絶対的な味方の安心感たるや
移動している間、ちょいちょい街に立ち寄ったりしてしっかり休んだつもりではいますが、気が抜けなかったヴィオレッタなのです。
ヴィオレッタは、誰かと食べる食事がこんなにも楽しくて美味しくて、あたたかいものなのだ、と今初めて知った。
勿論明日香とだって食事はできるが、あれは明日香に身体を貸しているからであって、正確に言えば二人同時に仲良く現実世界でご飯を食べている、ではない。
けれど、今はこうしてアリシエルと食卓を囲めている。
「……!」
「美味しい?」
こくこく、とヴィオレッタは目を輝かせて頷いた。
柔らかく煮込まれた鶏肉、しっかりと味の染みた野菜がたっぷり入ったクリームシチュー。そして少し香草の練り込まれたパンと、薬草茶。
これまでヴィオレッタが食事だと思っていた王宮での食事は、単なる残飯処理、いいや、ゴミを押し付けられて食べなかったら食事抜き、が常だった。
「あったかくて……、すごく美味しいです!」
王宮の食事に比べたらこんなにも粗末な夕飯なのに、とアリシエルはぐっと拳を握り締める。
そして立ち上がり、保存庫にしまってあった野菜を取り出してからシンプルなサラダを作り、塩とレモン、オイルを使って作ったこれまたシンプルなドレッシングをかけて、ヴィオレッタに差し出した。
「アリシエル様、これは……?」
「んもう、アリシエルでいい、って言ってるのに」
「あ、あの、慣れなくて」
あはは、と困ったように微笑んだヴィオレッタだったが、悪戯っぽく微笑んでいるアリシエルを見て、数回深呼吸をし、意を決して口を開いた。
「あ、アリシエルさん」
「はい、よく出来ました」
よしよし、と向かいから手を伸ばして頭を撫でてくれるアリシエルが母親だったら良かったのに、とふと本能的に思ったがすぐに思いを閉じ込める。
ヴィオレッタがくすぐったそうに微笑んでいるのを見て、アリシエルもまた微笑み返して先程の問いかけに答えた。
「何の変哲もない普通のサラダよ。さ、どうぞ」
「いただきます」
またもや嬉しそうにヴィオレッタは差し出されたサラダを、とても美味しそうに食べている。
アリシエルとファイは双方顔を見合せ、少し難しい表情を浮かべた。
「ヴィオレッタ……あなた……」
「?」
「王宮で……本当にどんな扱いをされていたというの?」
「え、ええと……」
正直なところ、王宮での扱いを素直に告げればアリシエルはきっと激怒するだろう。しかし聞かれていることをスルーし続けるわけにもいかないし、誤魔化しはきかないだろう。
どうしたものか、とヴィオレッタは明日香に視線をやると、『かるーく話す、とか……?』とヴィオレッタにだけ聞こえる声で返事が聞こえた。
「ざっくり、言いますと……」
ヴィオレッタが話した内容を聞いたアリシエル、ファイはどう見てもドン引きしていることが分かる表情を浮かべている。
「(……まぁ、これは……)」
『(誰が聞いても、ドン引きしちゃうよねぇ……)』
『ありえないの』
「……まさか、そこまで非人道なことをしているだなんて……」
王妃のやったこと。
国王自らヴィオレッタを見捨てていたこと。
婚約者・アレクシスの言動の数々と弟リカルドの暴言の数々。
更には、城の使用人たちからの暴言に加えて暴力の数々までもを促されるままに話してしまったから、余計にアリシエルの表情は難しいものになっている。
「あ、あの、でももう縁を切ってもらえるように廃嫡のお願いもしていて、陛下はそれを聞き入れてくれていたので……」
「王妃と婚約者とやらは? 対策できている?」
「婚約解消はもうとっくに……」
しかし、アリシエルとファイの表情は晴れていないどころか、そんな甘っちょろいものでどうにかなるわけがない、ととても分かりやすく見て取れる。
「あ、あの」
「ファイ様、ちょっとこの辺の結界強化しておきませんこと?」
『するぅ』
しゅぴ、とファイが手をあげて頷きつつ、食事もそこそこに結界強化をする。
そこまでやった方が良いことだったのだろうか、と食事をしているヴィオレッタが明日香にちらりと視線をやれば、明日香は困ったように頬を搔いていた。
