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 保護されたバーバラはエイレーネの客人として扱われ、最上の接待を受けた後、両親が待つ故郷へ送り届ける手筈が整えられた。道中でアンジェロの妨害が入らぬよう、もちろん護衛もつけられる。貴族の令嬢と大差ない待遇だ。


「お…お世話に、なりました」


 平民の娘であるバーバラでは持て余してしまう、至れり尽くせりな数日間だった。エイレーネはもじもじするバーバラの手を包み込んでから、別れの言葉を告げる。


「あなたやご家族に沢山の幸せが訪れるよう祈っています」


 エイレーネを名指しして怨恨の涙を流したバーバラだが、王宮を出る頃には怒りと真逆の温かな涙を流していた。


「本来ならばわたしが出向くのが筋なのですが…」

「東部の街へ行くとなると、リファト殿下のお許しをいただくのは不可能に近いですね…」


 バーバラを乗せた馬車が出発するのを見届けてから、エイレーネはそう語尾を濁した。続きを補完したのはイシュビである。エイレーネの性格上、たとえ己に非が無くとも発端になってしまったのなら、けじめを付けないと気が済まない。遺族達に直接頭を下げに赴くべきだと考えている。しかしリファトの気持ちを慮ると、そうするのはとても難しい。


「イシュビ。失踪した女性の名簿を作成するよう手配をお願いします。東部の街に駐在している騎士は当てにならないかもしれません。調査に割く人員はこちらで確保してください。リファト殿下には既にお話してあります」

「はっ!了解致しました」

「慰めにすらならないかもしれませんが、せめて墓碑だけでも…建てて差し上げたいのです」


 七年の間にアンジェロはどれだけの女性を手に掛けたのか。名簿の作成が完了する日を待つのが、エイレーネは怖くなった。


 エイレーネが失踪事件の解明に刻苦しているあたりからだ。アンジェロが前王の遺言を無視して、王宮に足繁く通うようになった。理由は言わずもがな、愛しの姫の歓心を得る為である。あれだけきっぱり軽蔑すると言い渡されたアンジェロはとにかく焦った。何とかしてエイレーネから好感を受けようと必死なのだ。彼の中では長兄の遺言など聞かなかった事になっているに違いない。

 リファトは門前払いを衛兵達に命じたのだが、摂政の権限を与えられたアンジェロに押し切られると、追い払うのは難しかった。しかも来訪の理由が、両殿下の署名が必要な書類があるだの、甥と姪に贈り物を持って来ただの、戴冠式の準備に手を貸したいだの、それらしい事を言ってくるので厄介極まりない。

 アンジェロがいくら言葉巧みに説き伏せても、リファトは子供達がいる内廷には絶対に踏み入らせまいと決めている。しかしそうなると必然的に、広間や謁見の間で彼と面会することになり、毎度誰かしらの目に触れてしまう。既に、王侯貴族達には目撃されている。「第三王子が第四王子妃に横恋慕している」という醜聞が民間にまで流布するのは時間の問題であった。


「エイレーネ姫。心から反省している。同じ事は二度としない。使用人にも手を上げないと誓うよ。だからどうか、顔を見せてくれないか?」


 今日も朝からアンジェロは王宮にやって来て、エイレーネに謝りたいとしつこく食い下がった。好奇の視線が集中してもまるで構わず、内廷へ続く扉に向かって懇願を続ける。

 兄の無作法を止めさせたいリファトは素気無く突っぱねていたものの、その語勢は相手に釣られて激しさを増していった。


「兄上、反省ならお一人でなさってください」

「お前が失せろ」

「私の妃に色目を使わないでいただきたい。不愉快です」

「不愉快の権化が偉そうに囀るな。殺すぞ」

「私を殺すという事は即ち、兄上ご自身の死に繋がるのですよ」

「汚物が大きな口を叩くようになったな。お前の生死にそんな価値がある訳ないだろ。何なら試してみるか?」

「リファト殿下っ!」


 舌鋒鋭く口論する声を聞きつけたエイレーネが、このままではリファトに危害が及ぶと心配になり、奥から飛び出してきた。

 常ならばエイレーネを見るなり微笑むリファトだが、今だけは違った。彼女の姿を目に留めたリファトは、たちまち憮然とした表情になる。リファトは愛する人を、兄の視界にさえ入れたくないのだ。

