とんでもない才能の持ち主の親戚様
はて、と明日香とヴィオレッタは悩んでしまった。
ぶち当たるたびに結界を明日香がノリノリで破壊しまくって、かれこれ十枚目。
『……はて』
「……やっぱり景色って同じじゃないですか?」
『とはいえ、結界壊さないと進めなかったわけでしょ? ぜーったい何かあるって!!』
そう、物語のお約束として、最深部まで到達すれば景色がガラッと変化して、これまでの風景とは一変する、というファンタジーのお約束がきっとあるはずだと思っていたのに。
『なのに、どーーーして何もないの!!』
うがー!と明日香が叫んでみても状況は特に変化はない。
むしろ『ないのー、ないのー、ないのー……』という語尾が何故だかエコーしている不思議さを体感してしまって、明日香もヴィオレッタも困り果ててしまった。
「どうにか……何か、方法があるはずなんですもんね……」
『多分……』
うんうんと唸る明日香と正反対に、どこか落ち着いているヴィオレッタは、周囲の気配をじっと、静かに探っていた。
――きっと、近い。
「……アスカ、さん」
『なにー?』
「あれ」
『あれ?』
ヴィオレッタがそう言って指さした先。
微かに、ヴィオレッタの目に普段と違う光が宿っているではないか。すとん、とキャロットから降りてふらふらと歩いていくヴィオレッタ。
『ヴィオちゃん……それって……』
「何か、来ます」
確かにヴィオレッタの指さした先の空間が、ぐにゃり、と捻じ曲がるような感覚がある。もちろん明日香の目にも見えている。
きっと、ヴィオレッタは無意識で少しづつ魔力の運用が出来てきているのではないか、そう思えるくらいには雰囲気が異なっているのだ。
何かに引き寄せられるかのようにふらふらとヴィオレッタが歩いて行った先、す、と手をあげて何かに触れるようなしぐさをヴィオレッタが行った瞬間、ガラスが割れるかのようなバリン!という大きな音がして、周りの空間がそれに引きずられるかのように、どんどんと割れていった。
『うわ……!』
「……あ……」
きっと、これまでのヴィオレッタならば『アスカさんんんんんん! 何か! 何か割れましたああああ!』と明日香のところに一直線だったのかもしれないが、今のヴィオレッタは違う。
『(もしかして……ヴィオちゃんの純血王家の力を使えば使うほど、所謂『普通』の魔力運用ができるようになっている……? つまりそれって、その王家の力が蓋になってヴィオちゃんの力を押さえつけていたからであって……となると、結界の修復が終われば、ヴィオちゃんは……)』
「良かった、やっと会えた」
とても、優しい声が響いた。
ヴィオレッタと手を合わせるようにして立っていた女性、そして女性の頭に乗っている恐らく動物であろう『何か』。
彼らは、ヴィオレッタのことを敵だとは思っていないようだ。それどころかとっても歓迎してくれている、ということは……。
「貴女が……!?」
「ええそうよ、貴女の前に聖女召還をした、あの王家曰くの『役立たず姫』」
「……っ!」
ああ、自分以外にも理不尽な思いをしていた中から抜け出した人がいたんだ、とヴィオレッタは思う。
そして同時に思うのは、この人はどうしてこんなにすっきりとしているのだろう、ということ。
「あ、の……」
「何?」
「自己紹介、していいですか」
「そうね、私たち、お互いの名前も知らないんですもの。でもまずは……」
ヴィオレッタの方から視線を逸らし、明日香の方に視線を移してきた。
『あ……』
「初めまして、今回の『聖女』様」
『見えてます!?』
「ええ」
にこにこと微笑んでいる彼女は、自分が立っている場所から更に奥の方を指し示した。
「立ち話も何ですから、こちらへどうぞ。私が住んでいるところに案内しますね」
「は、はい!」
ヴィオレッタは頷いて、そして明日香はキャロットにおいで、と呼び掛けてから彼女のあとをついていく。
その人が歩いていくほどに、恐らく張り巡らされている結界が、彼女の通る道を切り開いていくかのようにするするとほどけていくのだ。
「すごい……」
歩きながら、ヴィオレッタはぽかんと口を開けてしまう。
これを、この人が構築したというならば、とんでもない魔法の才をもっていることになる。けれど、見た感じでは王家の援助を受けながら生活しているという雰囲気でもない。仮に援助を受けているならば、あの父と母が比較対象として出してくるに違いない。
そして、間違いなくアレクシスやリカルドだって、今よりもっとひどい態度だったに違いない、と簡単に予想できてしまう。