『多分、アレクシスくんのことじゃないかな。あの人、ヴィオちゃんに関しては粘着、っていうか執着してる感じすごかったし……』
「向こうが役立たずとか散々言ってきたのに、ですか……?」
『好きだ、っていう感情がものすごーーーくこじれてる、的な』
「え、嫌です」
思い出すのも嫌なのだろう、と推測できるような表情でヴィオレッタは即答する。
まぁ……あれだけ散々言われているにも関わらず好きだとかどうとか言われても、どうして信用できるといえるのだろうか。
「大丈夫よ、ヴィオレッタ。あなた、結界修復が終われば私と一緒に暮らしましょう」
「……え」
修復の規模がまだどれくらいか分からないが、早々に修復作業が終われば、どこかに住まいを構えなければいけない。
仮に今ある資金を上手くやりくりするとしても、その頃には明日香はきっともう、いない。だから、自分でどうにかしないといけなくなる。
ヴィオレッタは何もかもを人に頼るわけにはいかないとは思っていたものの、子供の浅知恵だったか……とぐっと悔しそうな顔をした。
「ヴィオレッタ、そんなに思いつめないで。私とあなたは親戚なの。年が近いからお母さん、っていうわけにはいかないけれど……少しは力になれるはずだから」
『ファイもぉ、助けるぅ』
「ファイ様……」
「安心して? 私の知識をあなたにも引き継いでほしい、っていう思いもあるし……それに、元々のご家族に未練がないから、私と『家族』になりましょう?」
アリシエルから手を差し出され、ヴィオレッタはその手を取ってもいいものかほんの少しだけ悩んだ。
だが、これから全て一人で何でもこなせるわけではないことに加えて、手持ちの資金で何もかもやりくりできるほどの知識はないのが現実。
「……私……で、良いのでしょうか」
「いやねぇ、あなた以外にいないわよ」
あはは、と朗らかに笑っているアリシエルの様子に、ヴィオレッタはほっと息を吐きだした。
「(……良かった)」
『ヴィオちゃん、独りじゃないんだよ。あの時、図書館で色々調べて良かったね』
「……はい!」
嬉しそうに笑うヴィオレッタは、ようやくここでアリシエルの手を取った。
その後は食事を終えて、移動で疲れただろうから、とベッドまで準備をされていたので、早々にもぐりこんだヴィオレッタは、天井をぼんやりと見つめながら呟いた。
「……アスカさん」
『なぁに?』
「思い切って、あそこ、出て良かったです」
『うん』
「親戚が城を出て過ごしているという記載を見つけて……ああ、でも、あの本によくもまぁ詳細に色々と書いていましたよね……」
『(おおうヴィオちゃん、結構お口が悪くなってる)』
「……監視のつもりなのでしょうかね……馬鹿馬鹿しい……」
ぽつりと呟かれたその言葉に、明日香ははっとする。
散々役立たずとか言っておいて、追い出しもしたくせに、行動だけはしっかりと把握したかったのだろうか、と考えると虫唾が走った。
『何かあった時の……ため、とか?』
「何かあっても……あんな人たち……、もう、家族なんか、じゃ」
ない、と続けて呟こうとしたヴィオレッタはすっと目を閉じて眠った。
『ここまで気を張り詰めてたもんね……』
よしよし、とヴィオレッタの頭を撫でる明日香は、道中を思い出す。
キャロットに乗って移動しているとはいえ、距離が距離だ。気を張り詰めて、独りでどうにかしないといけないと思っていたのだろうことは、容易に想像できる。
そして、ここがようやく安心できる場所だと思えたのか、気を抜いてすやすやと眠っているヴィオレッタを見て、明日香もほっと息を吐いた。
路銀に関しては問題ないくらいにあったけれど、ヴィオレッタが精神的に短期間といえど頼っていたのは明日香だけ。ようやくここに来てアリシエル、という信頼できる身内に出会えたのだ。気が緩まないわけはないと思う。
『お疲れ様、ヴィオちゃん。ちょっと休憩して、気合入れてから結界の修復に行こうね』
すぅすぅと規則正しい寝息を立てるヴィオレッタに明日香は小声で告げ、眠らなくても問題ない自分は、窓から見える夜空を窓越しに見上げた。
『……星って、ここでも見えるんだね』
その呟きが、ほんの少しだけ寂しげだったのは、誰も知らない。




