二つ目はわりとあっさり修復できた
『さて、案内されるがままにここにやってきたわけですが……』
明日香は呟いて空を見上げる。
出発してから時間も経過していたため、森の中でキャンプを展開して休息をはさみつつの移動だった。さすがに結界の修復を一日で行うことは無理がある。
やろうと思えば一日でできなくもないが、魔力消費の効率を考えれば休息しつつヴィオレッタのこれからを考えれば、地図をきちんと読めるようになっていた方が良いかもしれないということ。
そして、諸々を考慮した結果、馬を使っていたとしても、物理的に移動しつつの作業が良いだろう、ということと『今後、採取なんかで森で休憩することがあるかもしれないので、あれこれできるようになっておいた方が良いかもしれません』というレスシュルタインのアドバイスが後押しになったこともあって、キャロットを使っての移動とキャンプをしながら、で最終決定したのだ。
『……ここであってるのかな。上があんま見れないんだけど』
「地図を見た感じ、あってるようなんですが……」
「上を見なくても、姫君の探査魔法で確認できますよ?」
『へ?』
「探索魔法?」
きょとんとした二人は顔を見合わせるが、レスシュルタインはいつものように微笑んだままで言葉を続ける。
「純血王家の持つスキルの一つ、とでも言いましょうか。ええと……少し失礼いたしますね」
「わ、っ」
レスシュルタインがヴィオレッタの額にすっと指を伸ばして触れ、少しだけ魔力を流し込めばヴィオレッタの目が見開かれた。
「わ、わわ……!」
『ヴィオちゃん、今どんな感じなの!?』
「な、何だか、目に力が集まってる感じ、といいますか」
『……あ、本当だ』
ひょっこりと明日香がヴィオレッタを覗き込めば、ヴィオレッタの目がオーラをまとったような不思議な雰囲気を宿している。
困惑しているようなヴィオレッタを慰めるようによしよしと明日香が頭を撫で、しゅるりと融合してから中からヴィオレッタへと話しかけた。
『ヴィオちゃん、ちょっと体借りて良い?』
「は、い」
『んじゃ失礼しまーっす』
この結界の修復が終われば必要がないであろうスキルだが、何か今後のヒントが得られないだろうかと考えつつ明日香は少しヴィオレッタの体を借りる。
借りた直後、目の前がぐわんと揺れる感覚になり、ああこれはきついかもしれないとすぐさま判断し、自分の中にある力を上手く回転させて、目に流れこんできているであろう魔力量を調整してやればヴィオレッタからほっと安堵の息が零れた。
「……少し、楽になりました」
『良かった。ちょっときつそうだったからねー、って……これをほいほいやっちゃったレスシュルタインさんがすごいっていうのもある』
「それほどでも」
『ヴィオちゃんに負担かかってるのであんま褒めてませんし、前置きください!!!!』
「……確かにそうでした、姫君、申し訳ございません……」
「ちょっとびっくりしました……」
明日香と入れ替わったことで、少しだけ楽になったらしいヴィオレッタは、苦笑を浮かべつつ明日香の行っている『目』の使い方を学ぼうと深呼吸をする。
「ええ、と……」
『あ、ヴィオちゃん大丈夫かな?』
「恐らく……。さっきよりはぐらぐらする感じなくなってきてます」
『良かった……! 結構一気に来た感じ?』
「はい」
だろうな、と思いつつヴィオレッタの体を借りた明日香は、ヴィオレッタの体のまま遠慮なくジト目をレスシュルタインへと向ける。
「聖女さま、姫君のお顔でそれは……」
『反省して』
「……はい」
きっと、耳がついていたらしょんぼりと悲し気に垂れ下がっているのだろうか、とヴィオレッタは思いつつ、それが明日香には筒抜けなので明日香はこっそり内心笑ってしまった。
とはいえ、今後何らかのスキルをいきなり発動させるのであれば、きちんと前もって知らせてくれるだろう。恐らく今回の件に関しては、レスシュルタインが心から良かれと思ってやってくれたことなのだから、あまり叱りすぎてもいけない。
『ええと……この目の力を保ったままで上を……あ!』
「見えます!」
ただ上を見上げれば森の木々が見えるだけ。
しかし、レスシュルタインのおかげで結界の位置は、木々が見えている状態で、まるで透かしのようにしてはっきりと確認できるのだ。
『便利……』
「今回は上空の結界の亀裂ですが、過去には上空ではなく地面に近い場所の亀裂もあった、と書物で読んだことがあります。そういった際にも、このスキルは便利に使うことができるとかなんとか」
