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カァーン! と甲高くて硬質な鐘の音が聞こえてきて、それでビクッと目が覚めた。
……朝だ。この目覚ましがわりのカンカン音も一月ぶりだ。
敵襲みたいで毎回ちょっと吃驚すんだよねコレ。王都の支部の雄鶏の声の方がすでに恋しい。
よいしょ、とベットから降りて身支度をする。
相変わらず服は用意してもらう形だ。王都へ持っていったものと、王都の支部で借りたものが回収され、新しい服を支給してもらったのだが、着るとこれまでとは少し形が違った。
なんか、これまで着てたやつより袖とかがピタッとして、動きやすくなってる。上着の形がジャケットに近くなったらしい。ありがたい。
身支度を終えたら、昨日場所を確認した食堂へ。
昨日までは部屋に運ばれたものを食べてたが、今日からは食堂を使わせて貰うのだ。
ミルサリさんから城の食堂はメニューが選べるって聞いちゃったからね。別に好き嫌いは無いけども、選択肢があるなら当然そっちの方がいい。
城は生活区画であってもいつもなんとなく静かだが、流石に食堂だけは活気があった。
家族向けの部屋に入っている人以外は皆ここで食事をするらしいので、そりゃそうなるか。
太い柱の立つ広間のような空間にテーブルセットが沢山置かれていて、入って右手側奥にお盆に乗った料理が並べられた机がある。
列ができているのでひとまず並んだが、料理はどんどん渡されるので捌けるのは早い。
すぐに自分の番が来て、列の先で待ち構えていた神官さんが「おはようございます」と爽やかに笑う。
「本日の朝食はケディシュの卵かカルタ豆を選べます」
「……えっと、卵の方下さい」
卵にも種類があるのか、と思ってちょっと反応が遅れてしまった。
はいどうぞ、と渡されたお盆には普通にスクランブルエッグのようなものが乗っかっている。
鶏はウサギと同じように翻訳される言葉の筈だが、ケディシュとは一体。翻訳されないって事は、地球上に無いこっちの固有の何かってことになる筈だけど……。
食べると慣れ親しんだ卵よりちょっと味が濃く、食感もしっかりしている気がした。
でも卵は卵なので、あんまり気にならないな。マジでケディシュってなんなんだろな。
◆
朝ごはんを食べ終えたら、祭祀区画へ向かう。
待ち合わせ場所である区画の入り口に行くとミルサリさんはもうそこで待っていた。やべっ、遅かったかな?
「おはようございます」
「おはようございます! 遅れたようで、すみません」
「いえ、大丈夫ですよ。私が早めに待機していただけですので。大抵の神官は朝が早いので」
「どうやって起きてるんですか?」
「寝ずの番をする係がありまして。その係が夜明けと共に修道士や早朝のお役目のある神官を起こしてまわるのです」
「なるほど、人力目覚まし……」
王都でもハルニヤさんが雄鶏の鳴き声より早く起きていたが、同じ仕組みで起きていたのだろうか。
「では、早速参りましょうか」
そう言ったミルサリさんは、何故か祭祀区画の中へと私を促した。
え? 行き先そっち? 魔術の実践ができるところに連れて行くって昨日言ってた気がするんだが?
なんとなく嫌な気配を感じつつ、それでも黙ってついて行く。生活区画より少しだけ装飾のある廊下を進み……なんか見たことあるような気がするな、ここ。召喚初日に通ったりしたのかもしれない。
多分区画の真ん中あたりまでやってきたころ、ミルサリさんが大きくて重たそうな扉を開けた。
その向こうは屋外になっている。空間的にはさっき利用したばかりの食堂くらい広かった。地面は綺麗に整備されたグラウンドみたいなクリーム色の砂地で、雑草の一本も無い。
「えっと。今日、ここ使うんですか?」
「ええ、そうですよ。お呼びしていた魔術師の方もすぐに来ると思います」
「ちなみになんですけど、ここってもしかして勇者の訓練所……?」
「おや、よくお分かりになりましたね」
分からない訳が無い。祭祀区画のど真ん中にある謎のグラウンド状の中庭を、勇者以外の誰が何目的で使うというのか。
というような事をオブラートに包んで言ってみると、ミルサリさんの顔の布がふわふわした。なんか笑われている。
「……一応、勇者様以外もこちらを使う事はそれなりにありますよ」
「え、ほんとですか。何するんですか?」
「火を焚くような儀式に使ったり、レクリエーション大会をやったりですね」
「なんて?」
予想だにしてなかった単語が飛び出してきて、思わず聞き返してしまった。
レクリエーション大会? 神官達がここで?
……まあ、他にどう翻訳したものか分からない言葉ではあるかもしれない。意図は伝わる訳だし。
「ただ個人的にここをお使いになられるのは勇者様か、守護聖の方のみですね。ああ、魔術師の方がお見えになりましたよ」
なんか聞き捨てならない注釈が入ったが、待ち人が来たのでツッコミも出来ない。ミルサリさんに示されて扉の方を見ると、黒いローブみたいな服装のお兄さんがドアの陰からこちらを伺っていた。
……思っきし不審だが、何してるんだろうか。普通にこっち来ればいいのに。
「ソラルさん、どうされましたか」
「…………………………いや、外、眩しくて」
なにやらその人はモニョモニョとそう言ったかと思うと、観念したようにフードを被って、とぼとぼした足取りでこちらへやってきた。
「では、ひとまず紹介しましょう。こちらがただいま神都にご滞在中の魔術師、ソラルさん。宮廷魔術師の方で、任務で駐在されていらっしゃいます」
え? そんな凄い人呼んでくれたの?
紹介されたソラルさんの事よりも、まずその事実に吃驚してミルサリさんの方を見てしまった。
「そしてこちら、ハイリさん。勇者様と共にこちらの世にお渡りになった方です」
……その紹介もどうなのか。
戸惑いつつもお辞儀をして、「佩理です、よろしくお願いします」と挨拶をする。
ソラルさんは、何も言わなかった。かくんと糸の切れた操り人形のように首が倒れて戻る。
なんだ今の。お辞儀か?
なんというか……凄い人来ちゃったな。その、総合的に。




