後悔したところで
国王が決意してからほんの少しして、王国民へと知らせがあった。
此度の結界の修復に関して、民への知らせがある。
王都に住んでいる者は、中央広場に集まるように。その他の民らには、風で我らの声を届けよう、と。
「何だろうな、お知らせ……って」
「王家の人達が直してくれたんだろうし、別にこっちが何かを知っておく必要とかあるのかな」
「でも、王家の人達がそう言ってるんだし」
わいわい、がやがや。
一体何だろう、きっといい知らせに違いない、いいやもしかしたら……と、人々は口々に何の知らせなのかと、ある種の期待のようなものを持っていた。
「国王陛下のお言葉の時間です!」
少しして、定刻になると全体に声が聞こえるようにと、風魔法にのせられた王宮の役人からの声が聞こえ、民はすっと静まり返る。
「……今日は、知らせがある」
重たい口調の国王の様子に、一体何事だ、とざわめいている中、いきなり空中に映像が現れたのだ。
「な、何だ!?」
「誰だ、あれは……」
「奇妙な服を着ているぞ!」
どよ、とざわめきがより大きくなる中、また、国王の重たい声が聞こえる。
「皆に、謝らねばならんことがある」
その一言に、一気に民たちは静まり返った。
国王が謝るほどの、何か緊急事態があったのだろうか。しかし、皆、生活に何か変化があったわけではない。
「今、空に映し出されていらっしゃるのは、今代の『純血王家』が召喚に成功した、聖女様であらせられる」
わっ、とまた歓声が上がる中、国王の声は重い。
「今代の『純血王家』は……第一王女であるヴィオレッタだ」
「え……?」
誰かの声が、とてもとても、大きく聞こえた。
国王の発した言葉により静まり返った中だったから、とてつもなく大きく聞こえてしまったのかもしれない。
あるいは、本当にその人の声が大きかったのかもしれない。
「あの、ハズレ……が」
それを言ってしまえば不敬罪になるとも思わず、何の気なしに一人が呟けば、また続けて呟かれる。
「あいつ、何もできないから、役たたずだ、って」
「ヴィオレッタのおかげで、皆に恐怖を与えていた結界の亀裂は、何一つ問題なく塞がれた」
淡々と、告げられる内容に、民たちはぞわ、と悪寒がした。
あの役たたずが、どうして。
何も出来ない無能なのに。
王宮の新年の挨拶のお披露目にすら出してもえらないほどの無能のくせに。
言いたいことを各々が言ってしまうから、ざわざわと声は大きくなっていく。
──ぱん!
「!?」
映像の中のヴィオレッタ……もとい、明日香が大きく手を鳴らしたことで、また、民たちは静かになった。
「皆様におかれましては、初めまして。私、此度こちらの世界に住んでいるヴィオレッタにより召喚されました、聖女、と呼ばれる存在でございます」
凛とした声。
おお、あれが……と感動する人達の視線を受けた明日香が、彼らに視線をやる。
「……え?」
向けられた視線のあまりの冷たさに、民たちは愕然とした。
聖女とは、民を慈しみ、いつだって温かな眼差しを向けてくれて、優しい言葉をかけてくれるはずなのだ。そうやって、ずっとずっと学んできた。
「私がここにあるのは、ヴィオレッタのおかげ。彼女という存在が、私を導いたのです」
ざわ、とまた再びざわめく人々の口からは、戸惑いばかりが零れていた。
「あの役たたず、純血王家って本当だったのか……」
「だって、王妃様や陛下だってアレを蔑ろにしまくっていたというじゃないか!」
「婚約者にも見捨てられた、と」
「いや、そもそも弟君の足元にすら及ばない、どうにも役に立たない存在だって話だったじゃないか!」
これではまるで、と誰かが呟く。
「……あの王女が、この国の救世主だとでも言うのか……?」
何を今更、と明日香はフン、と小馬鹿にしたような視線を向ける。
なお、ヴィオレッタは余り聞きたくないから、と本当は耳を塞いでいたかったらしいが、明日香から『大丈夫だよヴィオちゃん。あいつらみーんなギャフンと言わせてやるんだから!』と力強く宣言されていたから、耳を塞ぐことはせず、しかし表には出ることなく内面世界で膝を抱えて座り、ただぼんやりと過ごしていた。
「(散々な言われよう……)」
けれど、本当のことだから仕方ない。
どうしても、これだけの人を前にして、数の暴力とも言えるような扱いを受けてしまえば、どこかに行ったはずの卑屈な心が大きくなってきてしまう。
