大切だから」
『アリシエル?』
「……ううん、独り言」
ちょん、とファイの鼻先をつついたアリシエルは、ヴィオレッタがいつ帰ってきてもいいように、準備をしていく。
「さて、今日はルーのおばあちゃんの腰痛の塗り薬の調合からね!」
『ダンケルの頭痛薬も~』
「あらそうだったわ、薬草摘んでこなきゃ」
『手伝う~』
一日の予定を振り返りながら、アリシエルはまた、窓の外を見る。
早く帰っておいで。
そう、願いながら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……思いっきり言っちゃったけど、大丈夫だったかなぁ」
「問題ないかと」
『そうですよ!それに、あれくらい言って突き放しても理解してくれているかどうか……』
王宮から早々に離脱した明日香と、今明日香が表にいるので内面世界からぷんすこしているヴィオレッタ、指定された転移先にやってきたレスシュルタイン。
どうせとんでもない騒ぎになっているだろうけれど、三人の知ったことでは無い。
ここまで彼らは、ヴィオレッタを犠牲にし、心をめちゃくちゃに踏みにじり続けていた。
そのツケを支払う時が今だった、というだけの話なのだ。
街の人も、騒いでいたなぁ……と、ヴィオレッタが考えていると、いつの間にか内面世界での明日香と対面していた。
『アスカ、さん?』
『表、交代できる?』
『あ、はい!』
「……おや」
「アスカさんと、交代しました」
レスシュルタインはどうやら、明日香とヴィオレッタの交代にいち早く気がついたようで、にこりと微笑んだ。
「そういえば、レスシュルタイン様」
「はい、何でしょうか?」
「その、レスシュルタイン様は、王家の人たちには何ていうか……ええと」
うまい言葉が見当たらない、とヴィオレッタが悩んでいると、レスシュルタインとヴィオレッタに聞こえるように、明日香が念話を飛ばしてきた。
『塩対応だったよねー。あ、塩対応ってのはさっぱりスッキリ……うーん、あぁいや、何か違うかな。つめたーい、って感じの対応、ってこと!』
「あぁ……」
そんなこともあったなぁ、と思うレスシュルタインだが、対応してから一時間も経過はしていない。
リカルド、王妃、国王を思い出して、浮かべていた柔和な笑みを消し、どす黒さ満載の笑顔をニタリと浮かべてから口を開いた。
「彼らがあそこまで大馬鹿だとは思いもしなかったので、つい。あっはっは」
『美人とかイケメンが怒るとまじで怖いんだよ、ヴィオちゃん、覚えておくといい』
「へ?あ、えぇと、はい?」
「心外ですね、そこまでではありませんよ」
はっはっは、と笑っているレスシュルタインだったが、王家の人々のヴィオレッタへのあの対応は、人としてありえない。
絶縁を突きつけられているのだから、せめて最後くらいヴィオレッタの願いをきちんと叶えてやってほしい。今まで蔑ろにしかしてきていないのだから、と思う。
「さぁ、帰りましょう」
「……えぇ、と」
まるで、レスシュルタインも一緒に帰るような言葉に、ヴィオレッタは首を傾げている。
『いいんじゃない?』
「あ、あの、アスカ、さん?」
『相性良さそうな感じだけどなぁ、ヴィオちゃんとレスシュルタインさん』
「へ!?」
内面世界でそんなやり取りをささっと交わしてしまったものだから、レスシュルタインに視線を向けたヴィオレッタは反射的に顔を真っ赤にしてしまう。
「姫君?」
「あ、あの、もう私、姫とか、そういうのでは」
「あぁ、なるほど」
納得してくれたのか、とヴィオレッタはホッと息を吐いたが、続いた言葉にぶわりとまた顔を赤らめる。
「では、ヴィオレッタ、と」
「へ!?」
『ほうほう、ヴィオちゃんあんまり男性に免疫がない』
「アスカさん!」
悲鳴のように叫んだヴィオレッタだったが、よくよく見ればレスシュルタインがヴィオレッタの手をそっと握っている。
だが、不思議と嫌だとか、嫌悪感はなかった。
「あれ?」
「ヴィオレッタ、帰りましょう」
「……はい」
何となく、そうすることがとても自然な感じだったのだ。
今まで、アレクシスには手を繋がれたことなんてなかった。あるとすれば、パーティーに参加しなければいけなくて、嫌々ながら、無理やりに繋がれていたのでとても痛かった、という記憶があるだけ。
「(あったかい)」
自然と、レスシュルタインはヴィオレッタの心へと入ってきていたのかもしれない。
別に、こうしていることだって嫌ではない。恥ずかしいけれど。
だって、明日香が見ているのだ。そう、きっとからかうように笑いながら自分とレスシュルタインの歩いている様子を眺めているに違いなくて、アリシエルのところに到着して、振り返ったらきっと。
でもその前に、ただいま、と言いたい人たちがいる。
「レスシュルタインさん、早く!」
無意識のうちに、ヴィオレッタの足は早くなっていた。
アリシエルに、ファイに、早く会いたい。この人たちと力を合わせて、私はやりました、と報告したい。
おかえり、と言ってもらいたい。
「ヴィオレッタ、そんなに駆けずともアリシエル様もファイ様も逃げたりしません。あなたは、この森から加護を受けているので迷うこともない、だから……」
「それでも、早く行きたいんです!」
ヴィオレッタたちの城からの転移先は、アリシエルが住まいを持っているこの森だった。
ある意味、ヴィオレッタの始まりの場所ともいえるここを、終わりの場所として、帰ってきた場所にする。
その考えが理解できるから、レスシュルタインもヴィオレッタと一緒に走った。
そして──。
「アリシエル様……っ!」
「ヴィオレッタ!」
目的の場所に到着して、大きな声で名前を呼べば、肩にファイを乗せてアリシエルが出てきてくれて、ヴィオレッタのことをきつく抱き締めてくれた。
「おかえりなさい!よく頑張りました!」
「……っ、はい!」
「精神的にも、疲れたでしょう。そうだ、少し休むといいわ」
「待ってください!アスカさんが……」
「え?」
ヴィオレッタが駆けて来た方向を向いているアリシエルは、きょとんとしている。
あれ、と思ってレスシュルタインと顔を見合せて背後を振り返った。
「……アスカ、さん?」
『ごめんねぇ……時間切れに近いかも』
ジジ、とアスカの体をノイズが覆い、姿がぶれて来ている。
「なん、で」
『アリシエルさんなら、分かるよね』
「……えぇ」
ヴィオレッタは走ってきていたから、背後を見ていなかった。
ヴィオレッタの後ろを飛んできていた明日香を、一番最初に視界に入れたのはアリシエル。そして、消えかけの状態ながらも必死に保ちながら飛んで着いてきてくれていた明日香の状態を見て、察してしまった。
「ヴィオレッタ、アスカさんは……聖女さまは、もうすぐ帰るわ」
「…………っ」
受け入れる覚悟は出来ていたはずなのに、いざその時がやってくると、怖い。
離れてしまうのが、笑いあえなくなることが、こんなにも呆気なくやってくるなんて。
「待って……ください」
『ここに帰ってきたヴィオちゃんに、私も言いたかったんだ』
「いやだ」
『ヴィオちゃん、おかえり』
「待って!嫌、まだ、私、さよならの準備なんて出来てない!」
レスシュルタインと走り、明日香の体をぎゅっと抱き締める。
ぼろぼろと、ヴィオレッタの目からはとめどなく涙が溢れ続けていた。




