色々できたし来客もあった
進行上、明日香が表に出ているときの会話表現として以下使用しています。
ご了承ください。
「()」←ヴィオレッタ
「『』」←明日香
ヴィオレッタが目覚めて数日しか経過していないにも関わらず、あれやこれやの贈り物が届けられ続けていた。
ヴィオレッタ自身から『贈らないでほしい』というお触れを出したにもかかわらず、次々と届くそれらは止まることを知らないらしい。人の言葉を聞いていない、とはこのことか…と明日香はしみじみ思う。
『プレゼントのこの量…すごいねぇ…』
「…必要ないです。いらないんです、こんなもの」
むすっとしているヴィオレッタは、明日香といる時だけは素直に感情を表に出してくれる。だが、他の人がいればまるで仮面をつけたように無表情になるのだ。
きっとそれは、彼女が覚えた己の身を守る方法だったのだろう。
『このプレゼント、相当おっきいよ?ほら、こっちは何だか重厚感ある!』
「…いらないので、開けることもないですわ」
『あらま』
「…あからさますぎて…嫌になるくらいですよ…」
『まぁ、そうよねー』
吐き捨てるように呟いたヴィオレッタの様子を見ていれば分かるし、状況から察するに、彼女の周囲の人間の手のひら返しが始まったのだろう。理由は、『ヴィオレッタが聖女召喚を成功させたから』。彼女はまず、文献にある通りの召喚を成功してみせた。
まともな魔力運用のできなかった出来損ない王女が、無詠唱で、指先一つで水の動きを制御してみせたことは、国王と王妃の手によってすぐに広められた。
『今までまともな魔力運用が出来なかったのに、聖女召喚を行うことで純血王家としての力を示しただけではなく、聖女様のお力をも借りて通常魔法ですら使えるようになった!』と大喜びらしい。
だが、そうして褒められたからといって、これまで受けた嫌なことに関する記憶が消えるわけではない。心の傷は、簡単には消えない。
普段、どれほどまでに彼女が冷遇されてきて、どれほどの時間を一人で過ごしてきたのか。
今は明日香がこうして傍についているから良いとして、誰もいなかったという頃はどうしていたのだろう。一人、呼びかけに応えてくれる人が現れるまでずっと孤独だったのだろうか…と思うと胸が痛い。
『ちなみにヴィオちゃん、いらないものは返すっていう手段もあるんじゃないかな?』
「そう、なんですが…一応…お礼状は書こうと思います。人としての礼儀といいますか…何といいますか…。二度目があった場合は、それなりの対処をしようかと…」
優しいなこの子、と思わず明日香は心の中で呟くが、ヴィオレッタには筒抜けなので意味がない。
どこが優しいんですか、とヴィオレッタも思わず心の中で呟いたらしく、これまた明日香には筒抜けなので、二人で顔を見合せて笑ってしまった。
『いやぁごめんごめん!だぁってさー!』
「もう…!お互いに思考は共有されているんですから!」
あはは、と二人で笑うこの時間が、とても楽しい。
あぁ、やっぱりこの子は笑っている方が可愛いのだ。あんなに無表情でいるよりも、遥かに可愛いし魅力的だ。
そう思っていると
「私が喚べたのが、アスカさんで良かった」
ん?と首を傾げてみると、ヴィオレッタは目を細めて嬉しそうに微笑んでいる。
「手を、差し伸べてくれたから掴めた。立ち上がろうって、思えたんです」
ベッドの上で横たわっていることの方が多かったから、誰かの助けになれることが嬉しかったのだ。それに、あんなにも切羽詰まった人の助けを求める声を、無視なんかできるわけがなかった。
『あんだけ必死な想いを聞いたんだもん。私は、君を助けたいと思ったから手を差し伸べた。それだけだよ』
「…この世界の人は、誰も助けてくれなかったです」
『ヴィオちゃん…』
「色んな人に、助けて、って…言ったのに。…ちゃんと、声をあげたのに…」
