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【コミカライズ連載中】二人で一人、開始します!【完結済】  作者: みなと
第二章【準備開始】

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綻びは突然に

 無事にヴィオレッタの部屋へと戻ってきた明日香たち。ひと息ついて、買ってきたもの(主に食べ物)をあれこれ整理しようとした矢先、そういえば戻ってきたらこれだよね、と明日香は思い立つ。


「到着、っと……」

『おかえり、ヴィオちゃん』


 いってきます。

 ただいま。

 おかえり。


 挨拶は当たり前に、と思ったから、ヴィオレッタがただいま、と口に出さなくても明日香は当たり前に『おかえり』と告げる。


「…………」

『ヴィオちゃん?』

「……初めて、言われました」

『ん?』

「おかえり、って」


 本当にこの王家の人たちは、ヴィオレッタを何だと思っていたのだろうか。


 もしかしたら、明日香の世界での当たり前が当たり前でないかもしれないと思いつつも、『おかえり』と告げれば、初めて言われた、というではないか。

 ということは、諸々の挨拶は普通にしている、ということに違いない。


『今までは?』

「私が出かけることが稀だったから、というのもありますが、基本的に誰からも……」

『そう……』

「何だか、擽ったい感じです」

『私は言うよ、ヴィオちゃんにおかえりも、行ってらっしゃいも、ぜーんぶ』

「……はい」


 本当に、この王家の馬鹿ども、いいや、国の馬鹿どもはヴィオレッタの精神衛生上よろしくないことばかりをやらかしてくれたものだ。


 突き放す、虐め倒す、仲間外れにして家族から、王家というくくりからも徹底的にはじきだそうとしたくせに、当の本人が覚醒していなくなろう、いいや、全てを捨てようと思って行動した途端にこれか、という思いしか抱けない。

 婚約者も、家族も、誰一人として味方のいないここで、ヴィオレッタは必死だったのだ。でももう、この国そのものが必要ないと判断したから、出て行くことに決めた途端の手のひら返し。


 婚約者であったアレクシスは、風の噂では公爵家で散々叱られたらしい。

 だが、ヴィオレッタがそれを聞いたところで『ああ、どうせ王族の血を招き入れられなかったから、家族に失望されただけだろう』としか思えないし、本人の自業自得。

 メイドたちが婚約破棄についてあれこれ噂をしていたし、ついでにと言わんばかりにアレクシスのこともひそひそ話していたから、ほぼ間違いないだろう。

 当分の間、現当主から王宮への出入りを禁止されたそうだ。懲りずにヴィオレッタに会いに来ようとしていたところ、そうされたとも聞こえてきた。

 執着にも等しい恋心というのは厄介なものではあるが、愛されている側には一切通じていない。むしろ、嫌がらせにしか思われていないあたりで駄目だと気付けたら良かったのに。


