似たような人かもしれない
「私なら、ちょっとだけ寂しいって思うかも、しれません」
「おや」
「……あ、でも……」
「?」
「レスシュルタイン様を支えてくれる家族がいて、周りにも仲間と呼べる人がいるなら……寂しくは、ないのかな」
むむ、とヴィオレッタはキャロットに揺られながら考えている。
境遇が違う、ということをすぐに思い出して考えている彼女は、やはり頭の回転が速い。
魔法が使えなかったから、せめて学校の勉強は良い点数を取ろうと努力してきたことの成果が、勉強に限らずこうして見えてきているのだろう。
そして、更には自分が除け者にされ続けたからこそ、人に対して優しく接することができている。やろうと意識しても簡単にできることではない。
『ヴィオちゃんは思いやりに満ち溢れているねぇ……良きこと良きこと』
「へ?」
『そこまで相手のことを思いやれる人、そうそう居ないよ。だから、誇っていい』
「そう、でしょうか?」
『そうだよー。ねぇ、レスシュルタインさん。……あれ?』
同意を求めるように明日香がレスシュルタインを見たところ、何やら考え込んでいる。
『お、おーい、レスシュルタインさーん?』
「……あ、あぁ、失礼いたしました。うっかり……」
「わ、私、何かおかしなことを!?」
あわあわしているヴィオレッタを宥めるように、キャロットが『ブルル』と首を振った。
それを見て落とされることは無いだろうけれども、落ちないように、とヴィオレッタは慌てて姿勢を元に戻す。背中に乗っているヴィオレッタが落ち着いたことを悟ってくれたらしいキャロットは、どこかご満悦そうにしてそれまで通り歩いてくれている。
「姫君は何も悪くありませんよ。……そうですねぇ、寂しいとか、思ったことがなくて……少し戸惑ってしまった、とでも言いましょうか……」
「戸惑う……?」
「はい。常に秘匿された存在として、ひっそりと生きているものですから……」
『ん?』
あれ、と明日香は思う。
ではどうして、ヴィオレッタのところにずいずいと出てきてくれたのだろうか。導くために、という理由はある。だが、それが何というか『表の理由』にしか思えなかったのだ。
『……あのー』
「はい、聖女さま」
『ふと思っただけなので、……ええと』
どうやって伝えたら分かりやすく、誤解のないように伝わるのだろうか。
明日香はふよふよと浮いて移動もしつつ、しかも目を閉じて考えもしている、という器用なことをしているものだから、レスシュルタインもヴィオレッタも、なんか凄いなこの人、とガン見しているが、明日香は気付かない。
少しして考えがまとまったのか、明日香はレスシュルタインを見て、口を開いた。
『導く、っていう役割の他に、やりたいと無意識に思える何かがあったから、来てくれた、とかいう可能性ってあります?』
「アスカさん!?」
何つーことをいきなり聞いているんだ!とあわあわしているヴィオレッタだったが、少しだけ考えたレスシュルタインが、それはそれは綺麗な笑顔を浮かべた後に、こくりと頷いたのを見て、びしりと硬直する。
……そして。
「そうですね、何と言いますか……我らはこの人ならば、と虫の知らせとも言える何かに引き寄せられるように己の役割を果たしに行くようなところもございまして」
『(体内センサーでもあるのかな)』
「(アスカさん、しっ)」
「ですが、お会いできて良かった、と心から思えるとは想像もしておりませんでした。とても、姫君は慈愛に満ち溢れ、『人を大切にする』という当たり前だけれども、難しいことを難なくしておられるのだから」
べた褒め、である。
された側、だからこそ分かる痛みがある。
人に寄り添おうと、やられて嫌なことはしてはならない。必要以上に空気を読んでしまうことだってあるだろう。
だが、それら全てひっくるめてこの『ヴィオレッタ』という少女を形作っているのだ。
身内を切り捨てて、己の新しい道を歩んでいく、と決めた心の強さがあったことを、切り捨てられた側は気付こうともしていない。いいや、国王だけはどうにか察してくれているのかもしれないが。
