真実を告げてください
どうして、とか細く王妃が呟き、顔色が悪いが明日香は何一つ容赦なんかしてやらない、と決めたのだ。
出会って、ほんの少ししか時間を共有していない存在だけれども、明日香はヴィオレッタのことがとてもとても大切で、ヴィオレッタが言ってくれたように『友達』だと思っている。
「ねぇヴィオちゃん、ちょーっと私に何もかも任せてくれないかな? 私も、あの人たちには色々思うところがありまくりなんだよね!」
「ええと……はい」
「聖女さま?」
一体何をするんだろう、と首を傾げているレスシュルタイン。内面世界でもヴィオレッタがきょとんとして、レスシュルタインと同じように首を傾げている。
そう、明日香は一度でいいからやってみたかったのだ。
「(ふっふっふ……まるで私は悪役令嬢!!)」
暇だから、と勉強を進めながらも息抜きの合間に読んでいたWeb小説。
そこによく登場していた、『悪役令嬢』という存在。
明日香はジャンル問わず読んでいたこともあってか、ファンタジーが何より好きになっていた。そのおかげで、こちらの世界に召喚された時も魔法に対してほぼ違和感ゼロな状態であれやこれややってみせた、というわけである。
だからこそ、言ってやりたかった。
まるで演劇のように、つらつらと台詞を並べてやろう。大切な友達を傷付けた奴を許したりなんかは、絶対にしてやらないんだ、と決めていた。
「っ、聖女、あなたがそうやってヴィオレッタの行動を制限して……」
「しておりません。ヴィオレッタは、私に任せてくれましたわ。……弟だった人、ご両親だった人に対しての『さようなら』を言ってほしい、って……ね」
にこ、と穏やかな笑みを浮かべて告げれば、リカルドもへたりこんでしまう。
まさか本当に、と呟いているあたり、まだまだヴィオレッタに対してほんの少しだとしても可能性を抱いていたのだろう。
あれだけのことを家族が先導してやらかしておいて、それでもまだなお、許されると勘違いをしている。
「お前に、お前ごときに、こっちの何が、どんな事情が分かるっていうんだよ!」
「……何か、勘違いをしていない? そちらの事情なんか、分かりたくもないわ」
「なっ!?」
「だってそうでしょう? きちんと調べもしないで、ただ役たたずだ、って決め付けて、迫害をして、孤独の中にヴィオレッタを捕らえたような鬼畜たちの、何を分かれと言うの?」
「は、はぁぁぁぁ!?」
「有用だと分かったら手のひらを返して擦り寄ってきて……気持ち悪いったらありゃしない」
滾々と真顔で告げられていく内容に、国王夫妻だけでなく、リカルドも真っ青になっていく。
明日香を止めたいけれど、王宮にいる人たちだって同罪だから、皆揃って真っ青だし、何も言えそうにない。
「(反論されるだなんて考えもしてなかったのかね。ばっかじゃないの?)」
ハン、と鼻で笑えば内面世界のヴィオレッタから『……っ、ふぶっ!』とふきだしたような声が聞こえる。どうやらここまで淡々とやるとは思っていなかったらしく、ツボに入ったらしい。
「ねぇ、何を分かれば良いの? あなた方が何を考えて私を呼んだ後のヴィオレッタに対して接していたか、とか……馬鹿みたいな推理をしなくてはいけない?」
「異世界からの聖女、それはあまりな言葉ではないか!」
「父親のくせに我が子を守れない馬鹿に言われたくないけれど」
「……っ」
「あ、あなたねぇ、さっきから聞いていれば!」
「生みの親に罵詈雑言ぶつけられる気持ち、ぶつける側は分からないでしょうね」
「はぁ!?」
「良かったわね、ヴィオレッタが割れ目の修復をしてくれて」
そう告げた明日香に、王妃は『勝った!』と言わんばかりにドヤ顔になる。
「ええそうよ! わたくしの可愛いヴィオレッタは心優しいんですから!」
「は?」
「貴女には分からない家族の絆があるのよ!」
「ないですって、そんなもん」
「な、い……?」
「だって、私が必死にお願いしたから、ヴィオレッタは渋々割れ目の修復をしてくれたんですけど」
「……うそ……」
がつん、と頭を殴られたような衝撃が王妃を襲った。
まさかそんなこと、あるわけない。いや、やめて、とぶつぶつ何かを呟いている王妃に対して、明日香は内心舌を出している。
「(嘘も方便だし。ヴィオちゃんが躊躇したのは、あれを直すことで私との別れが早くなることだけだっての、ばーかばーか!)」
我ながらおこちゃまだなぁ、と思いながら、明日香は胸元に手をやり、まるで会話をしているかのように何度か頷く。
「……中にいるヴィオレッタから、伝言です」
「!?」
「早く、国民に真実をお伝えください……とのことですが」
あぁ、ついにこの瞬間が来てしまったのか、とそこにいる人たちが揃って絶望する。
いつかはこのタイミングが来ることになっていたけれど、今、来たのだからさっさと国民全体に周知できるようにしてもらわないと困る。
「いつ、国民に事実を公表されるおつもりで?」
「事実、って……。な、何をそんなに、大袈裟な」
ほほほ、と乾いた笑いを零している王妃だが、完全に挙動不審になってしまっている。
す、と目を細めた明日香は王妃に対して一歩踏み出し、ずい、と顔を近付けた。
「第一王女たるヴィオレッタを虐げていたこと、王家が先導して第一王女を迫害していたこと。しかし実は純血王家であり、あの亀裂を塞ぐことは彼女しか出来なかったことで、王家の人間は何も、出来なかったこと」
淡々と、静かに告げられた内容に王妃をはじめ、リカルドも国王も、ゾッとした。
明日香の怒りが凄まじく、何も言えないまま口をパクパクと開閉させることしか、出来ないままで動くことが出来なかった。
「そ、れ……は……あ、あの」
「事実しか述べておりません」
また、淡々と。
「(怒鳴り散らすよりもこうやって静かに怒った方が、ダメージデカいんだよね)」
明日香はあえて無表情のまま、言葉を続けていく。
「貴族も、平民も問わず、ヴィオレッタのことを理解しようともせずに、馬鹿にした。えぇそうよね、親が、国が、彼女を否定していたのだから」
「ち、違う、我らはそのような」
「違わないでしょう?」
何も知らないよそ者が、と叫ぶことは簡単だ。しかし、明日香の言う内容は全て真実。
「……ち、近いうちに」
「いつ?」
「それは聖女には関係の無い……」
「良いのよ、私が勝手に風魔法を使って声を拡散して、今話した内容を全て暴露しても」
「……っ!!」
脅しとも取れる内容だが、やれないことはない。
満遍なく、全ての民に届くようにして、何もかもを暴露してから、ヴィオレッタを明日香の世界に連れ去るようにしてここから消えてやっても良い。
それをしないのは、自分たちのやってきたことと向かい合ってもらいたいから。
受け入れないなら、明日香もヴィオレッタも、覚悟は出来ている。
「……陛下……」
心配そうな家臣の声に、ぐ、と拳を握った国王はのろのろと明日香と視線を合わせ、告げた。
「明日、声明を。……国民全体に告げよ、報告がある、と……」




