話し合い必須
よくある異世界テンプレの『聖女』は、現代から召喚される設定が多い。
何故か聖女がヒロインとして、救世主となって世界を救うのだが、そこにはヒーローも存在している。だが…ヒーローの本来の婚約者は悪者にされた挙句、国から追放されたり処刑されたりしている。そんなに簡単に追放も処刑もするな!と思いながらスマホのスクロールバーを動かしていた明日香だった。
更に、異世界ものが恋愛ゲームの世界の中であれば『悪役令嬢』という存在を断罪し、主人公とヒーローが手に手を取り合い、国民皆を幸せな未来へ導く!という展開が多い。
だが、悪役令嬢のいう事も一理あるんだよなぁ、と思いながら明日香は延々と小説を読み漁っていたのだ。ベッドの上で。
婚約者がいる男性に近寄るな。これは当たり前だろう。現代でも彼女のいる男性と仲良くしていたら碌なことが起きないし、逆もまた然り。
大体、婚約者のいる男性は位の高い人が多いので、礼儀作法を身につけろ!と叱ると『イジメだー!』と反発される本来の婚約者の令嬢。いや理不尽だろ、悪役令嬢様は普通のことしか言ってねぇじゃ、と何回明日香は心の中でツッコミを入れたことか。
…ということを考えると、『聖女』という役目が途端に怖くなってきた。まさか私もそんな存在に?!と思うが、そもそもそんなキャラでは無い。だってそんな男女のあれこれ、とっても面倒。
「ねぇヴィオちゃん」
「はひ」
ずびび、と鼻水をどうにかしつつヴィオレッタは明日香の声に答える。
「あああごめんね、大丈夫?」
「…だいじょぶ、です」
「良かった…。あのさ、私が『聖女』なら、何したらいいのかなー…って、思って」
「え?」
「何か役目というか、『聖女』ということを示す一番の方法というか…そういうの、ある?」
明日香の問いかけにヴィオレッタは考えこんでいる。
もしかして、色々やらなくてはいけないことが山積みなのだろうか、と明日香は内心ひやりとする。やることが山積みで、魔物討伐とか、何かの術の実験台になったりするのでは…!?と悪い方向へとひたすらに思考が進む。
いやいやそんなわけない、と明日香は首を横に振ってヴィオレッタの答えを待つ。
ヴィオレッタは少し遠慮がちに口を開いた。
「…何かを、というよりは、ですね」
「うん」
「文献によると、『聖女』は奇跡を起こせるそうなんです」
「…うん?」
「父や母、弟、婚約者…彼らを始めとする色々な人に言われました。お前が『純血王家』だというなら、証拠として力をきちんと示してみろ。単なる出来損ないでないなら出来るはずだ…と」
「奇跡、って」
「普通の人にはできない、『純血王家』の人間だからこそできる奇跡が起こせるんだろう?と言われまして…。でなければ、ただの役立たずだそうです…」
――モラハラ集団かよ。なんだそのクズ。
明日香はこっそりと心の中で、会ったこともないけれどヴィオレッタの家族や婚約者を遠慮なく罵った。
たまに病院にお見舞いに来てくれた父や母があれこれ愚痴っていた中に、こういう上司がいたような…と思い出す。
『できるんならやってみろ!』とか、無茶ぶりをしておいてできなかったら『無理だって言っただろう!』『やっぱり嘘か!』と声高らかに罵る。他にもあれやこれや、思い出すだけで吐き気のするようなモラハラ、セクハラ野郎がいたなぁ、と。うちの父と母、そういうのに耐えてるのすごいよね、とも思う。
しかしこういう実際の(?)ファンタジー世界にもとんだクソ野郎がいるのか…と明日香は考えていた。せめて家族だけでもヴィオレッタに優しくできなかったのだろうか。
「あの、アスカさん?」
「いやー…大丈夫大丈夫。今聞いてると、元居た世界のクソ野郎の話を思い出しちゃって…」
「く、くそ、やろう?」
王女様にはこんな話は聞かせてはいけないのかもしれない。
だが、思ったことがほいほいと出てしまうのだからしゃーない!と明日香は己を納得させる。半ば無理やり。
それに、だ。
ヴィオレッタは悪くない。
彼女がその『純血王家』の人間として今、目の前にヴィオレッタがいるのであれば、せめて文献を漁るくらいしても良くないだろうか。王家全員に力があるのに一人だけそうでないなら何かしら原因があるとは思わないのだろうか。
そういったことの根本を解決しようともしていないヴィオレッタの父や母、その他家族に対して明日香は苛立ちしか感じなかった。
力を示せ、では示せたら何がどう変わるのか。手のひら返しが来て、『とても立派だ』と褒めちぎりながらめでたしめでたし、になるのだろうか。
とはいえ、明日香がここで考えすぎても何にもならない。なら、まずは何をするべきなのか。
「力を示すって、具体的に何かある?」
「…ええと…そうですね。国の結界の修復が…もしかしたら一番分かりやすく、力を示しやすいかと思います」
「国の、結界」
