閑話 お仕事中の元・聖獣と親戚のお姉さま
『んぁー』
「ファイ?」
『…………うー』
村の人にお願いされたお守りに対して付与魔法をかけていたアリシエルは、いきなり奇妙な声を出したファイを見て、キョトンと目を丸くした。
見た目は可愛らしいハムスター。
だが、今は何やら悩んでいるのか何なのか、ぐねぐねと奇妙な踊りらしきものを踊っている……ように見える。
「……え、いやだちょっと、どうしたのよ」
『教えるの、忘れたぁ』
「何を?」
『完全体のなり方ぁ』
「あぁ……」
そういえば、と思い出したものの、アリシエルは困ったようにふと微笑みを浮かべてみせた。
「人によって違うから、大まかにはファイの伝えたもので間違いないんでしょう?」
『そう……だけどぉ……』
うぬー、とまた妙な声を上げつつファイはしょんぼりとしている(ように見える)。
指先でよしよしとファイの頭を撫でつつ、付与魔法を終えたお守りを傍らに置き、ラッピング用の包装材を持ってきたアリシエルは慣れた手つきでそれを包んでいった。
「そもそも、あの子たちの場合は……まぁ、何ていうか……」
『う?』
「イレギュラーすぎる、っていうか……」
『あー……』
そういえば、とファイもアリシエルも、ふと遠い目になってしまった。
そもそもここに来るまでに結界をばりんばりんと破壊しながらやって来る、ということ自体割と有り得ない。
「やってみたかったから、チャレンジしてみた。そしたら出来た、だなんて……」
『規格外……』
はぁ、と一人と一匹は同時に溜息をつき、ちょっとだけ遠い目をしてしまった。
あの子たち大丈夫だろうか、と心配にはなるものの、明日香がついていれば、ヴィオレッタのメンタルはかなりの落ち着きを見せる。
それだけ明日香に頼っている、ということでもあるが、絶対的な味方であり、悪いことをしたら叱ってくれる一番最初の人、というかけがえのない存在がいてくれるのが心強いのだろう。アリシエルが同じ立場なら、ヴィオレッタと同じことをきっと思うだろうから。
「あの子……無理してなきゃ良いけど……」
『どっち?』
「ヴィオレッタ」
『んあー……』
そうだねぇ、と間伸びをしたファイの声に、アリシエルは新しいお守りを手にして、また作業を続けていく。
「王家からの追っ手……いいえ、もし、あの子に婚約者がいて……その人をも拒絶してここに来ていたのであれば、その婚約者さんが追いかけてきていてもおかしくはないわよねぇ……」
『……んー……でもさぁ?』
「なぁに?」
『……女の子って、そういう奴嫌いでしょぉ?』
ズバリ核心をついたファイの言葉に、アリシエルはぴしり、と硬直して動きを止めた。実際その通りだし、彼女らの見ていないところでヴィオレッタは結構な大立ち回りを繰り広げた。
なお、それを報告したところでファイもアリシエルも『別に良いんじゃないかしら(良いと思う)』という言葉が返ってくるであろうことは容易に想像できるのだが、きっとヴィオレッタは二人(?)には報告しないだろう。
だって面倒だから。
それを報告するくらいなら、レスシュルタインと、明日香、キャロットとの楽しい思い出や頑張ったことを、目をキラキラさせながら話してくれることだろう。
「……怪我、してないと良いんだけど……」
『どうやって怪我すんのさぁ』
心配そうに呟いたアリシエルに対し、ファイは思わずジト目を向けている。
小動物のジト目なので、別に一切怖くはないのだが、アリシエルは年甲斐もなく唇を少しだけ尖らせて更に言葉を続けた。
「だってヴィオレッタは逞しくなったとはいえ、それはアスカさんが常に一緒にいるからでしょう!? 何かあって、戸惑うことだってきっとあるはずだし……!」
『アスカから聞いた感じだと、多分大丈夫ぅ』
「ちょっとファイ、あなた私の知らない会話してるわね!?」
『してるぅ』
きゃっきゃと楽しそうに言いながら、一旦作業の手を止めてファイを捕まえようとしているアリシエル。
この二人、仲良しなのでこれが日常ではあるが、今回は盛り上がっている話の内容が、今までにないものだから楽しくて仕方ないようだ。
