言葉の刃で、ずたずたに(後)
「アレクシス様……」
アレクシスを気遣うような従者の声に、取り残されていたままのアレクシスと、彼についてきていたもう一人の従者が反応した。
「ヴィオレッタ、は」
「もう出発しておりますが……」
「何で、俺を拒絶、なんか……」
当たり前だろう、と従者たちは言いたかったが、それを本当に言っても良いのか、と困惑している。しかし、主の間違いを正すことも仕事の内だ。
「……アレクシス様、やはり間違っていたのはこちらです」
「何だと?」
従者の反論に、アレクシスは怒りを覚えてぎろりと従者を睨みつけるが、従者からはため息が返ってくる。それを聞いたアレクシスは顔を真っ赤にするものの、先ほどヴィオレッタから放たれた言葉を思い出してすぐに意気消沈した。感情が忙しいな、と思う従者だが同時にこうも思った。
公爵子息たるもの、こんなにも感情を露わにして、何もかもを他人のせいにして自分が悪くないと声高らかに主張しているだなんて、他で見せられるわけなんかない。従者たちが仕えているのはアレクシス個人ではなく、ヘルクヴィスト家。
だから、ヘルクヴィスト家に戻れば現当主である公爵に包み隠さずこのことを報告しなければならない。
「確かに、ヴィオレッタ様は『役立たず王女』と呼ばれ、迫害されておりました。ですが、だからとてヴィオレッタ様は王家の人間であり、第一王女。軽んじていいわけがなかった、そうではありませんか!」
「お前たちだって軽んじていただろうが!」
「はい。何せ主自ら軽んじておりましたし、我らの元に入ってきた情報はあくまで『役立たず』のみ。純血王家という存在たることを知っていれば……いいえ、今更の話ですね。後悔したところで、やり直したいと願ったとて、叶うわけがないのです」
「ぐ、っ」
ああ、何て見苦しいのだろうか、と従者はため息を零す。ため息しか出てこない、という表現の方が正しいのかもしれない。
そもそも、明日香が言っていた『振る』とは……と思い出した従者たちはそっと小声で話す。
「……振る、って何なんだろうな」
「もしかして……」
「(俺が、守ろうと思っていた、のに)」
――人の嫌がることを言う人なんて、誰が好きになると思うんですかね?
ヴィオレッタの言葉が、アレクシスの頭の中をぐるぐると回る。
確かに傷つけたかもしれないが、自分の役割を分かっていなかったのはどちらなんだ。お前が役に立つということをもっと早く見せてくれていれば、こんなことにはなっていないんだぞ、と。
そうやって、いつものように考えていたところでようやくアレクシスは『あれ』と違和感を覚える。
そして、視線を空へと向け、大きな亀裂が入った国を守っている結界を見上げた。
「(あれが、いつ壊れるかなんて……分かるわけない)」
どく、と鼓動が大きく聞こえた。
「(いつか、壊れるのだから修理しろ、という宿命を、……ヴィオレッタは勝手に背負わされた……)」
何も知らず、調べようともしなかった。
ヴィオレッタが『純血王家』だと判明したのだから、彼女の役割をもっと早く調べて、確認して、彼女のことをきちんと扱っていれば……と、思って、アレクシスを急激な吐き気が襲った。
「……う……」
ヴィオレッタの状況を、迫害されるあの地獄を作り出したのは。
「(俺たち、だ)」
遅効性の毒のように、じわじわとアレクシスの心を蝕んでいくこれまでヴィオレッタにやらかしてきていた様々なことが巡ってくるが、どうやったって取り消せるものではない。
「……ごめ、ん」
ようやく出てきた謝罪の言葉も、ヴィオレッタに届くわけなんか、ない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……」
『…………』
大丈夫だろうかと、明日香は心配そうにヴィオレッタを見つめる。
時折大きなため息を吐いたり、がっくりと項垂れたり、感情の整理に忙しいらしい。
「……アスカさん、さっき、ありがとうございます」
『ん?』
「褒めて、くれて」
『どれ?』
「……へ!?」
恐らく、ヴィオレッタは明日香に運動神経が良い、と言われたことを指しているのだろうと思うのだが、明日香は口からぺろっと出てきた言葉だった、というだけなのだ。
褒める、というよりは感心していた、の方が表現としては正しいかもしれない。
きょとんとしている明日香と、驚いているヴィオレッタ。
割と対極的な反応をしている二人だったが、どちらからともなく顔を見合わせて、ぷっ、とふき出してしまった。
「だってアスカさんが褒めてくれた、って思ったんですもん!」
『えええええ!! いやでも……ああそっか、あれって褒めたってことになるのか!! でもね、あの、口からぽろっと出てきちゃったわけでして!』
「何で敬語なんですかー!」
『えー、つい?』
あはは、と笑うヴィオレッタに、明日香は少しだけホッとした。
さっきの鬱々とした表情を何とかしてあげたい、と思って、ああでもない、こうでもない、と明日香は考えていたから、笑顔が見れただけで嬉しかった。
「あー……面白かった……。でも、アスカさんは……」
『…………ああ、私は……動けなかったから』
「……え」
『ちょっとだけ、話したでしょ? 私、病院にいた、って』
「…………っ」
そうだ、とヴィオレッタはハッとした。
自分がずっと呼ぼうとしていたから、明日香は体調が思わしくなかったのだ、と。明日香の、元の世界での体調不良が自分のせいだ、ということをどうして今この瞬間まで忘れていたのだろう。
「わ、私……」
『はいストーップ! ヴィオちゃんは悪くない!』
「で、でも」
『貴重な体験できてるんだから、いっかな、って思った』
へら、と笑った明日香に安堵するやら、また泣きそうになってしまうやら。ヴィオレッタの感情はとても忙しいことになるが、ヴィオレッタだって明日香のことがとても大切なのだ。
そんなに簡単に笑って流して良いものではない。
『こうやって飛んだり、魔法を使ったり、ファンタジーな経験なんかできっこない世界にいたんだから、結果オーライ!』
「それ、は」
『それにね』
ふわ、と明日香はキャロットに揺られるヴィオレッタと視線を合わせるように高めに飛んで、やってきた。
『ヴィオちゃんの支えになれたんだから』
「アスカさん……」
『困ってる人に会えて、今、力になれてるんだから良いの! 私が良い、って決めたんだから、いいの!』
力いっぱい断言され、ヴィオレッタは別の意味で泣きそうになる。
ああどうか、この人を自分も守れていますように。いつもいつも力をくれて、優しく笑いかけてくれるこの人が、何事もなく元の世界に戻れますように。
――我儘を言うなら、元の世界に戻った時にも、この世界でのことを……覚えていてくれますように。
「なら……私だってアスカさんを元の世界に戻せるように、頑張ります! 私のことを悪く言ったり、執着して来る人を捨てて、私は、私らしく生きれるように、前向きに!」
まるで、選手宣誓のように叫んだヴィオレッタは、言い終わってにっこりと笑った。
言葉で傷つけられることもあれば、救われることだってある。明日香には、いっぱい救ってもらったのだから、もう、アレクシスをはじめ王家の人間が絡んできたとて、何も気にしない。
「私は……私なんです」
『そうそう、その意気だー!』
えいえいおー! と叫んだ明日香に触発されるように、キャロットも少しだけ速度を上げる。
さぁ、一つ目の修復を済ませてしまおう。
目的の要石は、三つもあるのだから。