 エイレーネは彼に申し訳なさそうな顔を向けた。けれど、殺すなんて不穏な単語を聞き流せるはずがないだろう。


「エイレーネ姫!どうか怒りを鎮めておくれ。僕が悪かった。嫌わないでほしい」

「謝罪する相手をお間違えです。お引き取りくださいませ」


 彼女はアンジェロに取りつく島も与えなかった。


「どうしたら笑ってくれるんだい?僕はエイレーネ姫の笑顔が見たいだけなのに…君は手紙も贈り物も受け取ってくれない」


 当たり前だ。それらはリファトが全部、彼女に内緒で突き返していたからだ。兄の狂愛をエイレーネにだけは知られないよう苦心していたが、こうなってはもう何もかも水の泡である。


「エイレーネ姫、君を愛しているんだ。僕は本気だ。誰かをこんなにも好きになったのは初めてなんだ!」


 リファトが隣にいるのに。謁見にやって来た貴族達もいるのに。よくもまあ厚かましく求愛できるものだ。これでエイレーネの心が傾くと思っているなら、自惚れも甚だしい。彼女が愛しているリファトを殺そうとしておきながら、虫の良すぎる話である。

 面前で我が妃が口説かれたリファトの怒りは当然として、エイレーネの方も業腹であった。


「以前にも申し上げた通り、わたしが永遠の愛を誓ったのはリファト殿下だけです。この身も、心も、すべてリファト殿下にお捧げしたのです。他の方に差し出せるものはひと欠片さえ残っておりません」


 どんなに高価な品を贈られようと、どんなに甘い言葉をかけられようと。リファトの想いが込められたものでなければ、エイレーネには全て無価値である。そう宣言しながら、エイレーネは病変しているリファトの手をとった。するとすぐに、彼女よりも強い力で握り返されたのだった。

 今度はリファトがアンジェロに向かって言葉を投げる。


「…兄上。これ以上、亡きフェルナン陛下のお言葉を無碍にするなら、最後の遺言を実行します」


 最後の遺言とは即ち、アンジェロが反抗するなら全権はリファトに移るという事。

 最後通告をされたアンジェロは、すっと表情を消した。


「……そうかい。好きにすればいい。だが僕も好きにするからな。一応はご子息の顔を立ててやっていたのに。僕はお前を死んでも認めない」


 こうなる事は予見していた。お互い、譲歩できる段階はとうに過ぎている。だからリファトは兄が何を言い出しても動じなかった。


「姑息な真似はせず正々堂々、決闘といこうじゃないか!ああ、エイレーネ姫は何も心配しなくていい。君と君の血を分けた子供達には、傷一つつけないと約束するよ」

「おやめください!ご兄弟同士で決闘など…っ!」


 決闘という言葉を遣っているが、これはそんな紳士的なものではない。二人の王子の勢力がぶつかり合うという事は、カルム王国を分裂させる内乱を意味する。

 女の取り合いで王国を崩壊させるなどあってはならない。エイレーネは殺気立つ二人に考え直すよう嘆願するが、アンジェロは薄ら寒い笑みを作るばかりで、あのリファトでさえ彼女の頼みに耳を貸そうとしなかった。


「諦めることはできないんだよ、エイレーネ姫。君だけはね。君さえ僕のところへ来てくれたら、決闘なんてしないし、摂政の立場も要らない。王位継承権も喜んで破棄しよう。でも君は、この愚弟がいるかぎり「はい」とは言ってくれないんだろう?いや、良いんだよ。僕は君のそういう、貞淑で一途なところが好きだ。僕が誘っただけでふらふらついて来るような、尻軽とは違う。だから僕はこいつを討ち取り、君の隣に立つ権利を奪ってみせる」