「はい。先程話した、私の他にいる『純血王家』の血を引き、聖女の召喚をしたという親戚の方がなし得たことです。そうやって、代々、我が国の結界は守られ、補強され、民を魔物から守っているのです」
「魔物」
わぁ、ほんとに異世界テンプレあるあるだぁ。という、何度目か分からない心の声。
「他の人は何で修復できないの?」
「術式が特殊なんだそうです。解読しようにも解読できず、『純血王家』の人にしか読めない古代文字で紡がれた結界ということ、だそうで」
「ああ…そういうことなんだ」
現代でいうところの古文のようなものに近そうだ。
何だかもう色々と話したいことがありすぎるし、考えたいことが山積みだ。明日香自身はヴィオレッタを手伝うことに関しては何の躊躇いもない。
それに、今の現状の把握も必要だ。
王女なのに、どこまで適当な扱いを受けているのか。
婚約者や弟など、他の身内からどんな言葉をぶつけられているのか。そして、今の立場はどんなものなのか。
明日香が介入することで、どうなっていくのか。
ゲームの世界に入るというわけでもなさそうなので、きっとヒロインがどうとか、主人公がどうとか、ついでに攻略対象がどうとか、それらは考えなくても良さそうだ。
「本当に厚かましいお願いだとは思います。でも…!」
「さっき言ってた、『『聖女召喚』は国を良き方向へ導くための最終手段のようなもの』っていうのについて聞きたい」
「え?は、はい!」
「今までの聖女が何をどうしてきたか、書物に残してたりする?」
「あります。王宮の図書館の書物にまとめております」
「ヴィオちゃん、それ見れる?」
「はい!」
「うっし。なら話は早いかも。とりあず、一緒にやっていこう!」
明日香はにっこりと笑ってヴィオレッタに手を差し出す。
差し出されたヴィオレッタは、え、と目を丸くしたがおずおずと手を差し出して、明日香の手をぎゅっと握った。
「一人で無理なら二人で。私は元に戻るため、ヴィオちゃんはそんな最悪な環境から逃げるため!」
「…はい!」
ようやく、最初のきりりとした雰囲気のヴィオレッタに戻ってくれた。
心の内を吐き出して、助けを求めているヴィオレッタは年相応の女の子でしかなくて、心から今の状況から離れたいと思っていることが伝わって来たから、手を貸そうと思ったのだ。
手を貸さないと元に戻れない、ということも理由の一つではあるが、ムカついたのもまた、理由の一つ。
うっし、と拳を握った明日香だが、ここであることに気付く。
「…ん?」
「アスカさん?」
「…質問ばっかでごめんね。私って…あの、えーっと精神?がここにいる、っていう、こ、と?」
自信がないので途切れがちになってしまうが、ヴィオレッタは明日香の問いかけにぱっと顔を輝かせた。
「はい!そういうことです!アスカさん、とてもお察しが良くて助かりますわ!」
「いやまってそれ常識なの?ねぇ、普通のこと?」
「…こちらの世界ではまぁその…よくありまして」
「よくあるんだ」
最初に会話を始めたヴィオレッタと別人のように、表情がくるくると変わる。
きっと、これが本当のヴィオレッタなのかもしれない。
王女という立場からは、なかなかこうして表情を出しながら話せないのだろうけれど、こっちの方が魅力的だ。
「んじゃ、改めてよろしくね?」
「こちらこそ」
二人がぎゅっと手を握り、握手をするとふわりと双方の体が光に包まれる。と思っていたら明日香はぐん、と吸い込まれるような感覚に襲われた。
「待てーい!」
「あ、こういう感じなんですね」
焦る明日香。
割とのんきなヴィオレッタの声。
吸い込まれた感覚はほんの一瞬だったのかもしれないが、明日香はばくばくとうるさい心臓の音にこれが現実なんだと思うものの、精神だけなので何がどこまで現実と言っていいのだろうか、と大分混乱してくる。
そして。
「王女殿下!」
「目を覚まされたぞ!」
わぁ、と周りがにぎやかになる。
うるせー…と思いながら明日香は目を開くが、とても不思議な光景だった。
寝台に横になっているヴィオレッタ、周りにいる医者らしき人や使用人達、それと家族っぽい人。
それを少し離れたところから見ている明日香。
『私、どうしろと』
吸い込まれた感覚は、この世界にくるためのものだったのだろうか。
そして目を覚ましたヴィオレッタは明日香を真っ直ぐ見ており、視線だけで来てほしい、と訴えかけられているのが分かる。
「…聖女召喚に、成功いたしました」
淡々と、さっきからは想像できないほど冷たい声音。
それを聞いた家族らしき人たちが目を見開き、明日香は彼らをすり抜けるようにしてヴィオレッタに寄り添う。
不思議と、ヴィオレッタ以外には触れられないようだ。でも、そういうものだと思えば納得できる。
だって、ヴィオレッタが明日香を召喚したのだから。
召喚主には触れるけど、他は触れられない。それで、きっと良いんだ。