娘としての最後のお願い
お久しぶりです!
こちらも久々更新です!
「婚約、解消?」
あの後、使用人たちの目なんか一切合切気にせずに、ヴィオレッタは国王の執務室へとやってきて、開口一番に『どうぞ、わたくしのような役立たずとの婚約なんか無かったことにしてあげてくださいませ』と言ったのだ。
とてもにこやかに、晴れ晴れとした笑顔で。
「し、しかしだな」
「役立たず、なんだそうですわ」
ヴィオレッタの笑顔を見たことがない側近は、ぽかんとしていた。
それよりも、彼女がこうして国王の執務室へとやってくること自体、そもそもこれまでではありえなかったこと。来たとしても追い返されていたから、今のこの場面が有り得ないのだ。
「あ、あの…王女殿下…」
「黙ってくださる?貴方には一切関係ないことですので」
「しかしですね!」
「……黙って?」
一瞬、ヴィオレッタと明日香の声が重なる。
明日香の意識がつい表に出そうになったのを直前でギリギリ耐えた結果、声だけは表に出てしまったらしい。
へ?という側近の間抜けな声と、国王のぽかんとした顔がとても面白いものに感じられてしまうあたり、ヴィオレッタ自身は『あぁ、なんて滑稽』と思えてしまったのだ。
国王も、見たことがないヴィオレッタの様子に戸惑ってしまう。しかし、そもそもヴィオレッタ自身を今まで見てこなかったのだから、おかしいと訴えたところで『何がどうおかしいのか』と問い返されれば、何も答えられないのだが。
「陛下……どうぞなるべく早く、公爵令息とわたくしの婚約を、何卒! 解消してさしあげてください。そして、彼いわくの『当たり』のご令嬢を探してあげるのがよろしいかと」
「ひ、人を当たり外れなど!」
「陛下たちも同じことを仰っていたではありませんか。ご自身を棚に上げるのはおやめくださいませ」
あくまで、これは父と娘の会話である。
しかし、どう足掻いても父と娘の会話には見えない。
一番の原因は、ヴィオレッタがあくまで『国王』としてしか接していないことだろう。だが、そうなる原因を作ったのは紛れもなく国王自身なのだから、どうしようもないことではある。
「いつ頃婚約解消されるのか、公爵令息にはお伝えして差し上げてくださいね!」
何せ、とヴィオレッタは笑顔で容赦なく続ける。
「かの公爵令息におかれましては、色々な人の前でわたくしのことをハズレだと仰っていましたので……きっと、さぞやわたくしがハズレで、役に立たない王女なのかは皆に知られておりますわ」
「ヴィオレッタ……っ」
国王が顔面蒼白になろうが、ヴィオレッタは知ったことではない。王族もこぞってヴィオレッタに対しては『役立たず』だの、『無能』だの、『ハズレ王女』だの、まぁ色々と言ってくれていた。
ヴィオレッタの『中』にいる明日香にも、色々と言われている頃の記憶は共有されている。
どれだけ泣こうが、やめてくれと懇願しようが、誰もヴィオレッタの言葉なんか聞いてくれることはなかった。むしろ逆効果でしかなかったのだから、お察しというものである。
だから、ヴィオレッタは諦めたのだ。
家族を、婚約者を、全て諦めて、一人でどうにかして生きていこうと思い、必死に文献を検索した結果たどり着いたのは少し前にいた『純血王家』の親戚の存在。
王家のあれこれを記した書物を見つけ、読み漁り、『聖女召喚』をなし得たその人のあれこれが記載されていた。王宮から出て、結界修復をしながらあちこち渡り歩いていたという。
家族たちには助けを求めず、表向きは一人だったけれど、その人には自分の中に支えとなってくれる人がいた。
傍から見れば一人で何やら怪しいことをしているような、頭がおかしくなったような風にしか見えないけれど、実際結界の修復はきちんと成されている。
ということは、『聖女召喚』が成功し、結界修復に必要な術が行使できるようになったということの証明でもある。
なら、ヴィオレッタもそうしようと決めた。だから、明日香が召喚された。
実際、ヴィオレッタの今の心の支えは明日香であり、また、明日香にとってもヴィオレッタは心の支えであり拠り所でもある貴重な唯一無二の存在なのだから。
