新たな一歩は別離への一歩と、未練がましい人
遥か昔、歴史書に記録として残されている頃より既に、王国は結界に包まれ、守られていた。
その結界は魔物の襲撃に耐え、王国民を守り、土地の浄化を行っていた。
だが結界は、いつまでも在るものではない。
力が尽きれば、いつかは消滅してしまう。
では一体誰が、それを修復していたのか。
王族の中で『ハズレ』とされていた存在のはずの、『純血王家』と呼ばれる、『魔力無しの役立たず』。
数代の内で生まれている彼ら、あるいは彼女らはいつしかある程度の年齢になると、どこかへと派遣されていっていた。
正確な記録としては残っていないが、恐らく結界の要石のところだろう。
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ぱら、とページを捲るたびに挿絵付きで丁寧に書かれている過去の『純血王家』の人たちの、あまりに軽すぎる扱い。
「これって……」
『ヴィオちゃんよりも前に生まれた、純血王家の人たちが何をされてきたかの、歴史書……?』
「でも一体どうやって、今はハズレ、とまで言いながらもわたくしたちのような者への有益性を発見したというんでしょう……」
『ヴィオちゃん』
明日香が指さした先には、こう記されていた。
ヴィオレッタは、その箇所を指でゆっくりなぞりながら読んでいく。取りこぼしのないように、読み間違いのないように、慎重に。
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せめてできることはないかと、とある純血王家の者が旅に出た。
行きついた先は、無意識ながらも結界の『要石』。彼、もしくは彼女だったのかもしれないその人は、何の気なしに要石に引き寄せられるように近づいて、そして触れたそうだ。
要石は彼、もしくは彼女が触れた途端に、石が共鳴するかのように光り輝き、力を使い果たそうとしていた要石へと必要な力が吸い込まれていったのだ。
王国民は歓喜した。
ああ、結界が修復された!一か所衰えていた、まさにそこが修復された!
しかし、誰がやったのかだなんて、彼らは知らない。
たった一人、何か役に立つことができたのなら、というささやかな願いを抱いた彼、もしくは彼女は静かに息を引き取っていたのだから。
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「え……?」
絶望的な内容が記されていることから、ヴィオレッタはつい硬直してしまう。そんな彼女の頬を、明日香は軽く叩いた。
『ショック受ける前にヴィオちゃん、その先読んで、早く!』
「っ、は、はい!」
慌てて読んだ先、そこにはこう記載されていた。
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だから、彼女、あるいは彼らは死なないための手段が何かないか、と調べ始めた。死ぬために要石へと向かっては本末転倒だ。死にたいなら死ねばいいが、生きたい人だって必ずいるのだから。
しかし、純血王家の特殊な魔力に耐えうる生き物や精霊はこの世界に存在しない。……であれば、他の世界を頼ってしまってはどうなのだろうか、という仮定を立てた。
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「これ……!」
まさに、ヴィオレッタがやった『聖女召喚』のことではないだろうか。
この『聖女召喚』に至り、仮説としては、以下の内容が考えられた。
そのまま結界の要石に力を補給したら、その人が死んでしまう。回避する方法を探していたのだが、この世界には叶えられるだけの力を持った人・あるいは生物が存在しないのだから、他の世界に賭けた。
そして、新たな術式の開発を行い、純血王家のみが持っている魔力の波長に合わせるようにして術式を起動させることで、補助の力が最も強い『何か』を召喚することが出来る。
召喚したものが人である場合、この世界を救う存在としてあることから総称して『聖女』と呼ぶこととする。
いつしか、召喚したのが女性であれば『聖女』、男性であれば『聖人』と称し、もしもそれが神獣などの召喚獣である場合は『聖獣』と称することとした。
「そうか……だから……」
『だから、結界の修復が終われば、聖なる存在である『聖女』だったり『聖人』だったり、あとは『聖獣』?だっけ。力を使い果たしたら、元の世界へと戻っていく』
パラ、とヴィオレッタはまたページを捲った。
「なお、純血王家の者が結界修復を成し得た後、純血王家の者の魔力の流れは普通になる……って……」
『純血王家として引き継がれた魔力は、あくまでも結界の修復が出来る唯一の要因としての特別な力、ってやつなんじゃないかな。それを使い切れば、魔力がすっからかんになるんじゃなくて、そもそも抑えつけられていたものだから、上が無くなれば……』
「本来あるべきものが出てきて、使えるようになる……?」
うん、と明日香は力強く頷いてみせた。