 ――だが、アレクシスだけではなく、皆が皆、同じ穴のムジナとなっていることに、気付かないのは何でなんだろう。


 いっそ何かの呪いだと言われたほうが、しっくり来てしまうかもしれない。


 純血王家は、好かれない。いいや、そもそも生まれた時点で要らないものとして、好いてはいけない。

 あるいは、目に見える魔力がない=遠慮なく迫害していい、とかいう法律でもあるのだろうか。

 まぁ、この国に限ってはそうなのかもしれない。


 明日香はぼんやりとそんなことを考えながら、ヴィオレッタの荷造りを眺めていたが、あれこれほいほい収納されていく様子に、一度考えることをやめた。


『ヴィオちゃん、それ、どうやって収納してるの?』

「え? 魔法で、でしょうか……」

『?』

「このバッグ、いつぞやに誕生日プレゼントって言って、リカルドからお下がりとしてもらったんです」

『ちょいストーップ!!』

「はい?」

『何だか色々ツッコミたいけど、お下がりってどういうこと!』

「リカルドはもっといいものをもらったとかで、くれてやる、って当時……」


 あのガキ思いっきり殴っておけば良かった、とつい心のうちで絶叫した明日香の声を、しっかりヴィオレッタは聞いていた。

 思わず、ぶふ、と噴き出してしまったのはきっとヴィオレッタは悪くない。そう、決して悪くない。


「あ、あはは、アスカさん、あの、ガキ、って……っ、ふ、くくっ……」

『ごめん、本音しか言えないから……』

「そういうところ、ほんと好きです…………………ふふふ」


 ふるふると震えながら笑うヴィオレッタは、本当に可愛い。

 一番最初に会ったとき、表情が凍りついているともいえそうなくらいに冷たかったのに、あっという間に可愛らしく笑える子になってくれた。

 それが自分のおかげなら嬉しいし、当たり前にこうやってヴィオレッタには笑っていてもらいたい。

 もう王家、もとい家族ごと捨てる、と決めてからはある程度強く振る舞えるようになってきたが、トラウマは間違いなくあるだろう。

 メイドのひそひそ話の現場を見てしまえば、もしかして私のことだろうか、と体も顔も強ばらせてしまっている。

 早々に離れたいけれど、荷造りをするのが先だ。


 そして、何やら今更になって構い倒しに来たいらしい母親である王妃も父や弟同様に思いきりヴィオレッタの雷を落とさないと拒絶の心は理解なんかされない。

 理解してもらうのでは無い、無理やりに分からせる、という方が正しくはあるが。


「うーん……服は移動先でも調達はできますかね……」

『念の為に動きやすいブラウスとか持っていったら?今着てるやつもそうだけどさ』

「そうですね。それなら後は……」


 何を、と言いかけた時だった。


『……なに?』

「アスカさん?」


 みし、と何かが揺れた気配を明日香がいち早く感じ取った。

 城ではなく、空間そのものが揺れるような、妙な感覚。


『ヴィオちゃん伏せて!』

「え、ええ!?」


 言い終わるが早いか、明日香はヴィオレッタを包み込むドーム状の結界を素早く展開する。

 範囲は狭く、しかし強度は考えうる限り、極限まで強く、と願ったおかげだろうか。


「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」


 どん、と城全体が下から突き上げられるようにして大きく揺れ、テーブルがずれ、椅子は倒れ、家具の上にあった花瓶は落ち、と散々な状態へと部屋の中は変化していく。


『(地震……?いや違う、何これ!?)』


 明日香は思う。

 まるで、天変地異の前触れのようだ、と。

 もしもこれが単なる地震ならば、自分は体験したことがあるから……とはいえ、震源地で大きなものを、とかではなくあくまで地震の余波がやってきたことによって、避難をしたり、学校で地震の体験ができる車に乗せてもらったり、くらいのものだが、ヴィオレッタは今展開されている結界の中で真っ青になり、ガタガタと震えている。

 これだけ震えているならば、今起こっている地震は、きっと普通の状態ではないのだ。


「な、なん、ですか、これ」


 ガタガタと震えるヴィオレッタを慰めるように、明日香は優しく彼女の背を撫でる。


『大丈夫、この中にいたらヴィオちゃんは怪我しない』

「で、も」

『揺れがおさまるまでは、動かないで。ドアがもし開かなかったら、魔法でぶち抜く』

「……っ、はい」


 とてつもなく冷静な明日香を見て、少しだけヴィオレッタは落ち着いてきたらしい。

 震えながらも深呼吸をして、ぐっと揺れがおさまるのを結界の中で大人しくじっと耐えている。


 揺れがおさまってから、ほっと安堵の息を零したヴィオレッタだったが、明日香からはまだ立ち上がるな、と言わんばかりに肩に手を置かれた。


「アスカ、さん?」

『もうちょっとだけ。……お願い』

「は、い」


 こくん、と頷いてくれたヴィオレッタに明日香はほほ笑みかける。

 その微笑みを見て、ヴィオレッタはようやく震えが少しだけましになるのを感じた。


 揺れがおさまった頃、城の中は一気にあわただしくなったらしい。

 恐らく働いているものたちの悲鳴や、忙しない足音があちらこちらから聞こえてくる。


「一体、何が……」

『ヴィオちゃん、立ち上がっていいよ』

「あ、はい」


 よいしょ、とヴィオレッタが立ち上がるタイミングで結界を解除した明日香は、窓の方へと向かうようにヴィオレッタを呼んだ。


「……アスカさん?」

『外の様子、見れるかな』

「見れますけど……何ですか、今の。地震……?」

『あ、地震はこの世界でもある?』

「ありますが……ほぼ無いに等しいと思っていただければ……」

『ほぼ、無い……』


 本当に何なのだろうか。

 しかし、明日香の感じた異変が単なる地震が起こることの前触れなどでなければ……と思えばとてつもなく嫌な予感に襲われる。

 気のせいであってほしい、そう願いながら明日香とヴィオレッタは窓の方へ向かい、外の様子を確認してみた。


「え……?」


 空に見える亀裂。

 しかしあれは、単に『空』ではなく……。


「結界に……亀裂、が……」


 ひびの入ったのは空ではなく、王国を広く覆っていた結界だったようだ。

 ヴィオレッタの顔色から察するに、恐らく今まではヒビなど入ることは無かったのだろう。更に言えば、これを修復できる人こそ、ヴィオレッタただ一人。


『こんなに唐突に綻ぶもんなのかな』

「……分かりません……前回の綻びは、私が生まれる前ですから……」

『……ふむ』


 ヴィオレッタはここを出て結界の修復に向かう、と話してはいるものの、もっと早く出ておけば良かった、と明日香は後悔した。

 恐らく、これから王家のパフォーマンスにヴィオレッタを使われてしまうことは間違いないのだから。

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