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【コミカライズ決定+準備中!】二人で一人、開始します!  作者: みなと
第一章【逃げよう。だって君は悪くない】
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まずは娘を心配しろ

 聖女召喚に成功した。

 端的にそれだけ言って、ヴィオレッタは身体をゆっくり起こそうとする。だが、うまく力が入らずふらつきかけるが、そこに明日香が駆けつけた。


 と、にゅるりとヴィオレッタの体に吸い込まれてしまったのだ。


『えええええ!!!!』

『あ、いらっしゃいませアスカさん!』

『めっちゃ冷静ね、ヴィオちゃん。あとお邪魔します?』

『はい!』


 どうやら吸い込まれたのはヴィオレッタの精神世界…のようなところ、らしい。

 所謂、ニコイチの状態で過ごしていくならば、明日香が落ち着ける場所は必要だ。そして、今の明日香の状態を考えればそれはヴィオレッタの中というわけで。


『…私らの会話って他に聞こえてる?』

『聞こえてないです。今は私が体を起こして、ちょっとぼんやりしているかなー、くらいかと』

『もっかい言うけど、めっちゃ冷静だね』

『うーん…というか、ですね。あの人たちが私の部屋にいることが違和感でしかなくて』

『…あぁ…』


 どうせ、今まで異物だとか出損ないとか呼んで、ヴィオレッタの部屋には近づかなかったのだろうと予想できた。

 そして、ヴィオレッタが逃げ出すために密やかに行ったであろう『聖女召喚』。恐らく、普段は朝食の席なんかには顔を出していたとかそういうことだったのかもしれない。でも、それが無かったために誰かが駆け付けた結果、倒れているヴィオレッタをようやく発見した、というところだろうか。

 こんな予想、当たってほしくないものだ。

 明日香は苦い顔をしながら少し黙っておこうと口を噤む。体の持ち主はヴィオレッタ。ならば起き上がってからいつまでも呆然とさせておくわけにはいかないから。


「…お、おい、ヴィオレッタ」


 タイミングよく、恐らく弟であろう人物が声をかけてきた。

 ぼんやりとしていたヴィオレッタの意識は、ふっとクリアなものになる。


「…何でしょうか、()()殿()()

「お、お前が!倒れたって聞いたからわざわざ来てやったのに何なんだよ!」

「…捨て置けばよろしいのに」


 冷たい、声。

 恐らく、明日香と話して決心してしまっているからだろうか。ヴィオレッタは家族のことを決して名前で呼ぼうとしなかった。

 突き放されたことに、ヴィオレッタの弟である第一王子・リカルドは顔を真っ青にしている。


『ヴィオちゃんヴィオちゃん』

『わぁ!?』

『ちょっと工夫したらうまいこと意識保ったままで精神的な、なんて言うんだこれ、テレパシー的な、念話出来たからさ』

『…アスカさん適応能力、とんでもなくお高いです…』

『あざっす』


 オタクを舐めてもらっては困る。こういったファンタジー世界にやって来て、一体どこまで何ができるのかと一先ず明日香は色々試したようだ。

 取り急ぎ、整えなければいけないのはヴィオレッタとの会話の手段。『通じろー、通じろー』と念じてみたら、ラジオの周波数がぴたりと合う感じで話せた。


『今真っ青な顔してるのが弟くん?』

『はい。リカルド=ディルフィア。実の弟です』

『んで、遠ざけたい、というか逃げたい人の一人』

『…はい』


 はくはくと口を開けたり閉じたり。何やら忙しい人だ、と思うが明日香は正直どうでも良い。

 それに、わざわざ来てやった、という言い方がとても引っかかる。

 嫌なら捨て置けばいいのにな、と思うのだ。こういった特殊な家庭ならば猶更ではないのだろうか。王族なら、優秀な血を残せばいい。離れようとしている、彼ら曰くの『出来損ない』に何をしに来たのだろう。

 明日香は、はじめからヴィオレッタの味方であろうと決めている。もしも関係修復が可能であれば、もちろん手伝おうと思っていたが、どうやらそうではなさそうだ。


「ひ、人の厚意を!」

「…はて…。『役立たずなんか姉ではない』、そう仰っていたではありませんか、()()殿()()

