二つ目の修復に向けて
「王妃……もう一度問う。いくら問われようとも我が答えは変わらんが……、ヴィオレッタに関して、一体何を、どうせよと言うのだ?」
「ですから陛下、此度の修復作業が完了次第ヴィオレッタを呼び戻して……」
「それで、どうする?」
「~~っ、そのヴィオレッタが王家の一員なのだときちんと民に説明をしなくてはなりません! あの子なしに国の平和は訪れないのだ、と民に知らしめるのです!」
力いっぱい言葉を紡ぐ王妃に対して、国王はどこまでも淡々と、静かに対応している。それが面白くないのか、或いはヴィオレッタを呼び戻せないのか、と王妃は更に国王に詰め寄る。
だがしかし、国王はそんなこと構っていられないと言わんばかりに、デスクの引き出しを開けたところに見えた書類に目を落とし、取り出す。
続いて、はぁ、と大袈裟なほどに大きな溜息を吐いて、国王は先程取りだした一枚の書類を、ひらりと王妃に投げつけた。
うまいこと受け取れずおろおろとしながら、王妃はその書類を受け取ろうともがくような仕草で手を伸ばし、はし、と取って一体何を投げられたのか確認して、真っ青になってしまう。
「これ、って」
「ヴィオレッタの望みだ」
誰が、何を、望んだというのか。
かたかたと手が震え始め、目の前がぐにゃりと歪んで、眩暈すら感じてしまうものの必死に耐えている。これが本当だとすれば、民に知られたら『実は有能な王女を身ひとつでたたき出した』と非難を浴びるのは目に見えているから、知られるわけにはいかない。
どうせヴィオレッタのことだ、自分の宣言したことを忘れて、『ただいま戻りました!』と笑顔全開で帰ってくるに決まっている。
「(そ、そうよ。どうせ……どうせ、帰ってくる。あの子の戻ってくる先は、ここしか、ないんだから)」
震える手で必死に自分の体を抱き締めるようにして、王妃は倒れないようにすることで必死だ。
「どうやっても無理だ。ヴィオレッタはわたしに『廃嫡してくれ』と願った。ヘルクヴィスト公爵子息との婚約関係を解消したのも、ヴィオレッタ自身の希望だ」
「は……?」
まさか、それを本当に実行したというのか、この目の前にいる己の夫は。
娘に望まれたとはいえ、この王家にとってとんでもない有用性のある娘を、何故追放など……というところまで考え、はっと我に返る。
ヴィオレッタが、家族を見限っている。
本当に、家族も何もかも、国そのものを諦めたのだ。
「あ、ああ……っ!」
へたり込んでも、何も変わらない。
最初にヴィオレッタの手を離し、容赦なく突き放したのは他でもない『家族』だった人たち。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『あれ、レスシュルタインさんどこ見てんの?』
「ああ失礼いたしました、聖女さま。少し思うところがございましたので、空を観察しておりまして」
『空?』
何かあったかな、とレスシュルタインと同じように空を見上げる明日香だが、結界のひび割れが少しなくなった空しか見えない。
そして、レスシュルタインが見ていたのは空というよりは、ヴィオレッタが元居た国の方向だったような……と考えるが、別にいいか、と視線をヴィオレッタに戻した。
「アスカさん、次の修復ってどこにしますか?」
『そうだねぇ……レスシュルタインさーん』
はいはい、と明日香は授業で手を挙げるかのごとくレスシュルタインを呼んだ。
「はい聖女さま」
『どこ修復した方が良いかな? 割れ目の大きいところ?』
「……そうですね、個人的には小さいところを先に修復して、その後で大きな亀裂の修復に取りかかるのが宜しいかと」
『理由は?』
「先も申し上げた通りですが……あえて、言うなら」
レスシュルタインに問いかけた明日香はじっと彼を見て、ヴィオレッタも同じようにじっと見つめる。
「……見せつけてやろう、というところでしょうか」
「見せつける」
『ですか?』
誰に、何を、と聞こうとしてヴィオレッタはふと押し黙る。
別にあんな人たちに何かを言う必要なんてないのでは、と考えていたが、明日香が思いがけず賛成と言わんばかりに微笑んでいる。
ああ、もしかして明日香も同じ気持ちなのか、と思ったヴィオレッタだったが、明日香がにんまりと笑ったことで『あれ?』と感じた。
『その気持ちは分かりますよ! だってヴィオちゃん頑張ってるし! でも、どっちかといえば』
ふわりとヴィオレッタの背後に飛んでいき、両肩に手を置いて明日香は笑ったまま楽しそうに言葉を続けた。
『見せつけるっていうよりも、幸せに微笑んでさようなら、っていうだけで良いと思いますけど。相手を貶めるよりも、こっちの幸せを見せる方が相手は凹む、っていうの聞いたことありますし?』