そもそも魔力なしではなく、覆い尽くされているからこそ普通の方法では測定できない。測定できないから、『魔力なしの役たたず』として認定するしかない、という何とも短絡的な思考回路のもとでこうなったようだ。
『本来なら、選ばれた存在にもかかわらず、知識不足や決めつけが横行した結果、『役立たず』っていうレッテルが張られちゃった、ってわけだね』
「……正しき教育が必要ですね……」
『でも、同じ立場だった場合、面倒だからもうさっさと居心地の悪い場所からは離れてしまおう、っていう結論に皆達した、と』
「……」
思わずヴィオレッタはふい、と視線を逸らしてしまった。
ヴィオレッタ自身も、結界の修復を成し得たら、さっさとこの国からは離れてしまおうと考えていたのだから。
『そうなって当たり前だと思うけど、今は後のことよりもいつ出発するかとかを考えようか、ヴィオちゃん』
「はい」
広められるなら、きちんと正しい知識を広めたいという気持ちは大いにある。
だが、自分が迫害されてきたこれまでを考えるに、『どうして手を貸してやらなければいけないのか』という思いの方がどうしても大きくなってしまう。
『出発するとして、ヴィオちゃんドレス移動は厳しくない?』
「普通の服もありますよ。ズボンもありますし……あ、売れるドレスは売りましょうか。一応王女としての体面を保つためのドレスもありますし、袖を通していないものもちょこっとはあるので、新品扱いで売れるかも!」
本当にこの子逞しいなぁ……と思わざるをえないこの発言に、明日香は『ウン……』としか言えなかった。
だが、不意にヴィオレッタは動きが止まってしまい、明日香に対してどこかすがるような目を向けているではないか。
どうしたのだろう、と明日香が思っていると、ヴィオレッタはぽそ、と小さな声で問い掛けてくる。
「修復が終われば……アスカさんと離れてしまうんですね……」
『そこんとこは、後々会う親戚さん、だっけ。その人に聞いてみない?何か良い案くれそう』
「……」
『一回結ばれた縁って、そうそう切れないもんだよ、ヴィオちゃんや』
元気づけるように、悲しくならないようにして明日香はヴィオレッタの背を撫でる。
最後まで投げ出さず、ヴィオレッタが笑って未来へと羽ばたけるように。
読んだ本の内容は、忘れることは無いだろうから元あった場所へと早々に戻した。
そして、要石の場所を正確に知るために、専用区間からは退出する、……と。
「ヴィオレッタ!」
「…………」
心の中ではヴィオレッタが「まだしつこくいやがったんですかこの人」と、とんでもない毒を吐いている。
諦めるかと思えば諦めない、ヴィオレッタが離れようとしている今、縋り付いてくるようにも思えるような行動をとっている。
既に婚約は解消されているというのに、飽きない人だな、とヴィオレッタは溜め息を吐きつつ明日香が表に出ている状態をぱっと解除した。
「その、なにか見つかった、か?」
「……あなたに関係ありませんので、どうぞお気になさらず」
冷たく言い放って、すたすたと図書館を慣れた足取りで進むヴィオレッタを、慌ててアレクシスは追いかけるが通りすがりのメイドを見つけて手招きをした。
「あなた、ヘルクヴィスト公爵子息がお帰りになるからご案内してさしあげて」
「え!?」
「待ってくれヴィオレッタ!」
「わたくし、あなたの満足心を満たすための道具ではございませんので、早々に新しい婚約者を探すなりご結婚されるなりしたらいかがです?」
果てしなく突き放しているにも関わらず、アレクシスがどうしてこんなにもヴィオレッタに執着してくるのかが、ヴィオレッタには分からなかった。
間違った方向性の恋心を向けられているなんて気付くわけもないし、ヴィオレッタの中にあったはずの恋心はどこか遠くへと流れていっているので、アレクシスに対してもう一度恋ができるかと問われれば彼女の中の答えは間違いなく『No』であるに違いない。
「わたくしが何をしようと、あなたには関係のないことです。どうぞ、もうわたくしのことなどお忘れになってくださいませ」
元の見た目に戻ったヴィオレッタは、本を持ってすたすたと自室へと向かっていった。
その背中を見送るアレクシスは呆然として立ち尽くしており、側にいる従者が遠慮がちに声をかける。
「もう、諦めませんか……。ヴィオレッタ王女殿下は、アレクシス様との婚約を無かったことにすることをご希望とされたではございませんか」
「だから、また最初から」
「信頼をしていない、むしろ疑ってすらいる相手から向けられる好意など、嫌悪しか生みません。ヴィオレッタ王女殿下をお想いになるのであれば、もう近づかないこと、それが一番でございます。さぁ、公爵家に戻りましょう」
「……っ」
早く現実を受け入れろ、という言葉にアレクシスは何も言えなくなり、力なく肩を落としてようやく王城を後にした。
こんなにも自分がヴィオレッタに対して未練がましくすり寄るなんて、想像できなかったが、いなくなって初めて気付いてしまったのだが時すでに遅し。
ヴィオレッタは、これからの未来へ目を向けて前に進もうと明日香の手を借りて、一歩を踏み出したのだから。
ここまでで、第一章という感じです。
ヴィオレッタ、着実に前に向かいます!




