ベオウルフ サイド・ストーリー
狂戦士覚醒
地下闘技場は観客の殺気と熱気に包まれていた。
剣闘士となった能力者同士をどちらかが戦闘不能になるまで戦わせる闇ギャンブルの賭け試合。
大金の札束が舞う血に染まった舞台。生き残り続けた者だけがいつかこの地下地獄から解放される未来を夢見ることが出来る。
日常を平穏に過ごす観衆は狂気と殺戮の非日常をこの闘技場に求める。
屈強な男達が血みどろになりながら戦う姿に狂喜する。次々と繰り広げられる死闘。
そんな中一同が息を呑み、沈黙の静寂が闘技場を包み込むほどの圧倒的存在感を放つ一人の男が現れる。
鎖に繋がれた上半身裸の大柄で屈強な男。肌はあさ黒く、毛深く、鍛え抜かれた筋肉の鎧で武装した全身は凄まじい古傷だらけだ。刃物傷から獣の爪や牙で引き裂かれたような古傷もある。
獣じみたエラのはった顎を剛毛な髭が覆う。その鋭い眼光は対戦相手を睨みつけて一瞬も微動だにしない。
リングアナウンサーがこの屈強な剣闘士のリングネームを声高に叫ぶ。
「この地下闘技場の絶対王者! 怒れる狂戦士! ベオォォーウルフゥゥゥー!」
生まれながらの狂戦士、ベオウルフが手に持つ大剣を天に突き上げると観客はドッとどよめき、歓声が宙を舞い、地下闘技場は揺れんばかりの興奮の嵐だ。
それに対して対戦相手はベオウルフよりもさらに巨大な獣だった。いや、正確には元は人間だったそれは獣人と呼ばれる。
かつて世界大戦真っ只中に強力な兵士を作るため政府の研究機関は極秘裏に遺伝子組み換えによる人体実験を行っていた。彼らは人為的に強力な特殊能力を得たが、引き換えに人であった頃の知性を失った。失敗作の烙印を押された被験者達、悲しい化物に居場所はなく殺処分される代わりにこの地下闘技場で使い捨ての剣闘士となって、殺し合いをさせられている。
試合のゴングも待たずに巨大な獣人がベオウルフに向かって駆ける。それでもベオウルフは微動だにしない。
獣人が飛びかかり襲いくる刹那、ベオウルフは力任せに剣を振り下ろした。刃こぼれと錆びだらけの大剣の一撃は斬るというより叩きつけるような攻撃だった。
ベオウルフの一撃は巨大な獣人の額をとらえた。一瞬にして巨大な獣人は絶命し倒れた。ベオウルフは吹き出した流血を頭から全身に浴びた。と同時に大剣も粉々に砕け散った。
圧倒的な破壊力だった。歓声は悲鳴混じりへと変わった。
ベオウルフは一言も口を利かず、ただ自分が殺した獣人の死骸を静かに見下ろしていた。
ボロボロの配管から出る赤茶に濁った色の水のシャワーを全身に浴びながら、ベオウルフは自分が先ほど殺した獣人の顔を記憶から消し去ろうと首を振った。
古傷だらけの肌を打つシャワーの水はいつにも増して冷たく感じた。
(オレはなぜこんなとこにいる?)
いつもの自問自答がはじまる。答えが出ることはない。
(オレはどこで何を間違えた?)
誰も答えない。誰にもわからない。ベオウルフ以外には。
(そうだ。オレは憧れていたんだ。ずっと)
ベオウルフはゆっくりと拳を握る。
(コミックの中で活躍する正義の味方、スーパーヒーローに)
だが鏡に映る自分の姿を見てその幻想は一瞬で消え去る。そんな夢が叶う未来はこなかったのだと自分がよくわかっていたから。
(怪物。そうだ、オレは怪物だ。上等じゃあないか)
ベオウルフは握りしめた拳で力任せに壁を殴り付ける。シャワー室の壁は割れ瞬時に抉れる。
(オレに襲いかかるヤツは全員叩き潰してやる。誰だろうと全員だ)
全裸でシャワーを浴びるベオウルフの背後にスーツ姿の黒人の女が近付く。女はベオウルフに声をかけた。
「私はある異能力者の部隊を指揮する者よ。あなたをここから出してあげるわ。私の命令に何でも従えるならね?」
ベオウルフは振り返り静かに頷いた。そして自分を繋ぎ止めていた鎖をその怪力で引きちぎった。
シリーズ展開に登場予定。
今後の作品もよろしくお願いします!