そうなっていないのは、つまりこの目の前の人が、もうあの王家と完全に縁を切っている……いいや、関係を断っているからではないのだろうか。
「知っている?」
「え?」
不意に話しかけられて、ヴィオレッタはハッとして前を歩いている彼女を見た。
「貴女だって、これくらいは出来てしまうの」
「わたし、も?」
『(ああ、やっぱり)』
これについては明日香の予想通りだった。
そもそも、本来持っている力の蓋をするように、純血王家の力が覆いかぶさって、邪魔をしている。これがなくなったらつまり、どうなるのだろうか。
明日香は関係者でもあるが、ある意味第三者でもあるから、どことなく冷静に考えられていた。
「……というわけでヴィオレッタ、初めまして、私はアリシエル。もうあの王家とはかかわりがないから家名は存在しない、とでも言っておこうかしら」
歩みを止め、簡潔に自己紹介をしたアリシエル。
微笑んでいるアリシエルは、もう一度ふっと手をあげて何もないところに触れるかのようにしてみれば、さぁっとその場所の景色が変化した。
「え……!? ど、どういう、家!?」
「ふふ、すごいでしょ。目隠しに次ぐ目隠しをしておいて、最後に住んでいる場所も徹底的に隠しておけば、王家の連中にも感づかれないし」
『ちなみに、私たちがめっちゃ壊してた結界は……』
「あれは序の口、っていうところかしら」
うわぁ、とヴィオレッタと明日香が同時に奇妙な声を上げてしまったのだが、アリシエルがすっと手を横に振るとここに入ってくるための場所も何もかも、綺麗に隠れてしまった。
追跡するための手段を一旦閉ざしてしまってから、おいでおいでと手招きしているアリシエルに近づいていくと、キャロットを繋ぐための場所を指し示した。
「先にその子を休憩させてあげてね。ああそうだ、色々必要よね」
ぱん、とアリシエルが手を鳴らすと、空中からかこん、と音を立てて水を入れるための器が出てきたかと思えば、あっという間にきれいな水が満たされている。
明日香に誘導されてそこに繋がれたキャロットはやはり疲れていただろう、こくこくと水を飲んで一息ついたようだ。
「ごめんね、疲れてたよね」
『大丈夫だ、って言ってる。ヴィオちゃんのためなら気にしてないんだって』
「……ありがとう」
いたわる様によしよしとキャロットの首筋を撫でてから、ヴィオレッタはぎゅうっと抱き着いた。
あの王家の連中、きっとヴィオレッタのこんな姿なんて見たことすらないんだろうな、と明日香は何となく勝ち誇ったような、どこか保護者のような感覚になる。
少しの間、キャロットをぎゅうっと抱き締めていたヴィオレッタだが、体を離してから一国の王女らしく綺麗なカーテシーを披露してからアリシエルを真っすぐ見つめた。
「改めまして、初めまして。ヴィオレッタ=ディルフィアと申します。……一応、ディルフィア王国第一王女、ですが……」
「……何となく想像できてしまうわ」
「……あ、あはは……」
「で、貴女が……」
『はい、ヴィオちゃんに呼び出されました……あ、違う、召喚? されました、橘明日香、っていいます!』
「タチバナ……アスカ……さん。まぁ、変わったお名前ね」
『世界が違いますし……それは当たり前だな、って思います!』
笑ってから明日香はヴィオレッタの肩にぽん、と手を置く。
明日香は自分の意思で周りのものに触れられるのだが、これを行いたい、と現状思っているのは目の前のヴィオレッタのみ。
例えばリカルドやアレクシスには触れたい、なんて気持ちすら湧き上がってくることなんてありえないのだから。
「そう……でも、貴女がまず、ヴィオレッタのそばに居てくれたから、この子はこうしてここに来られたのね」
『……そう、ですね』
「ありがとう、身内としてお礼を言います。それから、私のことをしっかりと調べてくれて、まさかここにお手紙を送ってくれるだなんて、思っていなかったの」
「あ、それはアスカさんの提案なんです!」
「まぁ」
女三人寄れば姦しい、とはうまく言ったものだな、と明日香はしみじみ思う。
初めて会ったにもかかわらず、ヴィオレッタとアリシエルはとても意気投合しているように見えるし、自分のことがあったから明日香の存在もあっさりと受け入れてくれているし、何より『姿を見せる』ことを意識しなくても見えているから、話がとっても早いのだ。
『(……そもそも何か、ここが落ち着くんだよね……。この人がヴィオちゃんと同じだった、ってことに関係してるのかな……)』
明日香はそう思いながら、楽しそうに会話をするヴィオレッタとアリシエルを見つめていたのだった。