ぎゅ、と固く握り込まれたヴィオレッタの手。俯いているために表情を伺うことはできないものの、間違いなくこれは泣きそうな顔をしているな、と推測した。思考の海に沈まないよう声をかける。
『とりあえずはさ、ヴィオちゃん現実的に目が覚めたばっかなんだし、体の調子を戻さないとね』
「そう…ですね…」
明日香の提案は、もっともだった。
目が覚めてから聞いた話。
ヴィオレッタはこの儀式を執り行うことを一人で決めて、色々と準備はして臨んだものの、明日香と意識が繋がった途端にぱったりと倒れたらしい。
倒れてしまうまでは一日も経過していなかったので、誰も気にすることはなかったらしいのだが、二日、三日と部屋から出てこない彼女をようやく心配し始めたそうだ。…というのを、長く仕えてくれているというヴィオレッタ付の侍女から聞いた。
その人だけは、ちゃんとヴィオレッタを心配していたようだが、他の人は機を逃してはならないと言わんばかりにヴィオレッタに擦り寄るようにして、気持ち悪い猫なで声で話しかけてきていた。
心配していました、王女様のお身体がとても心配です、などなど。薄っぺらい表面上の心配だな、と明日香はヴィオレッタの中で聞いていた。
何という都合の良さなんだろう、と他人が聞いて思うのだから当事者であるヴィオレッタの思いは間違いなくそれ以上だろう。
今まで、誰もヴィオレッタに見向きもしなかった。傍に居てくれているこの侍女は、きちんと世話をしてくれていた。…だが、よくよく考えればこの侍女もヴィオレッタを一日近く放置していたんだよな…と、明日香は苦い顔をする。
いけない、暗い気持ちが湧き上がってきてしまう。そう思い、普通の声音で明日香は話を切り出した。
『色々考えてみて出来そうかなー…とは思ってるんだけど』
「ど、どうしたんですか?」
あまりに普通に明日香が話し始めたので、ヴィオレッタは目を少しだけ丸くした。
『多分、私ヴィオちゃんの体を借りて話せそう』
「……へ?」
そして唐突に言われた内容にヴィオレッタは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。というのも、異世界モノあるあるだよね、と明日香は考えていたのだ。
テンプレ通りのことがもしできるのであれば、明日香がヴィオレッタの口を借りて話すこともできるのではないか。更に、明日香の力を、ヴィオレッタが無意識で使ったことで『もしやこれは…!』と思い至った。
『確証はないから試してみたいんだけど…でも、優先するのはヴィオちゃんの体調だからね!!』
「あ、はい」
ちゃんと、気遣ってくれる。
身内でもない、友人でもない、異世界に住んでいる優しい人。ヴィオレッタのあまりに身勝手な願いだったのに、それを叶えるために何ができるのか、と色々考えてくれる。
じわりと胸が温かくなるのを感じ、自然と表情が柔らかなものへとなっていく。
「…心配かけて、ごめんなさい」
『違うよ』
「え?」
『ありがとう、で良いんだよ』
ねっ?と続けた明日香の優しい声に、ヴィオレッタは自然と頷いていた。
「…はい。ありがとうございます、アスカさん」
声の調子が戻ってくれたことに安堵していたが、明日香がよいしょ、と声を出しつつ何となく手を伸ばした瞬間だった。
『お?』
にゅるりとヴィオレッタの体から明日香が出てきた。
「……え、ええぇぇぇぇぇ?!?!アスカさん早く戻って?!戻ってください!?」
『……あらー』
パニック寸前なものの、大きな声を上げていない、ちょっとだけ冷静なヴィオレッタを褒めたくなりつつ、反対に明日香はどこまでも冷静だった。
明日香の体がヴィオレッタの体がら半分ほどでているの…もとい、生えているような状態だが、傍から見れば結構なホラー映像である。
『あ、ちょっと待ってね。これ大丈夫なやつだ』
「……………へぁ…………?」
半泣きのヴィオレッタを励ますようにしながら、よっこいせ、と言いつつそのままにゅるりとヴィオレッタの体から明日香は出てきた。
