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 ギヨームが紹介してくれたのは、カルム王家が資金援助している孤児院の一つだった。そこへ赴くための馬車と護衛はリファトが用意してくれた。エイレーネは華美になりすぎないよう身なりを整え、やや緊張の面持ちで馬車に乗り込む。結婚式以降、遠出をするのはこれが初めだからだ。そこまで距離は無いのだが、ずっと城で過ごしてきた彼女にとっては立派な遠出である。


「良い人が見つかるといいですね」

「殿下もご無理はなさらないでくださいね」


 エイレーネは自分に仕える侍女だけを探せば良いが、リファトは辞めてしまった人数分を補填しなければならない。あまり体が丈夫でないのに無茶をして、また熱でも出たら大変だ。エイレーネは心配して言っているのに、それを聞いたリファトは決まって嬉しそうに破顔した。


「私なら大丈夫ですよ。気をつけて行ってください」


 初めての遠出が独りなのは寂しいが、リファトから任された仕事に燃えているのも事実であり、エイレーネは気合いを入れるのだった。


 体感にして一時間弱、馬車に揺られていたが、エイレーネは全く退屈しなかった。というのも窓の外を流れる景色に夢中だったからだ。当たり前だが祖国のベルデとは町並みが全然違う。それがとても新鮮で、見ていて飽きなかったのだ。

 王家が援助しているとあって、なかなか大きな規模の孤児院だった。予めギヨームが報せを出していた為、エイレーネの乗った馬車が着く頃には院長が門の外まで出迎えに来ていた。


「ようこそおいでくださいました。ギヨーム医師からお話は伺っております。どうぞ中へお入りくださいませ」


 歓迎の言葉を貰ったエイレーネは、少しだけそわそわしてしまった。彼女自身が邪険に扱われるのが慣れつつあったのだ。

 院長室に案内され、腰を落ち着けたところで早速エイレーネは本題に入る。


「お忙しい中、お時間をとっていただき感謝します。既にお聞きと思いますが、本日はわたし付きの侍女となってくれる方を探しに参りました」


 ただでさえ孤児が貴族に雇われるのは珍しい。あるとしたら慈善活動に力を注ぐ、さほど爵位が高くない貴族である。それが貴族どころか王族ときたものだから、院長は届いた手紙を三度は読み直した。どんな方がやって来るかと内心冷や冷やしていたが、馬車から降りてきたのは小柄な少女だった。妃殿下というより、良いところのお嬢様と言われたほうがしっくりくる。しかし最も驚かされたのは、平民にも敬意を示す姿勢であった。


「承知しております。ご希望がございましたら、何なりとお申し付けください」

「では二点ほど。まず、仕事に従事できる年頃である事です。もう一点はどうしてもという訳ではないのですが…この先、職を見つけるのが困難な方がいれば、ご紹介をお願いします」

「と、言いますと…」

「体に障害等があり、まだ働き口が見つかっていない方はいらっしゃいませんか?おおよそ自力で日常生活が送れるのであれば、優先的に迎えたいと考えています」


 院長は束の間、口がきけなくなった。エイレーネが出した条件に合致する孤児ならいる。悲しい事に障害がある子は捨てられやすく、奇形児などは見せ物小屋に引き取られて売り物にされる事も少なくない。障害が重い子は長く生きられず、それ故、軽い障害を持つ子の行き場が無い。それがこの孤児院の現状だった。だからエイレーネの申し出はひたすらに有難いもので、とても王族が述べる言葉とは思えなくて感激してしまったのだ。


「院長先生…?何か、拙い事を言ってしまいましたか?」

「いいえ!いいえ!願ってもないことでございます!すぐに連れて参りますので、お待ちください」


 院長が他の先生に指示を出して数十分後。てっきり選ばれた子供が扉から顔を覗かせるかと思いきや、入ってきたのは先生一人だった。どうしてか、少しぐったりした様子である。気がかりではあったが、エイレーネはすぐに追及することはせず、静観を選んだ。


