本人、無自覚につき
『完全体、ねぇ』
『そう、完全体』
これまで明日香とヴィオレッタが合わさったようなあれは、果たして完全体ではなかったのだろうか。
あれよりも強い何かがあるならば、是非それを知りたいところであるが、仮に完全体、になったとしてヴィオレッタに対して負荷はやってこないのか、とか。どれだけそもそも強くなるのだろうか、とか。
明日香の中にはあれやこれやと疑問がぽんぽん湧き出てくるが、果たしてどこから整理したものだろう、とうんうん唸ってしまう。
『難しく考えなくて、良いよぉ?』
『え』
『アスカは、ヴィオレッタを助けてあげてぇ?』
『そりゃ勿論助けるけど』
『良かったぁ』
嬉しそうに目を細めたファイの様子に、明日香は不思議そうに首を傾げた。
助けてあげて、だなんて当たり前すぎる。助けない、という選択肢なんて存在しないというのに。
『ヴィオちゃんが呼んでくれたから、私は今ここにいるの』
『うん』
『元の世界でどれくらい時間が経過してるかは分からないけど、今ここで何もかもを投げ出すなんて出来るわけない』
明日香は、ぐっと拳を握りしめる。
本来、明日香はとても真面目な性格をしている。
一度懐に入れた人のことはとても大切にするし、友達のためならば、と必死になって動き回る。
喚ばれ続けたことによる体の衰弱がもしも無ければ、きっと明日香は普通に進学して、友達も沢山いて、笑うことばかりではないにせよ、『普通』の日常生活を送れていたはずなのだから。
だが、今はその未来がやってこない。
明日香は、何があっても今請け負ったこの役目と、責任をきっちり果たして、そして元の世界に帰るんだ、という明確な目標を持った。ならば、やることは分かりきっている。
『ヴィオちゃんの、味方であり続ける。それと……』
『それとぉ?』
『やることやって、ほらどうだ、この子はこんなにも魅力的で素晴らしい女の子なんだぞ! って、周りに思い知らせてやるんだから!!』
明日香の力いっぱいの言葉は、勿論ヴィオレッタにも届いていた。
「素敵な聖女様ね」
「……アスカさんは……本当に、いい人、なんです。私なんかのために、とっても親身になってくれていて……」
「あなたが頑張りたい、そう思って行動しようと思ったからこそ、よ」
「……はい」
朝食として用意されていたのは、焼きたてのパン、オムレツ、恐らくアリシエルお手製だと思われる、昨日とは異なっている種類のさっぱりした味わいのドレッシング。
スープは優しい味のコーンスープで、温かなハーブティーは飲んでいるとスッキリするような味わいで、後味から推測するに少しだけミントも入っているようだった。
「美味しいです」
「気に入って貰えて良かった。ところでヴィオレッタ、質問いいかしら?」
「はい」
どうぞ、と続ければ、アリシエルは明日香の方もちらりと見た後、ヴィオレッタにすぐ視線を戻してから微笑んで言葉を紡いだ。
「あなたとアスカさん、揃った状態での魔法の強さを知りたいんだけど……」
「へ?」
『およ?』
何だ何だ、呼ばれた、と明日香がヴィオレッタのところにやってくれば、にこにこと微笑んでいるアリシエルと視線が合う。
魔法の強さ、と言われても基準が明日香にはよく分からなかったのだが、何かしらの攻撃魔法を放てばいいのだろうか、と悩んでいると、思い当たったことがあって明日香は『あ!』と叫んだ。
『そうだ、ここに来るまで色々結界壊したんだ!』
「…………え?」
「そうでした! アスカさん、あれはお見事でしたね!」
きゃっきゃと盛り上がる二人とは異なり、アリシエルもファイも何となくドン引きしている。
そんなにおかしなことをやらかしたのだろうか、と考えて明日香とヴィオレッタははて、と首を傾げていると慌ててやってきたファイがアリシエルの座っている方のテーブルにひょいと飛び乗った。
一体どこからその跳躍力出てるんだ……? と疑問はあったのだが、ファイとアリシエルの深刻すぎるような表情の前には何も言えなくなってしまう。
『あ、あのー?』
「……規格外、というところかしら」
『規格外、っていうかぁ……』
恐らくファイが人間ならばめちゃくちゃにジト目を向けているに違いない。
明日香に対しても、ヴィオレッタに対しても。
『二人の魔力もそうだし、相性もそうだし、何もかもが化け物クラス!』
『えぇー……』
「言い方……」
「ファイの言う通りだから何とも……ねぇ」
おほほ、とアリシエルが困ったように笑って、ヴィオレッタへと視線を向けた。
「ヴィオレッタ、前に純血王家の人間として生まれたら、そもそももっているものに対してフタがされる、っていうの覚えている?」
「はい。役目があるから生まれる、だから、役目を終えるまでは本来の力が抑え込まれる……でしたっけ」
「ざっくりそれで正解。それでね、あなたとアスカ様の場合は……」
アリシエルは言おうか言うまいか、ほんの少しだけ悩んで、決意したようにゆっくり深呼吸をした上で、こう続けた。
「抑えられているものがとんでもないこと、それからアスカ様とヴィオレッタ、あなたの相性がとてつもなく良すぎるからこそ、十割以上の力が引き出されている。間違いなく最強クラスだし、その辺の人は太刀打ちなんかできやしないわ。相性の良さこそ、私たちにとってはこの忌々しいとも言えてしまう純血王家の力を爆発的に引き出すことが出来る要因なんだから」
「……え」
『うっそ』
『嘘ついても良いことなぁい!』
ぷんすこと怒るファイはやっぱり可愛いのだが、自分たちの相性が力を思う存分引き出せていた、だなんて……と、明日香とヴィオレッタは顔を見合せ、あはは、と思わず笑った。
一体何が、と思ったが、二人は別にヤケクソになったわけでもないし、何やら楽しそうだ。
ヴィオレッタも珍しく目をキラキラとさせている。
「はー……びっくりしました。でも、そっか……私とアスカさん、相性バッチリなんですね!」
「え、えぇ」
『そうと決まれば結界修復なんてチョチョイのちょいよ!』
「……何て?」
『気にしないの、ヴィオちゃん。私の世界の言葉だから』
「あ、はい」
聞きなれない言葉にヴィオレッタはキョトンとするが、明日香はおおっとうっかり、と遠い目をしている。現代日本と異なる世界だから、当たり前ながら理解できない表現もあるし、聞いたことの無い単語だってあるのだろう。
『ファイたちの心配、いらなかった?』
「……とりあえず、私個人の結界は後で直しましょうかね……」
『手伝うねぇ』
「ありがとう、ファイ」
手のひらに乗ってきたファイにお礼を言って、笑い合う明日香とヴィオレッタを見つめるアリシエル。
色んな意味で手のかかる子たちだな、とひと括りにできたのはきっと、アリシエルが彼女たちよりも場数を踏んだ大人だから、だろう。
「朝ごはんが終わったら、要石のある場所の確認をしないといけないわね。ヴィオレッタにも場所を教えなきゃ」
『アスカには教えてあるよぉ?』
「二人ともが把握していないと、後々問題が起こった時に柔軟な対処ができないでしょう?」
『そっか』
うんうん、とファイが頷き、朝食の続きを取り始めたヴィオレッタを明日香が見守る。
もしも、明日香が元の世界に帰ってしまった場合……この光景は見られなくなってしまうけれど、自分が次は、ヴィオレッタの一番の味方になろう。
アリシエルは、そう、静かに決意をして自分も朝食の続きを食べ始めたのだった。




