その頃の人達と、元気な彼女
離れるわけにはいかない、そう思っていた。
だが、あの地震が起きて、空に亀裂が走り、慌てて父とアレクシスが共に王宮に向かった時、既にヴィオレッタはいなかったのだ。
「どうして……」
「公爵、何故ご子息がここに?」
国王に問われ、ヘルクヴィスト公爵は困ったような顔をする。
「それが……アレクシスが……」
「……陛下、ヴィオレッタは……ヴィオレッタはどこなのですか!」
必死にヴィオレッタの場所を問いかけるアレクシスを見ても、国王は何とも思わない。
それどころか、呆れたような眼差しをアレクシスに対して向けている。
「……婚約は既に解消しておる。そなたは、そなたの幸せを追い求めるがよい」
「いやです!」
「は?」
「え?」
これにはヘルクヴィスト公爵も国王も、とんでもなく訝し気な顔になった。
あれだけヴィオレッタに対して文句を言い、貶していた張本人が一体何を言っているのだろうか、と国王は得体のしれない感情に襲われてしまった。
「……言っていることが、おかしいとは思わんのか」
「何故ですか! 王宮で育ったヴィオレッタが、外に出て普通に生活できるわけが……」
「ない、と何故言い切れる」
国王の呆れた眼差しに射抜かれ、アレクシスはぐっと言葉に詰まった。
そもそも周りに感化されていたとはいえヴィオレッタに対してあれこれと暴言を吐いたというのに、何故今更になってアレクシスがヴィオレッタの心配をするのかが理解できない。
更には、ヴィオレッタが己から離れていくとわかった瞬間にとてつもない執着を見せたことも、心から理解できなかった。
「それに、そなたがヴィオレッタに執着する理由も分からん」
「それは、彼女を愛して……!」
「……アレクシス兄様……、ヴィオレッタ姉さまを愛していたのに、あんなことばかり言っていたの……? 僕も、そりゃ人のことは言えないけど……」
指摘された内容に、ぐっとアレクシスは言葉につまる。
好きな子程いじめたい、とはよく言ったものだ。だが、やられている本人が嫌がっていたら、そんな行為はそもそも気を引くための行為だとしてもトラウマにしかならないというのに。
「……っ、それでも、俺は……!」
「何だ、追いかけるとでも?」
「はい!」
「追いかけて、何が出来る」
ただ、国王は淡々と言う。
あぁ、ヴィオレッタから密やかに手紙を貰っていたが、こういうことか、と理解しながら目を細めた。
『国王陛下へ
きっと、アレクシス様は私がいなくなれば王宮にやってくると思います。
ですが、毅然と対応してください。
私はもう、あの人の婚約者ではありません。この国の王女である身分もいらないと言った以上、婚約は破棄されるのが妥当ですから。
もしも、あの人が来ても私の役割だけを告げてから、本来得るべきだった幸せをどうか、とお伝えくださいませ。
そうですね、側妃様の中に王女がいらっしゃる方が何人かいると思います。
彼は、私に、子供を産むことで王家との繋がりを得るための結婚なのだから、何も期待するなと言いました。だから、彼曰くの『王家との繋がり』を得るための結婚を世話してあげてくださいませ。
ヴィオレッタより。』
そういった手紙が、いつの間にか国王の机の上にそっと置かれていた。
まるで予言のようだ、と国王は冷静に思いながら、手紙の内容をアレクシスにそのまま告げる。
「え……」
「ね、姉様は、そんな、こと」
散々そうやって言ってきた本人たちがショックを受けるとは何事か、と怒鳴り散らしたい気持ちはあれど、ヴィオレッタのことを散々役立たずだと罵った自分たちに、そんなことをする資格などありはしない。
せめて、彼女が望んだことを、少しでも叶えてやろう。それが親としてできる最善のはずだ、と国王は思い、アレクシスの肩に手を置いた。
「我らの婚姻とは、そのようなものだ。わたしは、親として最後にヴィオレッタの願いを叶えてやろうと決めた。……だから、そなたも……」
「っ……!」
「ちょ、ちょっと、アレクシス兄様!」
リカルドが大きな声で呼び止めようとしたが、アレクシスは物凄い勢いで走っていってしまった。
「リカルド、お前もだ」