「(いいえ……いいえ! アスカさんが、私のことを必要としてくれた!私は、ここに居ていいの!)」
ふる、と首を横に振って、ヴィオレッタは必死に自分へと言い聞かせる。
明日香が、ヴィオレッタの存在証明をしてくれたのだから、卑屈にならないようにしようと決めていたのに、とまた涙が滲んでくるが、無理やりにぐい、と拭って、立ち上がった。
「本当に……どうしてこんな人たちをヴィオレッタは救ってあげたのかしらね」
立ち上がったと同時に、明日香の冷たすぎる程の視線が、色んな人へと向けられた。
「な……!?」
カッとなる人々だが、何かを言おうとしたところで明日香が言葉を続けた。
「救わなくても良いのでは、と私は提案したの。思い知ればいい、って」
「何言ってんだてめぇ!」
明日香の言葉にがっと噛みつきにいった人がいたが、すい、と手を動かした明日香の魔法によって、その人の口にぐるぐると何か布のようなものが巻きつく。
「む、むぅー!?」
何だこれ!とその人は叫びたかったのかもしれないが、明日香は無視してまた言葉を続けた。
「必要だから生まれた純血王家の大切な姫に対して、暴言ばかり投げつけて、国全体で迫害するような非人道的なおバカさんたちなんか救わなくても良いんじゃないの、って提案したのに……」
はぁ、と盛大なため息とともに告げられた恐ろしい内容に、人々は愕然としてしまった。
こんな奴が聖女なのか、と。
しかし、一部の人には思うところがあったようで、難しい顔をしている。
「城の人たちも、両親も、彼女の肉親も、婚約者も、あなたたちだって、ヴィオレッタのことを迫害したの。ゲラゲラ笑いながら、無能と呼んで。どうして生まれてきたんだ、って。役たたず、ってね!!」
明日香によって叫ばれた内容に、ぎくりと人々の体が強ばる。
「何が役たたずよ、必要だから生まれてきたの。ヴィオレッタがいなかったら、私のことも召喚できていない。あの亀裂は普通には塞ぐことはできやしないから、きっと魔物に襲われてこの国が消滅していたことでしょうよ!あなたたちがすごいすごいと褒めたたえている王家の人たちこそ、なーーーーーーーーんにもできない役たたずだったんですからねぇ!!」
「(アスカさんの勢いがすごい)」
ぽかんとしているヴィオレッタは、ここまで自分の味方をしてくれる明日香の言葉に、ぼろぼろと涙を零していた。
「あり、がとう……ございます……」
「いや、だって……」
「なぁ……?」
自分たちは何一つ悪くない、とでも言いたそうな人々を指さして明日香は、また叫んだ。
「やかましい!!」
「ひえっ!」
びくりと体を震わせる人、恐ろしいものを見るような目で見てくる人、種類はあれこれ様々だが、明日香にとっては何もかもが同じだった。
「……こんな国、ヴィオレッタの願いでもなければ救わなかった……いいえ、救いたくも無かったわ」
吐き捨てられるように告げられた言葉に、皆が俯いた。
これをダイレクトに聞いている国王夫妻、リカルドは更にバツの悪そうな顔で、視線を逸らしていた。
ゆっくりと、明日香が王家の人々を振り返れば、揃いも揃って泣きそうな顔をしている。
「お前たちに泣く資格なんか、あるわけもない」
また吐き捨てるように告げ、再び民へと向き直った。
「事実が、はっきりと。正確に伝わることだけを望みます。そして……」
言い終わる前に、聖女としての明日香がわざと光を出現させた。
こうしてやれば、何か神秘的な力が働いているように見えるだろう。
「何だ!」
「あ、あれは……一体何の光なんだ!」
「ヴィオレッタは、お前たちのせいで閉じ籠ってしまった。……だから、私が連れていくわ」
「は!?」
「聖女よ、何を!」
「やめろよ、姉様を連れていくな!」
騒ぐ民衆。
狼狽える王家の人々。
しかし明日香はどこまでも冷静に、冷淡にも思えるようにして王家の人々を改めて振り返り、告げた。
「──さようなら、二度と会うことの無い家族の皆様!」
明日香の声だったはずなのに、その言葉だけはヴィオレッタの声音で告げるという、何とも皮肉めいた方法でヴィオレッタは彼らに対してさよならを告げた。
手を伸ばしても一瞬間に合わず、国王の手は空を切り、そして、そこにへたり込んでしまったのだった。