「エイレーネは私の妃です。何人にも奪わせない。指一本触れさせない。決闘でも何でも仕掛けてくださって結構。死んでもこの手は離しません」

「リファト殿下…」

「そうかそうか。可哀想なエイレーネ姫。僕達の決闘に民が巻き込まれたら、優しい姫が悲しむだろうに。愚かな弟にはそんな事も分からないらしい。それでなくともお前みたいな醜い化け物に、誰が味方するんだろうな?」

「………」

「僕の進軍により決闘は始まる。"呪われた王子"の援軍がどれくらいのものか、楽しみにしてるよ」


 リファトを嘲笑う声は天井まで届いた。エイレーネにはそれが決闘開始の合図のように思えた。


 それからは酷く慌ただしくなった。リファトは筆頭貴族を緊急に召集し、会議場から長時間出て来なかった。エイレーネにはただ一言「子供達のところに」と固い声を掛けただけだった。

 エイレーネは思うところが沢山あったものの、リファトの張り詰めた顔つきを見て、その場では口を噤むことにした。回廊を歩きながら、彼女は曇った表情を戻そうとしたのだが上手くいかず、途中で足を止めてしまった。護衛として行動を共にしているイシュビも、それに倣う。


「…少し休まれますか?」

「いいえ。大丈夫です」


 エイレーネは目を閉じてから一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。再び目を開けた時、彼女は微笑みの下へ、憂いを綺麗に隠してしまっていた。




 その日、リファトが寝室に来たのは真夜中であった。


「…リファト殿下」


 疲労を滲ませ、重たい吐息と共に入室してきたリファトは、聞こえてきた囁き声に眉根を下げた。草臥れてみっともない顔を見せたくなかったから、先に寝ているよう伝言を頼んだのに、エイレーネは従わなかったようだ。リファトの唇には困ったような苦笑いが浮かぶ。見られたくないと思いつつ、心のどこかで安堵してしまう自分に呆れたのだ。

 眠らずに待っていた彼女の隣へ並ぶ。お互い何も言わずとも、手を取り合った。白く綺麗な手に、変色した歪な手が絡む。どちらの手からも、薬草の独特な香りがした。


「…決して、謝らないでください」

「…わたしが原因ではありませんか」

「だったらレーネがいなければ良かったと?私達が結ばれたのは間違いだったというのですか?」


 狡い聞き方だった。リファトに出会わなければ良かった、だなんてエイレーネが考えた日は一日たりとも無いし、嘘でも言いたくない。

 エイレーネが不満げにリファトを見やると、彼はようやく張り詰めていた表情を解いた。


「…私は貴女を守りたいと言いながら、果たせなかった」

「そのようなことはっ」

「ない、と貴女なら言ってくれますよね。でも私はそう思えない。貴女を守ったのは、いつだって忠実な使用人達でした。だから今度こそ、私がレーネを守りたい。貴女だけではなく子供達も、この国も、私の手で守ってみせたいんです」

「………」

「それにフェルナン兄上とも約束したのです。アンジェロ兄上のことは必ず私の手で片をつけると。ですから手出ししないでください。私がやらなければ意味が無い」

「……殿下のお覚悟はわかりました。聞いていただけない謝罪も致しません。ですが、守られるだけの立場に甘んじるつもりはありません。わたしはリファト殿下の妃です。お支えするのが義務であり、わたしの宿願でもあります。わたしの願いを叶えていただけませんか?」


 ささやかな意趣返しである。リファトが否と言わないのを見越して、エイレーネは言葉を選んだ。目論み通り、彼は是としか言えなかった。決着がつくまでの間、エイレーネに摂政代理を任せると約束したのである。




