図書館前にて、「よし帰れ」
もうヴィオレッタは落ち着いただろう、と明日香は判断した。
アレクシスの名前を出したり、弟であるリカルドの名前を出してしまうと反射的にイラッとしてしまうようだが、今はその二人や家族のことを考えるよりも他のことを考えなければならない。
「アスカさん、こちらです」
『はいよー』
何となく、明日香はヴィオレッタに自分の姿が見えていた方が良いのかな、と思ってこうして姿を表に出している。
勿論二人の間には細い紐のようなもので繋がれた証があり、それは普通には切れることはない。切れたらどうなるの?と明日香が興味本位で聞いてみたら、ヴィオレッタからは真顔で『明日香さん、強制送還されます』と返された。
今の状態のヴィオレッタを一人置いて誰が帰るか!と固く誓った明日香は、万が一がないように注意しながら一応魔法を発動できるようにとイメージはしっかりと持っている。
『広いねー…』
「かくれんぼしたら楽しいんですよ。…まぁ、その…見つかる可能性も少ないわけですけど」
『ヴィオちゃん、見つからないようにしてたんでしょ』
「う、はい」
だろうと思ったー、と明日香は笑う。
この子は今まで一人で置かれているのが当たり前で、下手をしたらきちんと世話をされないままに放ったらかしにされていたのだろう。
会話をする相手によってはくるくると表情が変わり、こんなにも愛らしいのに明日香以外の前では頑なに心を閉ざしている。
恐らくリカルドやアレクシス相手では、もう何があろうとも心を開かないことは容易に想像できてしまった。
『ヴィオちゃん、この世界で換金しやすいものって宝石とかアクセサリーとか貴金属類?』
「そうですけど、それよりもっと効率良く換金出来るものがありますよ」
『え?』
「魔物を倒した時に手に入れられる魔核、と呼ばれるものです。宝石みたいにキラキラしていて、透明であればあるほど取引価格は高くなります」
『詳しいね?』
「ええ、もちろん!だってスライムくらいなら簡単に」
『ほう?』
「あっ?!」
やばい!とヴィオレッタは思わず口を塞いだ。
ヴィオレッタにとって、明日香は母であり、姉であり、友人のような貴重な存在。
そして明日香はヴィオレッタのことをとっても心配している
『ヴィオちゃんや』
「はい」
『あとで中の世界で頭ぐりぐり』
「うぐっ」
あれ痛いんですからねー?!と反抗するヴィオレッタだが、明日香から『危ないでしょうが!』と叱られてしまえば、しゅんとしてしまう。
今まで素直にごめんなさい、と行ったことがほぼ皆無だったから、叱られながらもくすぐったいような感覚に襲われるヴィオレッタ。なお、何度も言うがヴィオレッタと明日香は深いところで感覚の共有をしているから、その心情も丸わかりなのだが。
『ヴィオちゃんを後でめっ、ってするのは確定として』
「えぇ…」
『目的の本って探すの大変そう?』
「うーん…本格的に探したことがないので、何とも…」
むむ、と悩みながらヴィオレッタはどうやって探そうかと自分が使える術を思い浮かべる。
『検索とかできない?』
「検索…?」
『タイトルが分かってれば、どの辺に置かれてるか索引的な…こう、ほら』
「えぇと、頭文字順に並んでいるかどうか、という感じですか?」
『それ!』
上手く言えなくてごめんねー!と思いながらも、明日香は自分の世界の検索機能、あるいは図書館に置かれているパソコンでの検索がいかに便利だったのか思い知ってしまう。
「そうですね、綺麗に整頓されていれば可能です。ただ…」
『ただ?』
「タイトルが…」
『……あっ……』
言いにくそうに呟いたヴィオレッタと、色々と察してしまった明日香。
『タイトル順には…』
「なってると思うんですけど、そのタイトルが分からない…です」
『おのれ…!』
「何かごめんなさい…」
ふよふよ浮いている明日香は天を仰ぎながらも移動するという、器用な芸当を披露している。地に足つかないから仕方ないのだが、すれ違うメイドがぎょっとしているのはもう気にしないことにした。
なお、メイドはどうやらヴィオレッタに話しかけたそうにしているが、ヴィオレッタの中でメイドと会話するという選択肢はないようだ。
『ヴィオちゃん、進行方向にね?』
「……」
『ヴィオちゃん、顔』
顔全体、否、体全体で会いたくない、と表現しているが、ヴィオレッタは(一応)この国の王女である。
『それ、王女さまがしちゃいけない顔だからね?ヴィオちゃん!』
「…何でいるんですかね…」
『んー…』
明日香は、彼も必死だったんだろうな、と思った。
婚約は既に解消されているし、弟であるリカルドはようやく大人しくなった。
王妃は、国王が抑えてくれているから妙な干渉はないから、物凄く楽なのに。
「……」
「ヴィオレッタ…!」
ヴィオレッタを見つけて、駆け足でこちらに寄ってくるアレクシス。
ホッとしたような顔をしているのだが、ヴィオレッタの顔を見てぎくりと顔を強ばらせた。
拒絶されるのは理解していたらしいけれど、ここまで徹底的にとは思わなかったようだ。
「何か…御用ですか」
「手伝えることは…」
「わたくしの視界に入らないでくださいませ。それが一番の手伝えることですわ」
まるで捨てられたような、とても悲しげな目をしているが、明日香の方に視線を向けてくるアレクシスは相当必死なようだけれど、助けてやるつもりもない。
振られたのだから受け入れろよ、と思う。
『あのー…喉元すぎれば何とやら、とは言いますけど…。あなた達、手のひらクルクルしすぎるんですよ。ヴィオちゃんのこと、考えてないじゃないですか。自分のことしか考えてないでしょう?』
「それ、は」
明日香が代わりとなってアレクシスに思い切り言葉をぶつけたせいか、彼にとっては話しやすい人認定されたらしい。
しかし、明日香はどこまでいってもヴィオレッタの味方なのだから、彼の助けにはならない。
『とりあえず、邪魔しないでください。あと周りうろつかないであっちいってくださいね、ヴィオちゃん折角落ち着いたのに、またピリピリしちゃってるので』
「す、すま、ない」
「……」
ぽそ、と呟かれたヴィオレッタの言葉が、アレクシスに聞こえていなくて良かったと思う。
明日香にだけはしっかり聞こえていた。
「何で来やがったんですかね、人でなしのくせに」