『だってぇ、聖なる存在同士ぃ、色々会話することってあるんだもぉん』
「私やヴィオレッタも交ぜなさいよ!」
『まぁそれはぁ、そのうち……』
きっと、大丈夫だ。
と、二人……もとい、一人と一匹は顔を見合わせてどちらからともなく微笑み合った。
そうこうしていると、アリシエルの家の外から『森の魔女さまー!』と可愛らしい声が聞こえる。
「はいはーい、ちょっとお待ちくださいなー」
アリシエルは呼び声に応えるようにして立ち上がると、ぐっと力を込めて家のドアを開いた。
開いた先、小さな子が目をキラキラさせて立っていた。
「すっごーい! おばあちゃんから聞いた通りだ! 村長の家の裏と魔女さまのお家、繋がった!!」
「うふふ、他の人には絶対に内緒よ? うっかりばらしちゃうと……魔女様、住処を変えなきゃいけないんですからね?」
「はい!」
依頼を受けている村の人たちを、この家に呼ぶ際、何せ道順の説明がとても面倒だ。
アリシエルの家の場所は、通称・迷いの森の中。村人を迷わせて食い扶持を稼ぐ方法を失う訳にはいかないと思ったのだ。
明確に『ここですよー』という目印もないし説明がとんでもなく面倒なため、ファイと工夫してからある方法を思いついた。
村長の家の裏の扉を、アリシエルの名前を呼びつつ魔力を少しでも込めて開けば、この家に直通している、という魔法。
転移魔法の応用として編み出したものだが、アリシエルの精密な魔法操作と、ファイの手助けと、二か所を正確に繋ぐ目印としての魔石をこっそりセットしたからできた、ともいえるもの。
魔力を込める時、その魔石に自動的に魔力が流れ込み、アリシエルの家の魔石が反応して空間同士が繋がる……と、いう言い方をすれば簡単にも聞こえるが、相当緻密な計算のもと成り立っていることだ。
アリシエルのことを探すために王家の人がこの村に来たと仮定して、アリシエルの家まで繋がっているこの扉を利用しようとすれば、開いた瞬間にアリシエル側から魔法の繋がりを破棄することで、一切繋がらないようにできる。
王家と関わらないようにするために、アリシエルだって必死だった。
人を利用するだけ利用して、広告塔のような役割の道化として生きていくなんて、まっぴらごめんだったのだから。
「はい、ご注文いただいていたお薬」
「ありがとうございます! それと、これ……代金の他におばあちゃんが魔女様に差し入れ、って!」
女の子が差し出したのは、焼き菓子が入ったバスケット。
アリシエルの好みのクッキーやパウンドケーキなんかが、数種類詰まっている。
「まぁ……! キャシーさんに是非ともお礼をお伝えしてくれる? 足の調子が良くなったら是非とも、今度はキャシーさんが『扉』を開いてください、って」
「分かった! それじゃあありがとう、魔女様!」
ばいばーい! と女の子は手を振りつつ扉を閉める……と同時に、にぎやかだったところが静かになった。
『アリシエルぅ、そろそろ普通に買い出しも行かなきゃなのぉ』
「ああ、そうね。パン作りの材料なんかの買い足しをしなくちゃだわ。出来上がった薬や商品の受け渡しだけなら、これで事足りるけど、あくまで私が『ここ』にいることが作動の条件だものね。ファイも一緒に行く?」
『行く!』
ぴょいぴょいと机の上で飛び跳ねつつ、『お出かけやったー!』と喜んでいるファイを見れば、自然とアリシエルの表情が緩んだ。
ああそうだ、もうすぐ、ここにヴィオレッタが加わるんだ……と思えば、愛しいあの子のために、また目一杯の手作りご飯を用意しておこうと心に決めて。
「……そういえば、ヴィオレッタのことを軽々しく扱ったお馬鹿さんたちに届くように、ちょっと嫌がらせの類のお守りでも作って、大きな街で買い取りに出してみようかしら」
『…………アリシエル?』
「なぁに?」
『こわ』
「……なぁに?」
『何でもなぁい……』
この人に逆らわんとこ……とファイは心に決め、テーブルの上をぽてぽて歩いてから付与するための意思を『よっこいせ』と取り出してから次の付与作業の準備に取り掛かっていた。