 翌日もまたリファトは貴族達を召集し、その場でアンジェロから摂政の座を剥奪する旨を宣言した。辛うじて貴族達から反対の声は上がらなかったが、諸手を挙げての賛成ともいかなかった。見渡せば皆、一様に渋い顔をしている。

 理由はわかっている。リファトに全権を委ねるだけの信頼が無いのだ。己の無力さに歯噛みしたくなる衝動を堪え、リファトは面を上げた。


「アンジェロ兄上は決闘だと言ったが、内乱など論外だ。この決闘における勝利の条件は、戦わずして勝つ事。進軍などさせない。まずは相手方の戦意を削ぐことだが、」

「確かに内乱など起こしている場合ではございませんなぁ」


 話を続けようとしていたリファトを遮ったのは、とある侯爵家の当主だった。口髭を弄り、面倒だとばかりに鼻息を鳴らす態度が太々しい。


「わざわざ争わずとも、妃殿下を差し出せば丸くおさまる話ではありませんか。それほどベルデ国の姫君がお気に召されたのでしたら、またあちらの国から連れてこれば良いのです。ベルデ国は我らに逆らえませんからな。アンジェロ殿下の癇癪を宥める方がよほど手間かと」


 リファトの後ろに控え、傍聴していたユカルはそいつを殴り飛ばしてやりたかった。エイレーネを軽んじただけでも許し難いのに、彼女の祖国まで侮辱したのだ。リファトも青筋を浮かべながら、拳を握り締めている。

 しかし、怒りに震える二人に代わって叱責した者がいた。


「貴殿は何を見聞きしていたのだ!リファト殿下はエイレーネ妃殿下を心より大切にしておられる。手放さぬと仰ったご意向を我々が蔑ろにしてはならぬ!」


 毅然とそう言い放ったのは、代々カルム王家の宰相として仕えてきた者で、名をクレヴァリー公爵といった。リファトの父ギャストンの時代から仕えているだけあって、威圧感と発言の重みが凄まじい。


「し、しかしですな…」

「まだ己が浅慮を晒す気か!エイレーネ妃殿下は、王太后陛下でもあらせられるのだ。アンジェロ殿下に差し出すという事は、王権をみすみす手渡すも同じぞ!」

「………」


 カルム王国の王はライファンだ。政治的能力がまだ無い為に、父親であるリファトが代理で指揮を執っているだけである。王太后となったエイレーネが政の全てを仕切っても文句は言えない。だがしかし、他国出身である人間が出しゃばるのは良くないからと、エイレーネが自ら慎んでいるのだ。彼女の謙虚さを利用し、侯爵ごときが大きな顔をするのは決して許されない事である。

 無言になり、冷や汗を拭く侯爵を尻目に見てから、クレヴァリー公爵はリファトに頭を下げた。


「お話を止めてしまい誠に申し訳ございません。どうぞ続けてくださいませ」

「…かたじけない。クレヴァリー公」


 クレヴァリー公爵家はカルム王家に忠誠を誓った家だ。いかなる時も王に従い、王が道を誤った時は命を懸けて正す。そうやって信頼を勝ち得てきた。ライファンのことも新王として認め、敬意を抱いている。しかしリファトのことは見極める時間が必要だった。第四王子としての彼は知っているが、摂政として立つリファトは未知だったからだ。彼がどのようにカルム王国を導くのか。それが判別できなければ、支えようもない。

 クレヴァリー公爵がリファトに下していた評価は、能力はあると見受けるも迷いを振り切れぬ弱さがある、だった。優しすぎる人間は国王に向かない。残念ながらリファトは国王の器ではない。クレヴァリー公爵が当初に抱いた意見は覆っていないが、それでもリファトが初めて迷いを見せずに意思を主張したとあっては、忠臣として力を尽くさずにはおれぬ。

