撒いた種は、無事成長してしまった
映像と共に、明日香も、ヴィオレッタも、消えた。
文字通り、いなくなって『消えた』のだ。
「うそ……」
「国王陛下は、俺たちを……俺たちに、嘘をついて……?」
「そんな!」
「さっきのが事実だろうよ」
「私たち、やらなくてもいい嫌がらせに加担させられていたの!?」
あちこちから上がる悲鳴、怒号。
まさに城下町は阿鼻叫喚ともいえる事態に、更に中継を繋がれていた町からもどよめきしか上がらなかった。
自分たちが迫害していた、馬鹿にしていた人が、本当は誰よりも必要な人でいなくてはならない人だった、なんて誰が想像出来るだろうか。
「ね、ねぇ……あのハズレがいなくなってさ」
「おいやめろ!ハズレとか言うな!」
「……っ、と、ともかく!あの王女様があんな風にいなくなって、仮に……、よ。また結界に亀裂ができたら……どうなるの?」
誰かが、『あ』と呟いた。
ヴィオレッタは、とりあえずこの国を救ってくれただけかもしれないけれど、これから先のことを考えれば彼女がいなくなってしまうのは良くないのでは、と。
だがしかし、これも今更だろう。
有用性がわかった後に『あなたが必要なんです』なんていう言葉、かけられる本人の身になってみるとたまったものではないのだから。
「どうしたら、いいの」
泣き崩れる女性。
困惑する男性や、老人。
ただ何も分かっていないのは、幼い子供だけ。
城下町は、これほどないまでに混乱の中に叩き落とされることになってしまったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「探せ!」
国王が鋭い声音で命令するも、兵士たちは戸惑いながらすっと手を挙げた。
「……ええい、何だ!」
「探して、どうなさるのですか」
戸惑いがちに問いかけられた内容に、国王は膨れあがらせていた怒気を少しずつ霧散させていく。
「……そう、だな」
がくりと膝をついた王妃、呆然と立ち尽くすリカルド。
あぁ、この人たちは本当にダメだ、と察した兵士たちだが、そこにふわり、とレスシュルタインがやってくる。
「だ、誰だ!」
「……ほうほう、姫君や聖女様に伺っていた通り。何ともまぁ……残念な方々のようでいらっしゃる。申し遅れました、わたし、レスシュルタインと申します。……王家の方々には『導きの民』とでもいえば、伝わりますかね?」
にこやかな笑顔は崩さないまま、レスシュルタインはとても簡単に挨拶をした。
導きの民、という単語に国王も王妃も顔を見合せる。
「そなたが、ヴィオレッタを……」
「えぇ、色々と……僭越ながらご指導させていただきました」
色々と、に含みをもたせ、レスシュルタインは笑顔のままで言葉を続けた。
「姫君のことは、聖女様がしかとご説得しておりました。何せ……」
レスシュルタインの視線が、国王、王妃、リカルド、の順に移動していく。
「別に、家族なんかどうでもいい、との仰せでしたが……えぇ、さすがにそれはよろしくないのでは、とわたしからも説得をさせていただきまして」
「…………そんな」
そんなこと、ヴィオレッタはひと言だって言っていないけれど、こう言ってやった方が彼らには突き刺さる、というのはよく理解している。
しかも、レスシュルタインの告げた自分の役割を含めた立場を聞いて、幼いとはいえ王太子教育を進めているリカルドにだって、意味は理解できている。レスシュルタインの言うことが本当なんだ、と現実を容赦なく突き付けられてしまい、何かを言うことが一切できなくなってしまったのだ。
「そんなに、嫌いだった……の?」
呆然と呟いたリカルドに対し、真逆の微笑みを返すレスシュルタイン。
王妃がカッと顔を赤くするが、レスシュルタインが放った言葉に動きを止めた。
「嫌いではありません」
あぁ、やっぱり。
嬉しく思った王妃だったが、次いだ言葉に叩き落とされたような気分になってしまう。
「どうでも、良くなっただけですよ」
事実上のトドメを突き刺し、レスシュルタインは国王夫妻から一歩、距離をとる。
まて、という言葉を発する前にレスシュルタインは転移魔法を使用して瞬く間にその場から消え去ってしまったのだ。
「そんな……こと」
ない、と言い切りたかった。
だが、置き去りにされてしまったかのように、ヴィオレッタも、明日香も、初対面だったレスシュルタインまでもが、ここから居なくなった。
まるで、最初から誰もいなかった、とでも言わんばかりのように、『消えて』しまったのだ。
「何もかもが……手遅れだった、のね……は、はは……」
王妃の呟きと、悲しげな笑い声に、国王は何も言えず、そっと背に手を添えることしかできなかった。
もう、娘はいないのだ。
更に、国民に対しても事実が突きつけられてしまった。
これから先、きっとこの国は荒れてしまうだろうが、その大元を作り上げてしまったのは誰か、王家である。
もしも、の話をしても意味は無いと理解している。
だがもしも、ヴィオレッタのことを誰もが普通に愛して、大切にしていればこんなことにはならなかったんじゃないだろうか、と淡すぎる期待を抱き、駆け込んできた宰相が『民の暴動です!』と叫ぶ様子を国王はただ、眺めることしか出来なかった。




