近付く別れ
「……でも、私って言うほど何かが変わったんでしょうか……」
『どったのヴィオちゃん』
「その、先程レスシュルタイン様が仰っていた……」
あー、と明日香は唸る。
何が変わった、と聞かれれば恐らくこう答えられる。『とりあえずあなたメンタルめっちゃ強くなったよね』と。
恐らく、先程レスシュルタインが話していた『最後の封印を行う時』ももうすぐ、否、やろうと思えばすぐにでもできるだろう。
だがしかし、ヴィオレッタ的には自分自身、何がどう変化しているのか、いまいち理解できていなかったから、やろうとして本当にあの大きな亀裂を塞ぐことができるのだろうか、ということが心配らしい。
『ヴィオちゃん普通に強くなったと思うけど』
「え?」
「魔法もきちんと使えるようになっておりますよ」
「……いやいやそんな、だってアスカさんが」
『最近、あんま手貸してないし』
「…………え?」
ヴィオレッタがぴしり、と硬直していると、目の前にいる明日香とレスシュルタインは、うんうん、と頷いている。
休憩時にお茶を飲もうとしている時、果物を取る時に上の方にある身を取ろうと木を揺らしたりする、ちょうど座るところを作るために土魔法を使って切り株のようなものを作る時、などなど。
「最近、姫君はご自身で魔法をお使いになっておりますよ」
「うそ!?」
『使い方のイメージがきちんとできてきたのかもしれないけど、ほら、あれ』
「あれ……?」
明日香の指さす先にあるものは、既に修復された結界の割れ目。
はて、あそこに何かあっただろうかと首を傾げているヴィオレッタを見て、明日香はあっけらかんと話す。
『純血王家の人って、あれの修復をするための特殊な力を持っているよね?』
「そんなこと、アスカさんと調べましたし、アリシエル様にも聞いたので……」
『修復した後って、どうなるんだっけ?』
「どう、って」
あれ? とヴィオレッタはここでハッと気が付いた。
「あ……」
『修復した分、蓋が外れてきてるんだから、つまりは?』
「……普通の、魔法が使えるようになっている……?」
『はい正解ー』
ぱちぱちぱち、と明日香とレスシュルタインが拍手をする。
ヴィオレッタがふと、自分の手を見て、今までであれば決して発動できなかった魔法を使ってみようと、近くに転がっていた石を見て、その石に向かって力を向けた。
「……浮き上がれ!」
小さい頃、何も動かせなかった。
ボールを浮かせてみろ、机の上の文具を何か動かしてみろ、そんな些細なこともできないまま、家庭教師たちや両親だった人、弟から『出来損ない』、『こんなことすらできないのか』など、散々罵られた。
でも、きっと今なら……とヴィオレッタはほんの少しだけ願いを込めて、石が浮き上がるように思いを込めて魔力を送る。
「……あ」
ふわ、と浮き上がった石は、ヴィオレッタの視線の高さまで浮き上がると、ぐらつくこともなくそのまま空中にととどまってくれている。
「今までみたいな息苦しさがない……?」
「それが、蓋が外れているという状態ですよ、姫君」
魔力を送ることをやめれば、ぽとん、と石は地面に落ちる。
もう一度魔力を送れば、また石は浮き上がるから、これは夢なんかじゃない。ヴィオレッタはようやく自分自身が『役立たずの王女様』から脱出間近なんだと理解した。
「アスカさん……!」
『ありゃりゃ、まだまだ泣き虫さんだねぇ』
「嬉し涙ですーー!!」
明日香を召還できたことで、聖女としての力を使い、本来与えられていた役目を果たしていく中で、『あるべきはずだった姿』へと向かっている。
王家の面々が、そしてかつて婚約者だったアレクシスが、ヴィオレッタのことを手に入れようと動き始めていることだって理解できた。現にアレクシスは自己判断でヴィオレッタを追いかけてきていた。完膚なきまでに心をへし折ったはずなので、さすがにもう追いかけてこないだろうが、と明日香もヴィオレッタも思っている。
よしよしと明日香に頭を撫でられつつ、うれし涙をぽろぽろと零しながら色々と考えていたヴィオレッタだったが、明日香が元の世界に戻るタイミングだって、何とかできそうな気がしてきた。
レスシュルタインも太鼓判を押してくれたことだし、大丈夫だ。そうやって思えるだけの自信を、明日香やアリシエルたちからもらった。
「……アスカさん」
『ん?』
「決めました」
『ん、話してみて?』
明日香は、いつだってヴィオレッタの話を聞いてくれる。唐突に話し始めたとしても、きちんと聞く体制を作ってくれる。
そんな明日香に甘えているのかもしれないけれど、甘えられる相手なんて今までいなかった。甘やかしてくれるから、調子に乗っている、と言われても仕方ないけれど、とヴィオレッタは心の中で思ってから言葉を続けた。
「修復、しましょう」
『あれを?』
「はい!」
『それから』
「え?」
明日香の言葉に、ヴィオレッタは少しだけ不思議そうな表情になる。
『まだやりたいこと、あるんじゃないの?』
「――っ」
どうしよう、このままの勢いで言っても良いものだろうか、と迷うヴィオレッタの肩に、レスシュルタインがぽん、と手を置いた。
ああそうだ、この人にも勇気を貰えているんだ、と思ったヴィオレッタはぎゅっと胸の前で手を握って真剣な顔で続ける。
「さよならを、『元・家族』になる人たちに突き付けます!」
『よっしゃ!』
「よく決意しました姫君!」
告げた内容に、明日香もレスシュルタインも嬉しそうに表情をぱっと輝かせた。
「そして、国民の皆さまへもさようならをお伝えします! 私は……、役立たずなんかじゃなかった!」
言葉に出せば、顔が赤くなったのかとても熱くなる。
言えた、やっと言えた。
そしてまた気が緩んだのか、ヴィオレッタの目からは再び涙が零れてしまったが、明日香がよしよしと頭をまた撫でてくれて、ふにゃりと笑ってしまった。嬉しくて、これでようやく自分らしく生きていけるというスタートラインに立てるんだ、と頭上に広がる亀裂を見上げる。
「……修復したとして、アスカさんとすぐお別れにならないように、その瞬間はとっても劇的なものにしてやります!」
『ヴィオちゃん……?』
この子、何をするつもりなんだ、と明日香がはて、と首を傾げていると、今までに見たことのない生き生きとした満面の微笑みを浮かべたヴィオレッタが声高らかに宣言する。
「完全体、とかになったら、きっと何らかの変化があると思うので、それを国民の皆さまにもしっかりと認識していただきます! その上で、アスカさんとの劇的な別れを演出、ついでに私はアスカさんと消えた感じに演出して、アリシエル様のところに行きます!」
『レスシュルタインさん』
「はい、聖女さま」
『この子、とっても生き生きしてるので、このテンションのまま止めない方向で』
「勿論ですとも、ところで聖女さま」
『はいな』
「てんしょん……とは?」
『気分が高まってるとか、そういう感じで思ってて』
「かしこまりました」
決して暴走しているわけでもないし、初めてヴィオレッタがここまで自分のやりたいことを明確に話してくれたのだから、全力で叶えましょうかね、と明日香も意気込む。
折角ならば、とてもドラマティックに決めてやろう。
ヴィオレッタを散々馬鹿にしてきた人たちが、どれだけ後悔しても遅いと嘆いてしまえ! と思う反面、これがヴィオレッタの平和な生活への大きな第一歩になるんだ、と改めて思えば何だって頑張れるんだ、と思う明日香だった。
『(だって、初めてできた友達、だもんね。……私にとっても、さ)』