「え……?」
「ヴィオレッタはもう、帰らん。我らは……いいや、我らにできるのは、せめてヴィオレッタが無事に結界を修復してくれることをただ、祈るばかりだ」
国民に伝える準備は、着々と進んでいる。王妃は泣き喚き、ヴィオレッタを何とかして連れ戻して出立の儀を!と叫んだが、それをされたくないからと聖女と共に逃げるようにここから出ていったことも気付けない上に、今更どうして、と彼女は問うだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、王宮でそんな騒ぎが起こっているとは思ってもいないヴィオレッタと明日香は、道中特に問題もなく、整備された街道をのんびり移動し、手土産も持ってからヴィオレッタの話していた親戚の家へと向かっていた。
のだが。
『ヴィオちゃん』
「はい」
『ここ、もう三回目なんだよねぇ』
「……迷いの魔法でもかかっているんでしょうか……」
キャロットに乗って揺られつつ目的地まで向かった、はずだ。
行けども行けども同じ景色なのは、森の中だからとまだ片付けられるものの、途中から明日香が『これ迷った時のてっぱん!』と言いながら木のあちこちに目印となる傷をちょこちょこつけていた。
そして今、見てみると見事にその傷がある木ばかりがあるではないか。
『迷いの魔法がどんなのか分かんないけど、間違いなくそうだよね、これ』
「うぅ……どうしたら……」
『ヴィオちゃん、対処方法とか分かんないの?』
「……教科書には、こうありました。強い魔力で迷いの空間を壊せ、と」
物理かい!と明日香が力いっぱいツッコミを入れれば、ヴィオレッタは『ぶつり……?』と首を傾げている。
きっとそれはアスカさんの世界の魔法かなにかだ!と一人納得していれば、明日香からずい、と手を出された。
「へ?」
『善は急げ』
「あの?」
『力で対抗、してやりましょうとも!』
思ったよりノリノリだ!?と思うが早いか、明日香はふっとヴィオレッタの中に入る。
そうして、魔法が万全の体制で使えるようにと姿を変えた。
「(あのー、アスカさん)」
「『はぁい?』」
「(力で対抗、って、つまり)」
「『ふっふっふ』」
小さい頃から入院生活をしていた明日香は、物凄く読書が好きだった。
推理小説に始まり、ファンタジー、恋愛、ホラー、割と何でもござれ、であれこれ読んでいた。
そんな彼女がやってみたかったこと。
御伽噺のように、アニメの主人公のように。
「『一度は全力でやってみたかったの!』」
ばっと手をかざし、力を集中させていく。
光の玉がどんどんと大きくなり、その周りにバチバチと稲妻を放ち始めていった。
「(お、お手柔らかにーー!!)」
「『人を迷わせる厄介な代物なんかこうしてやりましょう!』」
それはもうノリノリで、明日香曰くの主人公が渾身の一撃を放つようにして、特大の光の玉をずどん、と撃ち放ったのだった。
「(…………ひえぇ…………)」
「『ヴィオちゃんあれ!』」
「(あ!)」
ぴき、ぱき、と割れる音が聞こえてきて、ばりん!とガラスが割れるかのように、其処が、砕け散った。
「『はい結果として成功ー!!』」
本当に、やった……、とヴィオレッタが呟くが、ヴィオレッタ自身も、楽しくて、どこかわくわくしてしまったのは事実。
明日香のことをあまり叱れないなぁ……と、思いながら選手交代と言わんばかりにヴィオレッタと明日香はぱっと入れ替わった。
「アスカさん、キャロットがびっくりしちゃってるので強制変更です!」
『ありゃ、ごめんよキャロットー』
普段なら何事にも動じなそうなキャロットが、ぽかんとしたように動いていないのだから、恐らく相当びっくりしたのだろう。
ぽんぽん、とヴィオレッタが首元を叩いてやってから、微笑んで『ごめんね、行ける?』と言ってくれてようやく動き始めた。
多分こじ開けたところはセオリー通りにいけば閉まってしまう!と、明日香は進むように促してから先へと進んだのであった。
そして、まさか本当にこじ開けられるとは思っていなかった結界の主は、割れた結界石を見てあらまぁ、とのんびりした声を出したのであった。