『うぅわ最低』


 先に突き放しにかかったのであれば、ほっとけよと心の中で思うがヴィオレッタには筒抜けだった。


『アスカさんがそう言ってくれるから、思ってくれているのが分かるから、が、頑張って強気に出てみました…!』


 思ったより行動に移すの早いな、そう思ったが手が微かに震えている。

 きっと…これは彼女の初めての反抗なのだろう。

 周りの家族らしき人達がいなければ、一度中から出て思いっきり抱きしめてあげたいのに…!とぎりぎりしている様子も無論、ヴィオレッタには筒抜けだった。


 だが、これまで反抗してこなかった人が反抗すると、どうにも人はかちんときてしまうらしい。

 リカルドはばっと手を伸ばし、ヴィオレッタのベッドサイドに置かれていたサイドテーブルのコップを鷲掴んだ。


「調子乗ってんなよ、役立たず王女のくせに!」


 その役立たずに、役に立てと言ったのは誰だよと。

 明日香の中でもヴィオレッタの中でも、何かがぶちりと切れた。

 リカルドはコップの水を躊躇することなく、ヴィオレッタへとかけた…はずだった。


「…え?」


 これまでなら、普通に魔力を扱うこともできず、ただ、されるがままで。されたことに対してメソメソ泣いていた、姉。


 かけられたはずの水は、ふわふわと球体の形を取り、宙に浮かんでいる。ヴィオレッタが指を動かすと、水差しの中へと戻っていく。

 リカルドの手の中にあるグラスに戻してしまったところで、どうせ零れるだけだから。


「え…え、えぇ?」


 周りのメイドや、果ては国王夫妻も相当驚いている。


『…ヴィオちゃん、仮説その一というか、可能性』

『はい、アスカさん』

『私が来たことで、ヴィオちゃんに協力することで、そして体を共有することで、本来の力が使えるようになった可能性』

『高いです』


 良く分からないけれど、『純血王家』の使う魔力は普通とは異なっている。

 きちんとした形でそれを発動するならば、聖女召喚などを行うことで己の価値を正しく見せつけていく必要があるのかもしれない。

 稀にしか生まれないから、価値の見出し方は伝わっていない可能性があるから、書物を読み解いていく必要が間違いなくあるけれど。


「倒れる前まで、何も、できなかった、のに…?嘘だろ…?」


 呆然と呟くリカルドだが、ぱぁん!と大きく打ち鳴らされた手の音で、全員がはっとする。


「素晴らしい!さすが我らの娘だ!」

「……」


 にこやかにリカルドを押し退けて前に出てきた男性は、きっと国王だ。


『わぁ、めっちゃイケメン』

『アスカさん、いけめん、って何ですか』

『かっこいい、っていう意味』

『……へぇ』


 表には出ていないだろうが、ヴィオレッタの表情がくるくる動くのがとても可愛い。

 しかし今のこの、苦虫を嚙み潰したような、これは良くない。美少女が台無しである。


『お父さんイケメンじゃん?』

『顔と政治的手腕だけはありますね』

『ごめんごめん、ついうっかり』


 父親、としては恐らくヴィオレッタの中では限りなくゼロに近い、それどころかマイナスなんだろうなと明日香は思う。


「ヴィオレッタ、父は信じていたぞ!」

「ええ、何と素晴らしい…!無詠唱で先ほどの術も使えていましたね!わたくしもとても鼻が高いわ!」


 父親に続いて話し始めたのは、きっと母親。

 本当に、何て白々しい演技をするのだろうと思うと反吐が出そうになってしまう。


「ヴィオレッタ、聖女召喚に成功したから貴女の中にある魔力も驚くほど増えております。本当に良かったわ…!」


 感激のあまり涙を零しながら説明口調で言っているが、正直何も綺麗に分かってないだろう、と言ってやりたいがぐっとこらえて、はいたのだが、ヴィオレッタには見事に筒抜けなのを明日香は失念していた。


『何言ってんのこのひと。頭大丈夫?仕組み理解してる?私はまだしてないんだけど』


 見事に言い返したい内容を言ってくれてありがとうございます!とヴィオレッタは現実でも口に出しそうになったが、そこは何とか鋼の意思で堪え切った。

 そして、ゆっくりと母親に対して視線を向ける。


「あれほど役立たず、と申しておりましたのに…ここまで褒められるだなんて予想もしておりませんでした、()()殿()()


 ひくり、と王妃の頬が引きつった。

 それはそうだろう。使用人達の前で『お母様』と呼ばれずに『王妃殿下』と呼ばれている。もしかして…と明日香は一つ、推測してヴィオレッタに話しかけた。


『ヴィオちゃん、これまでの呼び方は?』

『お母様、でした』

『今のは』

『わざとですわ』


 でも、やはり手は震えている。

 怖かったと、思う。これまで頑張って、役立たずと言われようとも笑っていた子が、明日香がいることで、とてつもない勇気を振り絞れたのだ。


 そして、使用人達も目に見えて戸惑っている。

 王妃や国王は、娘の反抗が信じられないというような不思議な顔をしているが、ヴィオレッタが続けたことにより、「あ」という表情になった。


「陛下や王妃殿下は、一言も体調に関しての心配はしてくれないんですね」


 しまった、という顔になっても、もう遅い。


「…出て行ってくれませんか。一人にしてください」


 静かに、有無を言わさない口調で、そう告げる。

 そう言われてしまっては何も言い返せず、全員出て行った。見事に全員がヴィオレッタを名残惜しそうに見ながら、というオプション付きで。


「…バカみたい…」


 きっと、心の中ではほんの少し、期待していたのかもしれない。

 よくやった、と言われる前に『大丈夫?』と、ただ一言でも良いから、心配してくれていたのではないだろうかと。

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