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 話もまとまったので学長に連れられてレンは女子寮へと向かうことになった。


「明日からよろしくな」


 と別れ際、爽やかにアレックスが言ったので、レンも「うん、よろしくおねがいします」と改まった口調で答える。そんなレンにアレックスは「砕けた口調でいいって。オレもそうするし」と言う。重ねて「イヤ?」などと畳みかけられれば、レンにイヤだと答える選択肢など残されてはいなかった。


 アレックスはフリートウッド校の一年生……ということは一五か一六ということになる。レンは二〇歳なのでアレックスは年下だ。だからレンから砕けた口調をかけてもよいという考えではなかったが、たしかに明日から世話になる身なのだし、親しい口調のほうが気兼ねがなくていいかと思い、レンは「いいよ」と答える。


 学長はそんなレンとアレックスのやり取りをじっと見守っていた。




「当校に籍を置く女子生徒は普通科と魔法科と合わせても二〇人にも満たないわ。女子生徒に限って言えば、すぐに名前と顔を覚えられるでしょう」


 二つの科と三学年を合わせても、せいぜい一クラスぶんの女子生徒しか在籍していないことにレンはおどろく。ちなみに生徒の総数は一学年二〇〇人ほど。合わせて六〇〇人ていどがフリートウッド校の現役生ということになる。


 そのような男女比では、フリートウッド校に通っているあいだにカノジョを作ろうと思えば、大変な競争率だろうなとレンは他人事のように思う。事実、レンは男ではなく女なので、他人事であったが。


 ――いや、でも女性は複数人の男性で共有するのが基本の世界のようだし、競争率はそれほどでもないのか……? いやでも女性側からして喉から手が出るほど優秀な男性ばかり、というわけにもいかないから、結局競争率というか――女性側から選ばれる確率は変わらないのか……? うーん……わけがわからなくなってきた……。


 レンの思考がめまぐるしく変わって行く中、彼女の先を行く学長は女子寮についての話を進める。


「男子寮では最終学年の寮生以外は相部屋が基本です。しかし女子寮は部屋が余っていますからね。レンにも個室が与えられますよ」

「それはよかったです」


 他人と己が寝食を共にする生活など想像したことすらないレンは、学長の言葉をありがたく受け取る。寮生活には色々と不安があるものの、個室が与えられるのであればいくぶんかその感情は和らいだ。


 これから顔を合わせることになるだろう寮生は全員レンより年下だろう。成人するまでの一年差というのは大きい、というのがレンの持論であった。成人した年上の異世界人が急に寮生活に紛れ込む、という状況は想像するだけで少々胃がもぞもぞと不安になる。


 しかもこの学校に通う女子生徒は将来を見据えて夫候補たちを侍らせているのだ。その、レンとの意識の違いがなんらかの問題を呼び込まなければいいが、と無駄に杞憂に駆られてしまう。


 ああ、らしくない――とレンは気持ちを切り替える。異世界を楽しむと決めたのだ。少々のことでその気持ちを挫けさせたくはなかった。「案ずるより産むが易し」……レンはその言葉を己に言い聞かせて学長の話に耳を傾ける。


「注意して欲しいのは男子寮は女子禁制だということね。男子寮には許可がない限り入らないようにして欲しいの」

「それは、もちろん」

「ああ、でも女子寮には男子生徒を入れても大丈夫よ。個室へ招いても退学になったりはしないから」


 学長の口ぶりから察するに、逆に男子生徒が部屋へ女子生徒を招けば退学になるのだろう。しかしその反対は問題がないらしい。女性の絶対数が少なく、夫探しに学校へと通う女子生徒がいるという事実を差し引いても露骨な格差だとレンは思った。


 しかも女子生徒は男子生徒を「個室へ招いても」問題にはならないということは――。


 ――つまるところ、()()()()ことなんだろうなあ……。


 思わず下世話な想像をしてしまったレンは、あわてて邪念を振り払う。しかし気になることは気になるので、前を行く学長の背に問う。


「……そんなに規則がゆるいと、問題が起こったりしませんか?」

「もちろん問題を起こす女子生徒が過去にいなかったわけではありません。けれどもそのような女子生徒は男子生徒からも『お断り』ですからね。女子生徒がよりより夫を見つけたいと願うように、男子生徒もよりよい妻を見つけたいと思っているのですから」

「なるほど……」

「それに女性はハーレムを制御してこそ男性に尊ばれ、養われ、大切にされるわけです。風紀ひとつ敷けない女性にハーレムを持つ資格はありませんから」


 男性のハーレムにしろ、女性のハーレムにしろ、いずれにせよそれらを円滑に運営するためにハーレムの主人は「甲斐性」というものが必須スキルなのだろう。学長が言わんとしていることはそういうことだ。レンのイメージするふわふわキラキラとしたハーレムとは対照的な、シビアな現実がこの異世界には存在している。


 レンはますます女子寮生たちと上手くやっていけるのか心配になった。あまりに――あまりに意識の高さが違いすぎる。レンには確固たる将来のビジョンなどないし、そもそも恋愛経験値がゼロだ。皆無なのだ。年齢に加え異世界人というだけで浮いてしまうのではないか、と考えていたのに、学長の話を聞けば聞くほどこの世界に順応できるが心配になってくる。


「レン、こんなことはあまり言いたくはないのだけれど……もし帰る手段が見つからなかった場合は、ハーレムを築いたほうがいいわ。その可能性だけは頭に置いておいて欲しいの」


 現状、基本的にお気楽なレンは、元の世界へ帰りたいと強く願っているわけではなかった。「せめて異世界を堪能してから帰りたい!」というのがオタクなレンの本音である。けれども異世界が真実「異世界」であると――つまり、レンの元いた世界とは別種の秩序がある世界なのだとわかるにつれ、なんとなくの不安が生まれる。


 しかし、とレンは思う。今のところ泣き喚いて「帰りたい」と叫んでも帰れる手段はない。ならばやっぱり異世界を楽しむ方向で考えたほうが精神衛生上いいと思うのだ。


 学園長の神妙な横顔を見つめながら、これまた神妙な面持ちでレンはうなずく。しかしその胸中は楽観にまみれていたのであった。

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