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大した事件も起こらず、8日目の昼過ぎごろ、神都レヴォーシャに辿り着いた。
思ってたよりかなり早く着いたなぁ。慣れない夜営をしながらの旅程だった事を考えると順調過ぎるくらいかもしれない。
荷馬車は城壁の門で調べる必要があるらしく、一月前に出たところとはまた別の門へと並ぶ。
そういえば、ここを出た時は目の前の大自然に気を取られて全然城壁が印象に残らなかったな、と思いながら辺りの様子を眺めていると、メイラさんが袖をちょっとつまんで引っ張ってくる。
「ね、中入ったらどうするの?」
「あー、まずはこちらでお世話になっていた人のところに挨拶しに行こうと思ってます。なんで今のうちにお土産のジャム買っていいですか。あと護衛料」
ちょうど町の中に入ったら別れる話をしようとぼんやり考えてたところだったので、これ幸いと便乗する。
「えっ門潜ったらもう、すぐにでも行っちゃう感じ?」
「そりゃあ、やる事あって帰ってきたんで、まあ」
別にメイラさんが嫌とかではないので、なんかハッキリ言うのも忍びないな……。
が、説明が面倒なので旅の間いろいろと端折って喋っていたのに、神都の中で行動を共にすればすべてが無駄になってしまう。
そういう訳で、名残惜しそうなメイラさんには悪いがここで一旦お別れだ。
「分かったわ。じゃあ、清算しちゃいましょ」
「8日分で3200テトリですね。今日は昼までなんで、半分の200テトリでいいです。つまり3000テトリ」
「え、いいの? むしろあなたのお陰で早く着いたくらいなのに?」
「日程の目安が10日だっただけで、日当のお約束でしたよね。なので大丈夫です」
「そう。ジャムは幾つ?」
「5個くらい欲しいかな。マトラとミロが2個ずつ、パルームのを1つお願いします。ちょうど1000テトリになると思うんで、2000テトリだけ下さい」
前金は初日に貰ったし、旅の途中で発生した肉代や素材代などはその都度清算してある。覚えておくのが面倒だったし、言った言わないの話になっても困るし。
メイラさんからお金とジャムの瓶を受け取って、「ありがとうございます」とお礼を言うと、メイラさんは慌てたように「えっ、いや、私の方がよっぽどありがとうございました?」と混乱した声を上げた。ジッと私の目を見ながら、なんかアワアワしている。
……………………あっ。
なんか変だなと思ってた事に、今更気がついた。
こっちの世界の人たちって、あんまりお辞儀はしないのかもしんない。
思い返せば魔獣猟団に入った当日の、先輩たちからの妙なモノを見る目は、もしかしなくてもコレのせいか。
説明担当官やハルニヤさんみたいな勇者神教の神官とかは普通にペコっとやるので、本当に今の今まで気がつかなかった。
そうか。当たり前だけど、身振り手振りにも文化があるよね、そりゃ。
「メイラさん、運賃としてあの毛皮の半分持って行って下さいね。欲しいなら肉の方も」
「えっ、えっ、更に? 話が美味すぎるわ、もしかして私売られたりする??」
「なんでそうなるんですか。荷馬車に私の荷物ずっと置かせてくれてたじゃないですか。そのお礼ですってば」
常識の違いに気付かせてくれたお礼をどうにかしようとしたら、この期に及んで人攫いかと怪しまれるとか、なんでよ。
「…………今更なんだけど、ハイリさんってちょっと変わったところあるわよね……。もしかして、すごい良いところのお嬢様だったりする?」
仕舞いにはなんか突飛な事を言い出す有様である。
「はぁ? んなわけ。メイラさんの頭ん中のお嬢様像、どんだけお転婆の極みなんですか? 私が魔獣猟団いた事とか、兎捌いたの忘れました?」
「そうよね……」
本気で正気を疑うと、メイラさんは気が遠くなったような顔をした。
なんだか分からんがしっかりして欲しい。あんたこれから他所の町でジャム売って布の仕入れするんでしょ……。
◆
「おやっ。あなた、勇者様のお連れの方ですね。お帰りなさい。王都への伝達任務、お疲れ様でした」
入国審査が門の小部屋で個別に行われるようになっててよかった、と心底思った。
予想してたことではあるけど、旅券を見るなり気さくに声を掛けられる。
「ハイリです。お世話になってます」
なんと返せばいいものやら。
取り敢えず無難にそう挨拶して、少し迷って結局ペコっとやると、向こうは丁寧に敬礼のようなポーズを返してくれた。
……すっかり慣れてしまった王都の兵士と比べると、神都の兵士の物腰の柔らかさはちょっと尋常じゃないな。まあ、日本人的には落ち着く礼儀正しさなんだけども。
それから抑えきれないウキウキ顔で例の石環を取り出したので、黙って腕を差し出した。天上の色ね。分かるよ。
「ありがとうございます。同行の方がいるようですが、お通しした方がいいですか?」
「え? いや、単に護衛の依頼者なんで、ちゃんと審査した方がいいと思いますよ。あ、この手荷物はさっき彼女の荷馬車から買い付けたジャムです」
「承知しました。では、そちらも少々失礼しまして」
一応、手荷物検査もある。
背負っていたバックパックと、適当な布で風呂敷包みしたジャムの瓶を差し出すと、手際よくなんかの魔道具と思しき箱のようなものを潜らせて「大丈夫ですよ」とすぐに返された。
「審査はこちらで終了です。ご協力ありがとうございます。荷馬車や同行者を待つ場合は、門の内側に椅子がありますので、そちらへどうぞ」
「あの、同行者の人に私のことは……」
「何も伝えたりはしませんよ。おそらく隣の部屋でもう審査をしているでしょうから、ご心配なさらず」
うーん、話が早い。これはワンチャン、なんかイザコザの前例があってあのマニュアルとかに書いてある可能性があるな。
ともかく、審査はそれで終わりらしいので、小部屋を出て言われた通りの場所に行く。メイラさんの方も別に不審なところはないらしく、すぐに荷馬車と共に門から出てきた。
「じゃあ、自分はこれで」
「あ、本当にすぐなのね」
私が肩を竦めると、メイラさんはちょっと拗ねたような顔を作って、それから笑った。
「じゃあ、またね!」
手を振りあって別れる。
どうやら別れの挨拶で手を振るのは、異世界でも変わらないようだった。