「すみません…院長先生。私はアリアが適任だろうと思って連れて来ようとしたのですが、そこへジェーンが…」

「ああ…そういう事」


 最後まで事情を聞かなくとも院長には通じたらしい。渋面を作った直後、エイレーネを置いてきぼりしていることを思い出し、慌てて説明してくれた。

 院長達が推薦するのはアリアという女の子で、歳は十五。学は無いものの、真面目で大人しい性格をしており、ここの模範児なのだとか。幼少期に事故に巻き込まれ、家族を失った彼女は、その事故が原因で左足を負傷し自由が効かなくなった。杖が無くても歩行はできるが、働きに出掛けていくのは難しい。その点、住み込みの侍女ならば、動き回る範囲も限られているので迷惑をかける事も少なかろう、との判断であった。

 しかし、そこで問題が出てきたのだ。院長達の会話で登場したジェーンである。


「問題というのは不適切かと思いますが…二人は姉妹も同然に育った仲なのです」


 ジェーンも十五歳くらいの女の子なのだが、アリアと違って捨て子だったために正確な生年月日は不明だ。そして彼女は生まれつき右目が見えなかった。残された左目も視力がかなり弱く、鼻先がくっつくほど近づかないと碌にものが見えないそうだ。当然ながら女性の仕事とされる裁縫や料理は一切できない。人の手や壁を伝わないと動けない彼女は家事全般が苦手である。だが視界を制限されていながら、ジェーンはいつも元気で快活な子供だった。年齢以外の共通点が見当たらないジェーンとアリアだが、その実、お互いに家族であり親友だと胸を張るくらい仲が良い。


「大方、アリアが行くなら自分も行くと言って、譲らなかったのでしょう。決して悪い子ではありませんが…侍女が務まるとは思えません」

「ですが、それほど仲が良い二人を引き離してしまうのは可哀想です」

「慈悲深いお言葉に感謝いたします。しかし…やはりジェーンには無理でしょう」

「無理だと決めてしまうのは、まだ早いかもしれません。ここへ二人を呼んでいただけますか?それとも、わたしが二人のところへ向かいましょうか」


 エイレーネが腰を浮かしかけるのを見るや、院長は早口に宥め、大急ぎで二人を呼びつけるのだった。

 程なくして、痩せた二人の子供がやって来た。黒髪が背中で揺れる子がアリアで、短い癖毛の子がジェーンだろう。黒髪の子は左足を引き摺っており、癖毛の子は右目が濁っている。ジェーンとアリアは、不自由な足と暗黒の視界を庇い合うように立っていた。それがきっと、彼女達の定位置に違いない。アリアは不安に揺れる瞳で、ジェーンは挑むような瞳で、エイレーネの方を見つめる。


「二人とも、こちらのお方はリファト王子のお妃様ですよ。挨拶なさい」

「はい…アリア、です」

「…あたしはジェーン」

「これ!ジェーン!!口の利き方に気をつけなさい!!」

「構いませんよ、院長先生」


 二人と話をするためにエイレーネは立ち上がり、歩み寄っていった。いざ向かい合ってみると、二人は小柄なエイレーネより若干背が高かった。


「初めまして。わたしはエイレーネと言います」


 エイレーネは穏やかな声と表情を崩さぬよう心掛けた。リファトがしてくれたのと同じようにやろうと努めたのである。

 アリアの強張った表情が僅かに緩んだ気がしたのも束の間、ジェーンが声を張り上げた。


「あたし、雑用でも汚い仕事でも、言われたこと何でもやる!だから、アリアを連れてくならあたしも一緒に行かせて!」


 遥か目上の人物に対して敬語すら使わないのは、不敬も甚だしいとアリアにも分かったのだろう。すぐ隣にいる親友へ、青褪めた顔を向けていた。それでも親友を制止させる素振りを見せなかったのは、アリアも同じ気持ちでいるからかもしれない。

 無論、不敬を厳しく咎めたのは院長だった。尚も言い募ろうとするジェーンを強制的に黙らせるべく、腕を振り上げたものの、その手がジェーンの頬を打つことはなかった。エイレーネが止めたのである。