 力強い後押しを受けたリファトは起立して、声を張るのだった。


「私を信用できない者もいるだろう。だがそれは私の力不足であり、私に味方しなかったからといって罰することはしない。無論、アンジェロ兄上の側につくというなら話は別だ。叛逆罪で牢に入る覚悟をしてくれ。私が皆に命じる事は一つ」


 貴族達は固唾を飲んで次の言葉を待った。


「この国の民を守れ。私に味方するよう強制はしない。傍観もまた一つの選択として尊重する。だが無関係の民を死なせる事だけは許されない」

「…皆の者、リファト殿下のご命令だ。此度の決闘における民間の犠牲者は、一人も出してはならん!心して遂行せよ!」


 クレヴァリー公爵の号令に対し、集まっていた貴族達は「御意に従います」と声を揃えたのだった。




 どんな手を講じようとアンジェロが諦めることはない。鎖に繋ぎ、牢に閉じ込めたところで観念する性分ではないことくらい、弟であるリファトには分かっていた。とはいえ、アンジェロを支持する者達はその限りではない。勝ち目が無いと悟れば保身に走るだろう。第三王子に本気で忠誠を誓う人間が、果たしてどれだけいるか。それが浮き彫りになるはずだ。

 王宮に集まっていなかった地方の貴族にも、リファトの命令は早馬で伝えられた。日和見主義の貴族なら大人しく従うだろう。自領で民の保護にあたってくれさえすれば上出来だ。

 そして全権を手にした今なら、騎士団を自在に動かす権限もリファトにある。第三王子の親衛隊以外の騎士は、いかなる不満があってもリファトの指示通り動かなければいけない。大半の貴族と騎士団がリファトの側についたとなれば、よほどの酔狂でない限り、分の悪さがわかるであろう。


 しかしながらアンジェロとて悪知恵くらい働かせる。アンジェロ派として以前から味方している貴族には、目も眩むような褒美をちらつかせ。反対に従うのを渋る貴族には、家族を人質にとって恐喝するという、いかにも彼らしい手段をとった。

 加えて彼は数年前から、監視の目を盗みながら過激派とも接触を図っていた。それはフェルナンを殺して王位を奪還する下準備であった。しかし今やその必要は無くなり、新たな使い道が生まれた。過激派には隣国との戦争を望む荒くれ者が集っている故、即戦力にもなるし、武器商人との繋がりも深い。アンジェロが「僕が王になった暁には、君達の悲願の達成を約束しよう」と甘い誘いをかければ、引き込むのは容易かった。

 これで東部の貴族達は、軒並み味方につけた。そこへ過激派の連中が加われば、かなりの勢力になる。あと一押しだと、アンジェロはほくそ笑んだ。


 しかし、アンジェロの誤算はここから始まる。


 貴族達を従わせる為、軟禁していた女子供が一夜にして奪還されたのだ。それも、彼が軽んじていた民間人に、である。

 東部に暮らす民は激しく怒り狂っていた。事の経緯はこうだ。

 件の少女バーバラが無事に家へ帰った日、大勢の人間が彼女の家に押し寄せた。東部の街では幾人もの女性が消息を絶っていたが、遺体すら発見されることはなかった。バーバラは誘拐されて生還した、唯一の少女となったのである。姉や妹、妻や恋人をある日突然奪われた人達が、生き証人から真実を聞きたがるのも頷けよう。

 当然ながらバーバラは止め処なく喋り続けた。アンジェロから受けた仕打ちの数々と、王宮での出来事を……それはもう、つぶさに語ったのだ。長年の失踪事件の真相を明かされ、街の人々は哀しみと怒りの咆哮を上げた。特に家族や愛する人を殺された男達の憤怒は大きかった。そして、またしてもアンジェロが懲りずに大勢連れ去っていると知るや否や、決起したのである。

 民衆の暴走に気付いた騎士達は、彼らを宥めようとした。だが「リファト殿下から一人も死なせるなと厳命されている。争いに加担するな」と説明したのは逆効果だった。民はますます勢いづき、結束を強めただけであった。