「あ、ああああ、アスカ、さん!」
『おお、出れた。あ、やっぱ大丈夫だ。ほらほらヴィオちゃん見てコレ」
『…糸…?』
ヴィオレッタの右小指と明日香の右小指を繋いでいる、黄金の糸。
明日香は半透明でふわふわと浮いており、ヴィオレッタから離れても糸はしっかりと繋がっている。
「…本当だ…」
感心したように糸をじっとヴィオレッタは見つめていたが、先ほど明日香が話していた内容が気になっているようだ。
「あの、アスカさん。さっき仰っていたことって…」
『ん?』
「私の体を借りて、話せそう…と」
『ああ、それね!どうやるのかな…』
「さっきはできそうって!」
『な、なんとなく…』
えへへ、と笑いつつも『何となくできそう』と思うことが結構簡単にできているのは、ファンタジー世界ならでは、とでも言うべきか。
さすがにヴィオレッタの体から抜け出るというところまで、できるとは思っていなかったけれど、これもできることが判明したので結果オーライなのである。
『イメージとしては…そうだなぁ…意識を繋げるような感じで…』
言いながら明日香はヴィオレッタの中へと戻る。そして、どうやれば体の持ち主の口を使えるのか、イメージしてみた。
恐らくだが、意識を繋げて一体化させるという感じだろうか、と思いながら集中する。ヴィオレッタに溶け込むように、と。
「…う、わ…」
ほんの少しだけ苦しそうなヴィオレッタの声。
だが、それは僅かな間だけだった。すとん、と明日香の隣に誰か落ちてきたような気配がしてからすぐ、明日香の意識がぐん、と上に引っ張られるような感覚がした。
「『…でき、た?』」
明日香の声とヴィオレッタの声が二重に聞こえるような奇妙な感じではあるが、メインで今話しているのは紛れもなく明日香。
「(すごい、本当にできてる…)」
そしてヴィオレッタの声は明日香の内側、正しくはヴィオレッタの体の内側からではあるが、そこから聞こえるような感覚だった。
よし、できた!と明日香はガッツポーズをしかけたが、何となく、奇妙な違和感があったので鏡の方を見た。
違和感の正体。それは、鏡に映っているヴィオレッタの姿。
「『えええええ!?』」
大声で叫んでしまったのも無理はない。
綺麗なブロンドヘアーだったのに、毛先にいくにつれて黒のグラデーションが。そして目の色は髪の色と同じだったはずのブロンドだけではなく、右がブロンド、左が黒というオッドアイに変化しているではないか。
背中には何やら光の環をしょっているし、体の表面もふんわりとした黄金のオーラで覆われている。
「『何じゃこりゃ…』」
「(すごい、聖女っぽい雰囲気というか神秘的な姿ですね!)」
変化した己の姿を見たヴィオレッタは、どうやら外見がお気に召したらしい。何となく目を輝かせているのが雰囲気で分かる。
鏡を見ようとそちらへ歩いていると、どたばたとこちらに向かい駆けてくるような足音が聞こえてきた。
「(アスカさん…)」
「『ごめん、私のミス』」
二人揃ってまずい、と思っているとノックもなしに遠慮なく開かれた扉。
そこには弟のリカルドと彼の恐らく側近のような人物の姿。
「なんだ…?ちょっと…何なんだよこれ…」
リカルドは呆然とヴィオレッタを見つめている。
だが、彼はヴィオレッタが姉であるにもかかわらず名前呼びをしてきたとんでもない王子なのだ。これは好都合と言わんばかりに明日香はすっと表情を消した。
「『…まぁ、何と無礼な』」
なるべく冷たく聞こえるように、淡々と。
ごっこ遊びをしていた明日香は、まるで何かの登場人物のようになりきったかのように、ひたりとリカルドを見据えて続ける。
「『この国の王族は、礼儀がないのね』」
そして追加で蔑むように見る。
これまでヴィオレッタを馬鹿にし続けてきた弟リカルドは、まさか姉にそんな目を向けられると思っておらず、どこかショックを受けたような顔色になったのだった。