さぁ、終わりに向けて
「……お二方……あのですね……もう少し、手加減というものを……」
うえっぷ、とイケメンに似合わない音を出しているレスシュルタイン。ちょっと爆速で飛んできてしまったのがよろしくなかったのかもしれないが、あんまり明日香もヴィオレッタもそこのところは意識していなかった。
あっはっは!と豪快に笑っているらしい明日香。恐らく内部ではヴィオレッタも笑っているのかもしれない。
今、どちらがどちら、というのは分からない。何せ見た目は色んな意味でド派手なのだから。
「いやぁ、この状態だと入れ替え……んーと、スイッチ的なのって、好きにできるんだね!」
「あぁ、その口調は聖女さま」
「アスカさん、本当にすごいんですよー!聖女さまのこんな形の変わったドレス、初めて見ました!!」
「あぁこれは姫君」
きちんと的確に理解しているレスシュルタインに、明日香もヴィオレッタも、二人揃ってにこにこと笑いあっている。
内面世界での二人が見れるわけではないが、二人できゃっきゃと笑いあっているのだろうということは、容易に分かる。
そして、あの巨大な割れ目……もとい、穴を綺麗さっぱり何も無かったかのように修復してしまってもなお、明日香の意識がまだ『こちら側』にあるというのは、本当に心強い。
この後、ヴィオレッタは王国に戻って全てへの決別宣言を行うのだ。
「ところでお二方」
「はい」
「ほいほい」
「(声音が同じだから感覚がおかしくなるな……)」
「レスシュルタイン様?」
「……あぁいえ、何でも。今、王国が目の前、というところにまで来ておりますが……一体どうやって知らせるというのです?」
素朴な疑問として、これはレスシュルタインがずっと気になっていたことである。
聖女登場!と、大々的に垂れ幕背負って凱旋するわけにはいかないし……と考えているレスシュルタインを見ている明日香は『真面目な男の考えることって、碌なもんじゃないかなー』と思っているし、ヴィオレッタはそれを聞いて(考えることが分かってしまうので)、笑いをこらえている。
「まぁそりゃ……色々ありますけれども」
完全体となっている明日香とヴィオレッタ、二人で一人の形をとっている二人(?)は、視線の先に見えている王都をすっと指さした。
「まずは、王宮まで飛んで……「待ってくださいアスカさん、それはちょっと!」」
「姫君、落ち着いてください」
「落ち着けません! あんなに啖呵を切って出てきたのに「いやいや、まぁ聞いてよヴィオちゃんや」」
入れ替わり立ち代わりで話すものだから、さすがのレスシュルタインも若干混乱している。基本的な体の主導権はヴィオレッタ。あくまで、明日香は体を借りている人という位置づけなので、交互に喋ればこうなってしまう。
「見せつけにいく、ってわけよ。ほら見てごらんなさいな、私は立派に成し遂げたでしょう、ってね」
「……でも……」
「知ってる? 人ってね、自分より下だって思ってる人が幸せにして笑ってる姿を見るのが、何よりも腹が立つんだよ」
「…………へ?」
「聖女さま?」
見た目が変わっているとはいえ、ベースはヴィオレッタ。顔つきも基本はヴィオレッタなのだが、そのヴィオレッタの顔で、にま、と人の悪すぎる顔をして笑っている明日香は、ぽかんとしているレスシュルタインとヴィオレッタに言い聞かせるようにして、更に言葉を続けていく。
「いやぁ、きっとびっくりするだろうね。役立たず王女、って蔑んでた人しかあの亀裂を直せなくて、王家の……えーっと、何か兵士とか魔法師とか、色々いるかもしれない? だろうけど、その人たちはなーーーーーんの役にも立ってない。国王も王妃も、元婚約者くんだって、弟くんだってね」
「……あ」
そう言えば、とヴィオレッタは思い至ったらしい。
「ヴィオちゃんにしかできないことだって知らなかった、っていう反論が来るんだと思う。でもね、それを公表しなかったのはだーれだ。はい、レスシュルタインさん」
「王家ですね」
「はい正解! 王家が主導してヴィオちゃんを役立たずと罵って、好き勝手にレッテルをべったり張り付けた。でも、王家は発表しなくちゃいけないんだ。今回の一番の功労者が誰か、って」
「つまり……ええと、陛下や王妃様が私のことを役立たずにしていたけど、『役立たずだった人が何よりの功労者』だって、自らの口で言わなくちゃいけないから……」