「それに」
『ん?』
「頑張ろうと、必死に歯を食いしばって今までの状況から脱出して、前を向いて歩いている人を応援しない人がいるだなんて、あってはならない」
静かに、強い意志のこもった言葉に、ヴィオレッタの胸がじわりと温かくなる。
かつての婚約者も、弟も、理解してくれなかったなぁ……と、ヴィオレッタはぼんやり考え、目の前で微笑んでいるレスシュルタインから発せられる言葉を、自然と嬉しそうに微笑んで聞いていた。
「傲慢であれば、さっさと案内して……いいえ、転移魔法でささっとお連れして、修復をさせればいいや、と思っておりましたが」
『(転移魔法……は使われてみたいけど、多分この人のこの感じから察するにあかんやつだな)』
「不思議ですね、姫君であればゆったりと歩いて向かいたいと、そう思えてしまいまして」
「レスシュルタイン様……」
「何気ない会話も、全てひっくるめて楽しいな、と感じております」
会って一日も経過していないというのに、何ともまぁ素晴らしい意見の数々!と明日香はこっそり心のうちで盛大なる拍手を送る。
かつてのヴィオレッタの婚約者も、こういうところ見習えば良いのになぁ、と思いつつ、ふと空を見上げる。
『(中央の亀裂、こうやって見ると……)』
「アスカさん?」
『呑み込まれそうに、なるね』
「え……」
ほわほわした空気を壊してしまったかもしれない、と明日香は思ったが、結界の亀裂を見上げているうちに自然とそう思えてしまった。
何となく、結界とはこの国全体を満遍なく覆っていて、仮に破壊されたとしてもその先には変わらない青空があるものだとばかり思っていた。
『……なんだろう、あの、変な感じ』
「……中央付近は、ある種の『要』故にそう見えてしまうのでしょう」
『どういうことです?』
「イメージとして、光が空にのぼり、最高点からその光が国を覆い尽くすように降り注いでいる、といえば伝わりやすいですか?」
「……噴水、みたいな……?」
「概ね、そのような認識でよろしいかと」
『ドーム的な形、ってことかな』
どーむ?とレスシュルタインとヴィオレッタが聞きなれなかったらしい単語に首を傾げているが、明日香が身振り手振りを付け加えてあれこれ説明してみると、すんなり分かってくれた。
恐らく、イメージさせるために『ボールを半分に切ったような形』と伝えたのが決め手になったらしい。
「不思議なもの、なんですね……」
「不思議?」
明日香の説明が終わった後、ヴィオレッタは同じように空を見上げぽつりと呟く。
それに反応したレスシュルタインは、はて、と首を傾げている。
「……一番最初にこの仕組みを作った人もそうなんですけど……もう少し色々と文献を残すとかして、何がどうなったら、こうしてほしい……という仕組み作りをするなりして、分かりやすくしておいてくれれば、私みたいな人も少なかったんじゃないかな、って」
「……」
そうしたかったのかもしれない。
だが、それをやるだけの心の余裕がなかったのかもしれない。
あるいは、明日香のように最初から協力的ではなかった、のかもしれない。
たらればを積み重ねたところで、何がどうなるものでもない。
だが、ふとレスシュルタインの心に、ふわりと生まれる何かがあり、彼はぎゅうっと、自身の胸元の衣服を握りしめた。
「(あぁ、そうか)」
どことなく、ヴィオレッタに抱いていた、感情。
「(この姫君は、わたしと、とても似ているのだ)」
話しながら少しだけションボリと肩を落としているヴィオレッタは、明日香によって慰められているから、今レスシュルタインが物思いにふけったところで少しの間は大丈夫だろう。
「(たまたま、境遇が違っただけで……わたしと姫君は、同じなのかも、しれない)」
そう思ったレスシュルタインは、少しだけ己を落ち着けるために深呼吸をする。
そして、また人あたりの良さげな笑顔を浮かべ、改めてヴィオレッタたちへと向き直ったのだった。