「いつ頃になるか、分かり次第わたくしにもお知らせ下さいませ」
「待て、お前は彼との婚約を喜んでいたではないか! ほ、本当に婚約解消してしまっても良いと、そう言うのか?!」
「はい」
「どうしてだ!」
「まぁ……おかしなことを仰る陛下ですこと」
「おかしな、こと?」
「人の心を踏みにじり続ける人と、いくら両家の結び付きを強めるためとはいえ結婚なぞできましょうか」
ころころと鈴を転がすように軽やかに。
綺麗に笑いながらヴィオレッタは、残酷な真実を父親である国王へと思いきりぶつけた。
先程からあれほど言っているのに、ともすぐに付け加えたからダメージは計り知れないだろう。
でも仕方ない。アレクシスがヴィオレッタを大切にしたことなんか、今まで一度たりともないのだから。
「それに、これは陛下や王妃殿下にとっても良きことではありませんか?」
「何が良いと申す!」
「え?」
「何が良いと、お前はそう言うのだ!」
「お分かりにならないのですか?」
「大切な娘のお前に! ……っ、どうして我らはここまで拒絶されねばならぬ!」
「まぁ、困りました」
さほど困っていないような声音で、うーん、と唸ってからヴィオレッタは更に言葉を続けた。
「役立たずが居なくなるから、てっきり皆様泣いて喜ばれるかと……わたくしそう思っておりましたのに……」
「『ヴィオレッタ』」
途中でヴィオレッタの言葉が止まり、ヴィオレッタの声に明日香の声が混ざり、外見も一気に変化した。
「おまえ、は」
「『あなたが、ヴィオレッタのお父上?』」
「聖女……か」
「『国王たるもの、もう少し聞き分けが良いと思っていたけれど……そうでもないのね。現実を受け入れられない、可哀想な人だこと』」
ぐ、と国王は言葉に詰まってしまう。
ヴィオレッタから散々言われた、これまでの仕打ちに対するヴィオレッタ自身の思い。
だが、これからやり直していけると思っていた甘い考えがあるのも、また事実なのだ。
「『ヴィオレッタが、少しだけ交代してほしいと言いましたので私、出てまいりました』」
「貴女から……説得はしてもらえませぬか……」
「『何故?』」
「何故、だと」
「『子を、最初に要らぬと申したのはそちらでは?』」
更にぐうの音も出ない正論パンチ。
どの面下げて取り持ってくれなどと言えるのか、そう言う奴の顔を見てみたい……と思っていたら目の前にいた。おおっといけない!と明日香は思い直してから更に言い募ろうとしたところで、ヴィオレッタからストップがかかった。
「『とにかく、私はそちらには手を貸しません。貸すのは大切なヴィオレッタ、ただ一人』」
それでは、と言い残して明日香はまたするりと戻る。
ヴィオレッタに交代したものの、彼女から感じるのはとてつもない怒りと嘆き。
ありゃ、と呟く明日香は『良いよー、言っておいでー』と背中を押す。ヴィオレッタが思いきり言い放てるように。何を言ったとしてもそれは間違いない君の思いなんだからね、と付け加えもした。
「いい加減にしてくださいな。……では、こう言い換えましょうか」
先程まで笑顔を浮かべていたヴィオレッタは、もういない。
どれだけ言っても足掻こうとしてくる父親であり国王が、心の底から鬱陶しくて、腹立たしくて。
「『娘』としての最後のお願いです。どうかわたくしを、ここから居なくならせてください」
言葉としてはおかしいけれど、でもこれがヴィオレッタの本音。心の底からの想い。
「どうか、ハズレ王女のわたくしを廃嫡でも何でもしてください! あなた方なんかと、できるだけ関わることのない、わたくしにとって穏やかな人生を歩ませてはいただけませんか!」
叫ぶようにして言ったヴィオレッタの目には、じわりと涙がうかんでいる。
それを見た国王は、もう取り返しがつかないのか、と愕然とし、持っていたペンを落としてしまった。
ころころころ、と転がっていくペンは書類の上にミミズが這ったような線を残して、デスクから落ちていったのであった。