「国民からすれば、『なんでだ』と思うことでしょう。しかも、聖女さまの召還にも成功している上に、あの亀裂を綺麗に塞ぎきった。放っておけば大災害にしかならなかったし、役立たずだって言って罵っていた人が救世主、というわけだ」
ほうほうなるほど、とレスシュルタインは意図が分かってくると、明日香と同じく人の悪い顔になってきている。
「お察しの通りですとも! さぞかし悔しいことでしょう。んでもって、ヴィオちゃんは王家から除籍されている……よね?」
「陛下がきちんと処理してくれていたら、ですが」
「やってなかったらちょっと『めっ』ってしようか」
「それは是非ともわたしに」
はい、と挙手しつつ良い笑顔でいるレスシュルタインを見て、明日香はぐっと親指を立てる。この人なら問題ないし、ヴィオレッタは王家から出ているので、今後はレスシュルタインとの交流だって増えてくるかもしれない。
仲良きことは良きことかな、と頷いている明日香を感じつつヴィオレッタははて、と首を傾げている。一応あの王家は実家ではあるものの、心底興味をなくしているために『別にもうそこまで関わらなくても良いのでは……?』まで思っている。
「……あのう」
「これは姫さまですね」
「そこまでしてあげる必要ってありますかね……?」
「うわぁ」
「結構容赦がない」
明日香もレスシュルタインも、ついツッコミを入れてしまったが、これは何も隠すことのないヴィオレッタの本音。
自分を見捨てたのは王家が先なので、そんなところからは離れます。なので、もう関わりたくないんです、というのがヴィオレッタの現状のスタンスなのだ。
「でもほら、これで最後だから」
「…………頑張り、ます」
とても渋々という声音でヴィオレッタが呟いて、少しだけ拗ねてしまったのか明日香にだけ見えるようにして内面世界で膝をかかえ、所謂体育館座りをしてぶすくれてしまった。
『ごめんて』と明日香が謝りつつ、内面世界でヴィオレッタの背中をよしよしと撫でている内に少しだけ機嫌が直ってきたのか、内面世界で明日香にぎゅうと抱き着いて甘えてきている。
「大丈夫、ヴィオちゃん。お別れ告げたら、アリシエルさんたちのとこ行けるし、あとちょっとだけがんばろ?」
「……うう……はい」
「お二方には……心もとないかもしれませんが、わたしもついておりますので」
「一人じゃないから、大丈夫だよヴィオちゃん」
内面世界で背を改めてぽんぽん、と叩じゃれてヴィオレッタは『二人がいるなら』と安堵する。
そして、明日香とレスシュルタインに付き添ってもらい、王宮へと飛んでいく。
自分を見捨てた『家族』だった人たちとの、別れを告げるために。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「すごい、あの割れ目が綺麗に直ってる……!」
「やった! きっと王族の人たちが私たちを守ってくれたんだ!」
わぁわぁと盛り上がっている城下町の様子を見て、国王も王妃もいよいよこの時が近付いてきたのか、と気持ちが重くなってくる。
これから、国民に対して『これはヴィオレッタがやってくれたんだ』と伝えなければいけない。しかし、自分たちがヴィオレッタ自身を除け者にしているのだから、どの面下げて、という状況になってしまっているのだ。
「……っ、あの子は……修復が終わってもここに来ないのでしょう?」
「来ない、と思っていた方が良いだろうな」
はぁ、と深いため息を吐いた国王夫妻だったが、ふと窓の外に感じた人の気配に、ばっと顔を見合わせる。まさか、と王妃がバルコニーに繋がる大窓に駆け寄って勢いよく開けば、そこには見たことのない衣装でふわふわと浮かんでいるヴィオレッタらしき女性の姿。
「……貴女方の望むように、修復いたしましたわ」
しかし、声は少し前に聞いた明日香のもの。
一体ヴィオレッタはどこに、と叫ぼうとした王妃だったが、明日香が体の胸元にそっと手を当ててから、口端を少し上げて告げた。
「――ご安心なさって、ヴィオレッタはちゃんと『ここ』におりますわ。ただ、貴女方に会いたくないそうです」
微笑んで告げられた内容に、王妃はへたり込んでしまうが、これが突き付けられた現実。
ヴィオレッタはどこまでも、国王夫妻を突き放しにかかっているのだから。




