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「……ふーむ。二語詠唱に、水と風の属性習得ですか」
近況報告が終わったので、説明担当官さん改め、ミルサリさんに詳しく魔術についても状況を話した。
「分かってましたが、早いですね」
「何が分かってたんですか?」
「ハイリさん、一発で私の氷の魔術模倣して見せたじゃありませんか。もともと地球から来た方って、こちらの人より魔術の習得が早い傾向にあるのですが、ちょっとあれは尋常じゃないですよ」
見本で氷の魔術を見せたの、ミルサリさんだったと思うんですけど。
試したら出来ちゃったのは仕方ないとして、普通じゃないなと思ってたんならその時言ってほしいわ。
「なんとお伝えすればいいか……あなた、物事をそういうものだって受容する精神が強いんだと思います」
「え、性格ってこと? そんなんが魔術に関係あるんですか?」
「სულიの資質と言うべきでしょうか。魔術を扱うにおいては重要な事なのですよ。起こすべき事象に対して、本当にそんな事が起こるのかと思っていたならば、どうして思い描いた通りの魔術が使えるでしょう?」
あー……。なんだっけそれ、その翻訳が効いてない単語。
ここに来てすぐに聞いたやつだ。
王都じゃ全く聞かなかったからすっかり忘れてたけれど、えーと確か、『魂』的な概念だっけか。
「ハイリさん以外の地球の方は、もう少し魔術について懐疑的なんですよ。勇者様もそうでした。ああ、確かその話も載っていたような……」
ミルサリさんはなにやら思いついたようで、ごそごそと広い袖を漁り始めた。あ、異世界マニュアル?
…………彼は右を漁り、左を漁り、袂や帯みたいな部分を一通り探って、なにやらポン、と手を打った。
「用意しておいただけで、今日は持ってないんでした」
「は?」
「いやだってあなた、予定より早く帰ってきたじゃないですか。そろそろ必要かと思って資料室から出してはあったのですが、持ち歩いてまでいませんよ」
はぁ、左様で。そりゃあなんともお手数お掛けしているようで……。
早口で理由を述べるミルサリさんは、一月前に色々説明してくれた時と比べると、ちょっと態度が砕けたような、普通の範囲で気が抜けたような感じがする。
もしかすると異世界から勇者を呼んで、結構緊張してたりしたのかもしれない。
まあ、異世界人だって人間だし、勇者召喚は世界救う大儀式なわけで、そりゃそうか。
「んん、話を戻して、ひとまずあなたの魔術については明日直接見てみましょう。魔術指南が本格的に出来る方にもその場でご紹介します」
咳払いをして、ミルサリさんはそう話を纏めた。
勇者神教って結構大きな組織の筈なのに、今日の明日でよくスケジュール動くな。ミルサリさん結構偉い人だったりするんだろうか。
「よろしくお願いします」
「はい。それで、今日はどうされますか? 何もないようなら、改めてこの城の中をご案内致しましょうか」
ありがたいご提案に、じゃあそれで、と食い気味に返事をした。
一月前は滞在してた部屋とそれに面した小さい庭みたいな所くらいしか出入りしなかったので、私はこの城の中の事についてはほぼ全く知らないのだ。2週間居たとはとても思えないレベルである。
軟禁されてたというか、引き籠ってたというか。
神田さんとの接触を避けるという利害の一致でそうなっていた。
が、今回は一人行動もあるだろうから、なるべく早めにどこを出入りしていいのかとか把握しておきたい。
という訳で、お城探検ゴーゴー。
◆
勇者神教の城について一言で感想を言うとするなら、なんていうか、整然としているって感じだ。
地球の方で実際に何ヶ所か観光した事があったので、城という建物は基本的に軍事施設で、中の作りは必然的に複雑で不便になるという程度の事は知っている。
それと比べると、この城はびっくりするほどシンプルだ。ゴテゴテした装飾感が全然無くて、廊下は分かりやすく繋がっているし、なんならデカい階段には必ずフロアマップが置いてある。ショッピングモールみたいだぁ……。
そのフロアマップ的なものを覗き込んで、ミルサリさんはざっくりと城内部の構成について説明しだした。
城の中は祭祀区画、生活区画、修道区画、開放区画というふうに区画分けがされている。今私達がいて、借りた部屋があるのが生活区画だ。
住み込みの神官やら修道士やらが暮らしているらしい。イメージ的には……欧米の学生寮とマンションの複合系? フロアによってお風呂や食堂が共用だったり、家族住まい用の住居になっていたりするとのこと。
ちなみに、私の部屋はお客様用のフロアにあるらしく、ちょっと良いビジネスホテルの個室くらいの機能が備られている。
じゃあ神田さんはどこで寝泊まりしてたのかというと、彼女に関しては例外的に祭祀区画。勇者用の部屋があるんだそうな。
「普段は見学できますが、今は例外的にダメですね。勇者様が召喚されていて、元の世界にお帰りになるまで、ご滞在の際にはそちらをお使い頂くことになってますので」
「勇者神教に地球人のモラルに合わせる配慮があって良かったと思いますホントに」
王都で生活してきたからなんとなく分かる。
こっちの世界の大半の人は、それで見学料が取れるとかなら結構やっちゃいそうな雰囲気がある。
「祭壇の間と礼拝堂は見学可能です」
「ぜひ見たいです」
「ええ、滞在中に好きなだけどうぞ。管理官にはお伝えしておきますので」
……あ、今連れてってくれるとかではないんだな。滞在のための説明案内であって、観光ツアーではないらしい。
「こちらの修道区画の方は、残念ながら修道士と神官以外は立ち入り禁止です」
ミルサリさんの説明どおり、今見ているフロアマップは、修道区画にだけ見取り図が載っていない。
勉強したり、仕事したりするような施設が詰め込まれているそうだ。関係者以外立ち入り禁止なのは当然である。
で、残る開放区画はというと。
「……市民センター?」
「なんでしょうか、それは」
「これみたいなやつですよ。行政機能と市民の憩いの場を兼ねたやつ」
「ああ、確かに根本的に近いですね」
図書館や庭、大聖堂といった公共スペースから、お悩み相談懺悔室、市民の各種手続きカウンターと思しき機能、あと貸出できる会議室など。
「あの、もしかして勇者神教って地球文明から結構影響受けてたりしますかね」
「まあそれは、主神が主神ですし。それなりの人数の勇者様もいらっしゃってますからねぇ」
何を今更、みたいな声でミルサリさんは言った。
どうやら地球の気配がする気がする、というのは、神がどうのという感覚的な問題ではなかったらしい。
街全体に見知った概念や文化文明由来の様式やら仕組みやらがあるんだから、むべなるかなって話だよ。