「ジェーン。一度、深呼吸をして落ち着いてください」

「………」

「わたしの話を聞いてもらえますか」


 周りが大騒ぎしていても一切動じないエイレーネの振る舞いに、何か感ずるものがあったのか。ジェーンはたちまち大人しくなった。

 エイレーネは二人に座るよう指示し、自身も机を挟んだ対面に座り直す。それからエイレーネはジェーンに二つの質問をした。


「ジェーンの目に、わたしはどんな風に映っていますか?」

「…髪の毛の色と、服の色はわかりますけど、顔は見えません」

「では今、わたしは何をしていますか?」

「えっと…手を挙げているのは、何となく」


 実際には指を三本立てていたのだが、目を眇めるジェーンにはこれが限界のようだ。何を試されているのか明かされず、アリアもジェーンもすごく不安そうであった。手を下ろしたエイレーネから、次にどんな言葉が出てくるのか気が気でないといった様子だ。


「わたしは二人が侍女になってくれたら嬉しいです。アリアとジェーンはどうですか?」


 ところが、エイレーネの唇が紡いだのは歓迎の辞であり、二人を絶句させたのだった。


「もちろん、リファト殿下にお許しをいただかなくてはいけませんが、わたしとしては二人を迎えたいと思っています」

「ほ、本当に…宜しいのですか?」

「はい。リファト殿下はとてもお優しい方ですので、必ず承知してくださるでしょう。あとは二人の気持ち次第です」


 震え声で問うたのは二人ではなく、同席している院長だ。エイレーネが大きく頷くと、またしてもジェーンが大声を出した。一足先に硬直から抜け出したらしい。


「あたし達二人で雇ってくれるんですか!?ありがとうございます!やったねアリア!ずっと一緒に働けるよ!」

「ジェーン…偉い人の前なのに、あんまり騒いだらだめよ」 


 模範児らしく親友を嗜めるアリアだったが、彼女の声も分かりやすく上擦っている。よほど嬉しかったのだろう。抱き合いながら喜びを分かち合っていた。


「あたし、目はよく見えないですけど、元気なら有り余ってます!朝から晩まで一生懸命働きます!よろしくお願いします!あと、さっきは失礼な態度をとってごめんなさい!」

「私も精一杯、お仕えすると誓います」

「よろしくお願いしますね。ジェーン、アリア」


 ベルデ国ではエイレーネと使用人達が気さくに話し合っていた。言うまでもなく、各々の立場は弁えていたし、主従関係は明確にすべきと主張する貴族もいた。けれどもエイレーネは、祖国の環境が好きだった。ジェーンほど積極的な相手は初めてだが、どこか懐かしい感じがして心が温かくなるのだった。




 後日改めて詳細を手紙で送ると言い残してから、エイレーネは帰途についた。孤児院で出会った二人について伝えたところ、思った通りリファトは笑顔で快諾した。即決といっても過言ではない。


「二人の準備が整い次第、迎えを出しましょう」


 リファトがそう言うのには理由がある。なんと、雇用期間はあと二日残っているにも関わらず、さっさと出て行ってしまった使用人がちらほらいるのだ。それでも退職金を渡す日には戻って来るのだろうから始末に負えない。特に料理人が居なくなったのは痛手であった。リファトとて、最悪の事態を想定して後任を探してはいたが、彼らが辞めるほうがひと足早かったのだ。

 現在は、残った使用人が簡単な食事を用意してくれるか、ポプリオの妻が持ってきてくれる差し入れで凌いでいる。そういう訳で、炊事ができる人間が急募なのである。エイレーネではパンは切れても、流石にパン作りはできない。リファトも同様だ。


「きっと賑やかになりますよ。身体に不自由なところがあるなんて、忘れさせてしまうくらい元気な二人でしたから」


 三食の食事すら儘ならない状態に陥ろうとも、エイレーネは明るい事に思いを馳せて、笑顔を絶やさなかった。リファトに、アリアとジェーンがどんな子だったか身振りを交えながら、話して聞かせるのだった。

【補足】

治安がさほど悪くない所でも、障害がある人達を揶揄う光景が見られ、アリアとジェーンも被害に遭ったことがあります。わざと足を引っ掛けられて転ばされ、その様子をくすくす笑われたりしました。以降、二人はますます行動を共にするようになり、お互いに守り合っています。

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