「聞いたかお前ら!リファト殿下こそ真の王族だ!」

「リファト殿下と共にエイレーネ妃殿下をお守りするぞ!」

「アンジェロの糞野郎に、妃殿下を渡してたまるか!」

「俺達を羽虫扱いするような奴に屈するな!」


 騎士の制止も虚しく、男達は農具や包丁を手に人質がいる屋敷に突撃していった。騎士達も民の命を守る為に、同行を余儀なくされた。こうして団結した民衆は、アンジェロの予想を超える力を発揮し、囚われていた女子供を全員解放したのだった。

 民衆による死に物狂いの奪還劇により、脅して味方につけていた貴族がアンジェロの元を離れることとなった。


 東部の街で始まった決起は、徐々に規模を拡大していく。東部の街人から、彼らの親族または友人へ。そうして今度は街から街へ騒動のあらましが語られた。興奮を誘う話はもの凄い勢いで拡散していったのである。

 噂は広まるにつれ誇張されていき、"アンジェロは悪魔の王子"だと吐き捨てられる有様であった。


「ねぇちょっと聞いた?アンジェロ殿下が、リファト殿下のお妃様を横取りしようとしてるんですって!」

「まあなんて罰当たりなのかしら!神様への不敬だわ!」

「それにね、ほら、お向かいさんの又従姉妹の…名前なんだったかしら……とにかく!突然いなくなっちゃった娘さんがいたでしょう?あの娘、アンジェロ殿下が死なせたらしいのよ」

「その話なら私も知ってるわ。一昨日聞いたもの。みんな結構前から怪しんでたらしいんだけど、訴えても全然取り合ってもらえなかったそうよ」

「気位の高い貴族様があたしらに構うはずないさ」

「そうだけどエイレーネ妃殿下は違うのよ。亡くなった女性の事を一人一人悼んでいるそうなの。生き残った娘も、妃殿下が助けたんですってね」

「リファト殿下だって、今回の事で犠牲者を出さないよう必死らしいわ。私達のこと、そんな風に気遣ってくださる方は初めてね」

「私のお義姉さん、お二人と話した事があるって自慢してくるの。ずるいと思わない?」

「ふふん。あたしの妹の友達なんて、妃殿下が子供の名付け親になってくれたのよ」

「あら。わたしは赤ちゃんだったライファン陛下を抱っこした事があるわよ?」

「ええ!?それ本当なの!?」

「詳しく聞かせてよ!」


 対照的に民は一丸となって熱烈にリファトとエイレーネを支持した。とりわけ王都付近で暮らす民達は、二人の人柄について、それはそれはよく知っている。まだ古城があった頃、たびたび畑を訪れては二人で口を揃えて「困ったことはありませんか」と必ず気遣ってくれた。王宮に住まいを移してからは交流が制限されてしまったが、それでもエイレーネはこまめに使者を立てて、民の様子を知ろうと心を砕いている。そうやってエイレーネがリファトに民の声を届け、力を合わせていつも援助してくれた。

 そんな二人の窮地と聞いて、民達は黙っていられなかった。


「アンジェロに味方する奴は敵だ!!」

「両殿下に味方しない奴も敵だ!!」


 勢い盛んになった民達は貴族の屋敷の前で陳情し、リファトとエイレーネに力を貸せと訴えた。日和見を貫こうとしていた貴族達も、あまりの民の熱気に慄いてしまった。下手に追い払おうものなら袋叩きにされるだろうし、一人も死なせるなという王命にも逆らえない。

 結局、肝の小さい貴族達は民の言いなりになって、リファトの側につくほかなかったのである。

【補足】

王都から離れた田舎でもリファトとエイレーネのことは評判になっています。イシュビみたいに地方から都へ出てきた者達から、色々聞いて知っているためです。孤児院にいた子供達も大きくなり各地へ散っています。第四王子夫妻は密かに人気を集めていたのです。平民に興味の無い貴族達は知らなかったでしょう。

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