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神都に着いたのは日が傾き出したころだった。
いやー、めちゃくちゃ順調だった。帰りは森歩きのレクチャーの実習として私が主体になって戻って来たが、感知魔術を使うと自分の痕跡が探せる事に気付いちゃったからね。
魔力が尽きた時のために魔術無しで出来るようにしといた方がいいのかもしれないけど、まあ、魔力がガン減りしてる時はそもそも碌に動けないっぽいから考えるだけ無駄でしょって事で。
ティーレさんは報酬を前払いで貰っているそうで、城壁の門で別れる事になった。
「魔術協会の道案内って毎回変わるんですかね?」
「知らん、オレに聞くな……。一々自己紹介しあうのも面倒だからか、同じヤツと組む事は多いと聞いている」
「そうなんですね。私、しばらくは神都に滞在するつもりなので、また機会があればよろしくお願いします」
ペコっとやってから、なんとも言えない渋い顔を浮かべたティーレさんに気付く。
……ああ、そう言えばお辞儀は変なんだっけ? 気付いたはいいものの、城の中では当たり前のように皆会釈をしあうので、ほんの数日ですっかり忘れてたなぁ。
ティーレさんは悪い子ではなさそうだし、今日一日世話になりっぱなしだったので、最後にジャムを売っているはずのメイラさんの事を教えて、個人的なお礼として200テトリを渡してから解散した。
森の案内はともかく、歩き方のレクチャーに関しては多分めちゃくちゃ丁寧にやってくれたと思うので。依頼料は協会持ちらしいけど、まあ、チップ的なね。
魔術協会の支部にはソラルさんもアンリさんも居なかった。
どうやら出掛けてしまっているらしい。
日が沈む頃まで戻って来ないというので、明日の午前にまた来るように伝えて貰うことにして、別の事務員っぽい人にお願いして任務の完了報告と納品を済ませる。
「……はい、確かに白棘蜥蜴の棘尾4本、納品となります。お疲れ様でした。報酬は2200テトリですね」
「ありがとうございます」
魔獣猟団と違って、魔術協会には基本給的な概念は無い。あるのは依頼の成功報酬のみだ。
でも依頼料と素材合わせて1日で2200テトリも稼げるならかなり割は良い方だと思う。
白棘蜥蜴の尻尾の相場は知らんけど、猟団の時の買取料を参考として、大きさとか生息地までの距離、魔獣の厄介さから考えても、一つあたり250〜400テトリくらいだろうし。
それにティーレさんの道案内代も協会負担だし。うん、多分割は良いだろう。
「ちなみに、皮の鞣し職人さんとかってどこに依頼するんですか」
「この支部では城の修道士にお願いしているみたいですよ」
「えっ、修道士が?」
ものはついでと、メイラさんに売りつけるべく取ってきた白い鱗皮を加工しておこうと聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。
修道士ってそういう生臭やって良いのか?
いや、近場も近場どころか、家みたいなもんなので、都合は良いけれど。
「胴体の皮を持ち込むのであれば、尻尾の加工と一緒に出しておきましょうか?」
「あ、いえ。大丈夫です」
どうせ魔術協会を間に入れるより、自分で持って行ったほうが早い。
そう思って断ったのだが、提案してくれた職員さんには少し不満そうに「神都で革加工請負してるのって城しかないと思いますけどね」とブツブツ言われた。
この人、私のこのめちゃくちゃ神官ちっくな服装見て、なんも思わないんだろうか。
◆
「へえ、そんな事が?」
初任務について聞きたがったミルサリさんが顔を出したので、夕食は借りている私の部屋で食べることにした。
ミルサリさんは食堂を使わないらしいし、ご飯食べながら魔獣退治や生皮の話とか、聞こえてきたら嫌な人もいるかもしれないし。
「そうなんですよ。昨日の今日なんで、私が勇者神教に面倒見て貰ってるなんて知らないのは当然なんですけど、それにしても服とかでなんとなく気がつかないのかなと思って」
「そうですねぇ……ハイリさん、王都に居た時や今日の行き帰りで、うちの神官かと思うような方を見かけましたか?」
「いや?」
「そうでしょう。各々、私事での外出の際は私服に着替えますし、外套などを羽織りますので」
…………。あー、なるほど? つまりこの服って、私が思ってたよりずっと内勤用の制服的なやつってことか?
考えてみれば、そりゃそうだ。元の世界でだって、普通に生活してる中で宮司さんや和尚さんだと一見で分かるような人と遭遇した覚えはない。
けど同じ町内に住んでれば、知らないうちにすれ違ってる事だってそれなりにあるだろう。つまり私が気付いてないだけという事だ。
「あれ、でも、今日道案内してくれた女の子は私が勇者神教の関係者だってすぐ気がついてたみたいですよ」
森歩きを始めてすぐ、修道士かどうか尋ねられた。教会騎士ではなく魔術協会を通して動いてるのは訳があるのか? と不思議がっていた。説明が面倒なので、支部長であるソラルさんとの個人的な付き合いだ、でざっくり流したけども。
「この街に親の代から住んでいて、城に礼拝に来たことの無い子供は居ないのではないでしょうか。街のあちこちにも礼拝堂のような施設はありますし。魔術協会の方は、勇者神教の教えには特に関わりが無いままこの町にいらしている方も多いので……」
つまり、あの人は勇者神教の神官の服とか全く知らんという訳か。なるほどね?
「王都のすぐ横で同じ規模の街を構えてるくらいなんで、この国の人はみんな勇者神教を信仰してるのかと思ってたんですけど、そうでもないんですか?」
「ええ、実のところ、うちはかなり特殊で……神を信仰するというより、まず神の恩寵が確かに存在していて、それを扱う組織なのでとりあえず宗教団体という事になっているんですよ。なので、あんまり信仰心やら戒律やらには関心が無いのです」
「……えっと?」
「信仰というと、大半の方は祖神というものを大事にされているようですね。レヴォーシャにもよく見るとあちこちに祠がありますよ」
なんかよく分からん話になってきた。
宗教だけど宗教じゃないってこと? えっ分からん。勇者神教の神の事はみんな別に信じてないってこと? あれ? 宗教の認識が違ってるのか?
「あ、そういえば、勇者様が似たようなお話を聞かれた時に、テラとジンジャーを信仰するみたいなことか、というような事を仰っていたようですが」
テラと……寺と神社か。神田さんそんな事言ったのか。
まあ確かに二重三重に宗教に軽く関わりを持つのは日本人としてよくあるというか、ごく普通の状態かもしれない。