「アスカさん、それって……」
『私の世界で言われてたことなんだよね~。復讐を完遂するよりも、相手に対して幸せな姿を見せる方が効果的になる、って』
「そういうものなんでしょうか……?」
『だってアレクシスくん? だっけ。彼に対してはほら、ヴィオちゃんが笑ってるとこ見せた方が結構効いてる感あるし』
そうだっけ、と考えるヴィオレッタ。
アレクシスへの気持ちなんかこれっぽっちもないし、仮に結界の修復後に復縁を申し入れられたりしても、受ける気はない。
王家の皆さま方から『帰っておいで』と言われたとしても、全力スルーの予定だ。
「ああ、なるほど。幸福を見せつける……ふむふむ。聖女さまと幸せに微笑んでいる様子を見せ、爽やかにさようならを告げれば良い、そういうわけですね!」
何やらキラキラとしているレスシュルタインと、ほうほうと感心しているヴィオレッタ。
既に結構な毒をまき散らしてきたのだが、加えて幸せな姿を見せつつ最後のお別れをすれば完結する。そうすれば、何もかも終わり。
「なるほどなるほど……。いやはや、勉強になりました聖女さま。どうにか無理を言って聖女さまと姫君をお出迎えにあがって正解でした」
『そういえば、レスシュルタインさんってどういう立場の人?』
「王家に伝わる文書にも、レスシュルタイン様のことはどこにも……」
読んだ本の内容を思い出しつつヴィオレッタは、少し黙る。
レスシュルタインのような人がいる、だなんて記述はどこにもなかった。
「我らの存在は秘匿されておりましたので」
「そうなんですか?」
「我らの一族……そうですね、『導きの民』と呼ばれる存在は、普段はひっそりと暮らしております故」
『(いよいよゲームっぽい)』
RPGなんかで出てくる人かな、と明日香はどことなく遠い目になってしまう。
幸せになった姿を見せることも、ヴィオレッタが結界の修復をしたことをどや顔でお披露目するということも、ほぼ同義だが思考を変えれば前者の方が何となく心象が良いような気がする。
……というだけだったのだが、恐らく聖女としての何かが良い感じに働いている、ぽい。
それはそれで便利だし良いけれども、明日香的には説明することが一苦労。
「まぁ……結界の修復が終われば一度顔を見せようと思ってはいましたが……王宮まで凱旋とかするつもりはないですし……」
『んじゃ王宮まで飛んで行って、バルコニーとかから……えーっと、ほら、音声を国民に向かって飛ばす、っていうのはどうかな?』
「風魔法とか、ですか?」
『そんな感じ』
「お手伝いいたしますよ」
にこ、とレスシュルタインは微笑みかけてくれている。
恐らく結界の修復が終わった際、明日香が既に元の世界に戻っている可能性を考えて、ということだろう。勿論その方が良いに決まっている。
『お願いします。ヴィオちゃん、それで良い?』
「はい。……今から考えるとちょっと寂しいですけど……万が一、っていうこともありますもんね!」
「承りました。では、行きましょうか……っと」
レスシュルタインはあちらです、と案内しながら手先を何やら動かしている。
そういえば、先ほどアレクシスたちが追いかけてこれないように、空間に細工をしていたな、と明日香もヴィオレッタも思い出して双方顔を見合わせてしまった。
「アスカさん、次もよろしくお願いしますね」
『はいはい、りょーかい! ところでヴィオちゃん』
「?」
『キャロットがのど渇いた、って顔してる』
「あ、ごめんね」
馬なのに何となく表情豊かなキャロットに水を飲ませ、ちょっとだけ休憩をしてからまた乗って揺られていく。
その間にレスシュルタインが、自身の役割について語っていた。
己が秘匿された一族なのだ、ということ。
彼らの役割は、純血王家となる人が誕生した=結界の修復が必要なのだから、目的の場所まで導くという役割があるということ。
普段は細々と過ごしているが、その場所も基本的には外部に教えるわけにはいかない、ということ。
ずっと、続いていた役割に対して疑問を持つことなどない。
レスシュルタイン自身も『そういうものだ』と認識して、過ごしてきた、とのことだ。
『へー……』
「何か、すごいですね。でも……」
ヴィオレッタが何気なく発した一言に、レスシュルタインも明日香も、目を丸くした。
「寂しくは、なかったんですか?」
『ヴィオちゃん……』
「はて……」
寂しい、とは……と呟いているレスシュルタインは、キャロットと並んで歩きながら、とても不思議そうにしている。
「考えたこと、なかったですね」
それが当たり前だったから、と続けたレスシュルタインの言葉に、ヴィオレッタは彼をじっと見ていた。
何となく、自分と似ているような、……そういう不思議な共感を抱いて。