「なるほど……」
結界の破損=上空、だとばかり思っていた明日香とヴィオレッタは、揃って納得をする。
確かに結界はこの国をまるっと覆いつくすように展開されているのだから、地面近くの破損だってあるだろう。
ぱらり、と地図を広げてみれば、要石の場所も様々なところに印がされていることから、想像はできた。
「昔は、この国の端まで行って修復していた方も?」
「そう聞いております。その場合は転移魔法で補佐させていただいていた、との記録も残っておりますよ」
『でも、そもそも修復は純血王家の人しかできないんだから……やるべきは私たちみたいな人だけ。国民は知らない、ってことでしょう?』
「……聖女さまの仰る通りです」
む、と明日香が少し不機嫌になっているのを、ヴィオレッタは敏感に察知した。
「アスカさん?」
『……いやね、やっぱりこう……理不尽だからさ』
「良いんですよ、レスシュルタイン様やアリシエル様、それにアスカさんも、分かってくれる人はきちんといるんですから」
『う~……』
だからとて、それでオールOK、ではないのでは。
やはり派手にお披露目してやらねばなるまいか、と明日香がこっそり考えていると、ヴィオレッタが明日香と交代してほしそうにしている気配を察知し、明日香はにこりと微笑んだ。
『あ、ヴィオちゃん替わる?』
「はい。今だけのスキル? かもしれませんが、使い方は知っておきたくて。それに何かに応用できるかもしれませんし」
『前向き、良きこと!』
うんうんと頷いて、明日香は希望通りにヴィオレッタと入れ替わった。
そうして、ヴィオレッタもゆっくり深呼吸をしてから目を閉じ、続けて開いて木々を透かして見るようにじっと空を見上げた。
「……場所は、もうすぐでしょうか」
『かもしんない。キャロットちゃん、ちょい止まっておくれ』
明日香がキャロットにお願いすれば、小さくいなないてキャロットは歩を止める。
ヴィオレッタが地図に視線を落として、今現在の位置を確認し、もう一度上を見上げてから今度は周囲に視線を向けた。
「……ええと、多分この辺りに……」
『ヴィオちゃんあれ!』
明日香の声に反応し、指さす方向を見れば、先ほどとは少しだけ異なる見た目の要石を発見できた。後は一つ目と同じ要領で修復しておけば問題ないか、とヴィオレッタはキャロットから降りて歩いて近付く。
やり方を思い出し、ゆっくりと己の力を引き出していけば、ヴィオレッタの体がふわりと光に包まれていく。
そうすれば、同じようにひび割れがどんどん修復できる様子を確認でき、あっという間にこれまで見えていたようなままの空が、広がったのだ。
「……でき、ました?」
『できてる! ヴィオちゃんお疲れ様だね!』
「姫君、少し休憩を」
「あ、はい」
ほ、と息を吐いて手招きされるがままにレスシュルタインのところへと明日香と共に向かう。
既にキャロットはくつろぐ体勢になっており、だが、ヴィオレッタが己にもたれかかりやすような姿勢でごろりと寝転んでくつろいでいるのだ。
『お前は本当にヴィオちゃん大好きな馬だねぇ……』
「ここまで懐いているのはある意味すごいとでも申しますか……」
「この子、最初から大体こうでしたね」
あはは、と笑うヴィオレッタは、ぽすりとキャロットにもたれかかるようにして地面に腰を下ろし、ゆっくりと視線を空へと向けた。
「(アレクシス様には、王家から婚約解消の申し出が書面でいっているにも関わらず、ここまで追いかけてきた。……あれだけ拒絶すれば、もう大丈夫なはずだし……。ううん、最後の亀裂の修復に集中しなければ!)」
軽く自分の頬をぱちん、と叩いたヴィオレッタは、心配そうな目でこちらを見ているレスシュルタインと明日香に、にこりと微笑みかけた。
アレクシスは、レスシュルタインの施した術の中で迷子になり続け、術が解ける瞬間を見計らって王都へと強制送還されたのだが、これはレスシュルタインだけが知っていることだ。
ヴィオレッタを邪魔するのであれば、容赦はしない。
心優しいこの少女を利用し、好意を搾取して好き勝手何かを押し付けるようなことなんて、絶対にさせない。そう思っているヴィオレッタの味方は間違いなくいる。
加えて、婚約者から『無能』と蔑まれた人々にとって、ヴィオレッタの現在行っていることそのものは、『救い』となり広がりつつあることも、彼女たちは知らないまま、である。