6:サキュバスと決心
「……こんなに強くなってたん。
これ、俺居なくても良かったんじゃなーい?」
「そんなことないって。一人じゃ多分、死んでたし。」
本当は死ねもせず苗床にされていたんだろうけど、それは流石に言いづらい。
ともかく、あの体液のせいで力が出なかったのは確かで、助けてくれなきゃ抜け出せないままだったんだから。
「んでもさー、俺のステータスなんてこんなんじゃん。
俺で倒せたんなら夏希でも出来るに決まってんのよなー。」
不貞腐れたように唇を尖らせて、ステータスを見せつける猛。
【LV】:12
【HP】:800
【MP】:230
【筋力】:27
【体力】:33
【魔力】:12
【俊敏】:24
【魔防】:28
確かにあの数値に比べれば低いかもしれない。不貞腐れたくなる気持ちは理解できるけど。それでも。
「来てくれた時、かっこよかったのに。」
あの時、聞こえた声は本当に救いだった。ダサいクサい台詞も、格好よく聞こえてきちゃったぐらい。
「マジで言ってる?……
なんか、ハズいじゃん。」
「オレは男だから、変な意味で取るなよ!
……ほんと、根は良い奴なんだから、変に格好つけなきゃモテそうなのに。」
変な雰囲気になっちゃって、慌てて言葉をまくしたてる。格好つけなきゃモテるんじゃ、とは本当に思うけど。
夕焼け空は暮れていき、月が顔をのぞかせる。前は二人、身長は少ししか変わらなくて、自然と視線が合ってたのに。
女の子になり小さくなった今、見上げなきゃ視線が合わなくて。そうするのが少し、照れくさい。
その場はひとまず解散、と言う事で帰り道を歩き、到着した自宅の扉を開ける。
「ただいま。誰も居ないけど。」
小さな一軒家。家族は居ない、叔母さんと二人暮らしだけど、その叔母も仕事でずっと家を空けている。
実質一人暮らしなのが、今の状況だとありがたかった。
初めての異界、初めての探索、初めての……本当に長い一日。
酷い目に会いはしたけど、それでもレベルは上がったし、自分のお陰で未来の被害がなくなったとしたら嬉しい。
終わり良ければ総て良し、いや終わってないけど。ともかく、案外気持ちよく眠れそう。
(べたべただし、お風呂入らなきゃ。)
洗面台で服を脱ぐ。シャワーで髪から体を流していく。ローパーの体液は粘液は幸い水で落ちてくれる。
(櫛とか買った方が良いかなぁ)
変化に合わせて肩まで伸びた髪は、今でこそ艶めいて流れるけど。
髪の手入れ何て気にしたことなかったし、シャンプーもコンディショナーも安い物。
……なんで維持しようとしてるんだ、切ってしまえばいいのに。ショートヘアの方が、変な目で見られないだろうし。
体を洗って流したなら湯船に浸かる。女の子になってから、妙にお風呂が気持ちいい。
湯船に入るとすごく体が軽く感じる。肩に提げた荷物がなくなったみたいな……
(……肩、荷物、もしかして。)
少し視線を落とせば、湯船に浮かぶ島が二つ。もしかして、原因はこれか。
変化してから体を重くは感じていたけど、筋力が落ちたのが理由だと思ってた。もっと単純だった。胸に脂肪の塊を抱えているから。
となると、考えなきゃいけないのは下着の存在。当然女性用下着なんて持ってないから、無造作にぶらさげたまま過ごしていた。
(擦れる時もあるし、買わなきゃいけないのは分かってるけど。)
下着売り場の近くに居るだけで場違い感で恥ずかしくなるのに。
中に入って、しかも選んで、店員さんに差し出さなきゃいけないとか考えられない。
下着だけじゃなくて服もいつかは揃えなきゃいけない。今日みたいにジャージと制服だけじゃ過ごせないから、見られておかしくない服を揃えなきゃ。
(でも、どんなの着ればいいとかわかんないし。)
家族も居ないし、そんな事を相談できる女友達も居ない。
そんなにこだわらなくたって、別にシンプルにそろえてしまえばいいんだろうけど。
おかしな話とはわかってるけど、見られたくない癖に、どうせなら可愛くって思う自分も居て。
考え事を続けて居たらいつの間にか体温が上がり過ぎて、意識が曖昧に。
これ以上はのぼせちゃうから、慌ててお風呂を上がった。
パジャマを着てベッドに転がって、端末でネットを開く。
端末には探索関連に限らず、携帯の機能は殆ど備わっている。便利。
『竜滅令嬢鴇巣 純 深度100超の異界を制覇』
SNSを覗けば、誰もがその話題を口にしていた。高校二年生にして唯一の学生竜滅等級の少女の話題を。
深度はそのまま推奨レベル。3桁の異界の制覇報告は数える程しかないのに、彼女はそれを成し遂げたのだ。
『またまたやってくださいましたナオ様!!!!!好き!!!!!!』
自分もすかさずその話題に入っていく。
探索者になりたかったのも、毎日勉強して明星学園に入ったのも、そこで生徒会長をしている純様のため。
幼少の頃、両親を失った自分を救ってくれた彼女に近づくためにやった事なんだ。
……純様は特級探索者養成科、学園の生徒の中でも特に優秀な生徒のみ在籍できるエリートクラスだから、結局あんまり近づけてないけど。
(でも、もしかしたら……)
このスキルがあれば、来年は同じ学科で、同じ教室で過ごせるかもしれない。
ステータスだけなら特級の生徒にだって引けを取らない筈だし、希望はある。
(魔法は一つも覚えられてないから、戦力はダメダメだけど。)
探索者が魔術を覚えるにはレベルを上げるしかない。
同じ火を放つ魔術でも、人によって呪文も威力も、習得レベルも何もかもが違う。
魔法を習得した時は、思い出したかのように使い方がわかるらしい。そうならない限り魔法は使えないのだ。
(レベルを上げれば覚えるかもしれないけど、レベル上げ、は……)
レベルを上げる度にあんな思いをするのかと思うと流石に苦しい。
受験は幾らだって頑張れた、探索者として、戦いの中で傷つくなら我慢できた。
でも、このレベルを上げるために傷つけなきゃいけないのは心で……
(でも、ナオ様のためなら!!
……と思っても、辛い。けど諦めたくない……)
憧れと苦難がぐるぐる回る。もともと疲労を溜め込んでた頭がついにショートして、寝落ちしてしまいそう。
ともかく、良い事なんてないと思ったこのスキルも、悪い事ばかりじゃない。
まだ男に戻れるかはわからないけど、今女の子なのは受け入れようと思う。
なんとなく過ごしていたけど、これからは少し覚悟を決めて、この姿で過ごす事を考えないと。
具体的には──
(……下着とか、ちゃんと買わなきゃ。)
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自分の趣味に正直に始めた処女作が、予想以上の評価を頂き感謝しかありません。
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