6:ウェイクアップ・ヒロイン
寝起きの気怠さに満ちて、生徒の殆どは机に突っ伏すか、ぼんやりとした目であくびをしている。何時もはそんな登校日の朝が、今日はやけに騒がしい。
まだ教室の扉の前に要るのに、壁越しにも喧騒が伝わってくる。
なんだか嫌な予感がしながらも、扉を開けて教室に踏み入る。
「おう由良!お前スゲーーじゃん!!!」
「痴女みたいな服着てたなー、よくやるよ」
「ヒメChannel見たぞ……お前何ヒメとイチャついてんだよ!!ぶっ飛ばすぞ!!!」
嫌な予感の正体はこれ。喧騒の中心は、自分自身だった。
配信したファッションショー、その衣装の半分ぐらいは羞恥と情欲を煽るに長けた、要はえっちめな服で。
それをクラスメイトに、一人や二人じゃない数にみられていた。
「え、何?
ちょっと待っ、みんなアレ見てんの!?」
恥ずかしさを覚える前に、ただただ頭が真っ白になった。
「そりゃそうでしょ。ヒメちゃんと言えば──」
「──姫咲々ゆりち、愛称姫。愛らしい容姿と挑発的な言動は男性から、またアイドルとして探索者としてのストイックな姿勢は女性からの支持も集める新進気鋭のアイドル系Magituber。特に僕らの様な中高生からカリスマの様に扱われており、生放送となれば見逃す筈も無い、ですね?」
「……おう、その通りだよ田中」
配信者とはわかってたけど、こんなに人気だとは思ってなかった。
今でも一人、ずっとこっちを睨んでる奴が居るし……本当にアイドルだったんだ、あの人。会ってみればただただ強引で、カリスマとかストイックとかそういう感じはしなかったけど。怖いし。
つまり、問題は。チームを続けるとするならば、想っているより何倍もの数の人に見られるという事。
「嘘だろ……」
「お前、もしかして姫って知らずに組んでたん?
ま、由良は純様以外には興味ないか」
「うるっせ!もういいだろその話は!」
その名前を聞けば真っ白になった頭に思考が戻る。
確かにこの試験を受けようと思ったきっかけも、目的も純様ではある。期待してくれた分、絶対の答える。今度こそ恩を返して、そして── そこから先は、ちょっと不純かもしれない。
ともかく実際、彼女をそう言う目で見てはいない。いや可愛いとは思うけど、そもそも彼女じゃなくて彼だったし。
「おーっすおはよ夏希。あれからチームメイトは見つかったか?
……なにこれ、なんでどいつも集まってんの。」
「おはようございます三部君。
丁度由良君のチームメイトの話題で持ちきりなのですよ」
教室の扉を開けた猛が疑問符を浮かべて、それに田中が答えていく。
自分のチームメイトは、あの姫咲々ゆりちに決まった事、さらには配信にまで出演したと。
「────は?嘘じゃん。え、マジで?マジで!?!?
ってか、あそこに姫が居たって事!?嘘でしょ、俺にもワンチャンあったじゃん!!
しかも配信!?俺が見れねぇ回で何やってんだよぉぉおおおおお!!!」
瞬きを何度も繰り返して、唇が追い付かないぐらい早口で。
盛り上がってた周りの生徒が寧ろ大人しくなるぐらいに取り乱す猛。
「猛は多分駄目だと思うけど」
「お、やるか???!???」
ポロっと零れた本音に、涙なのかそれとも違う汁かもわからない物を飛ばしながら詰め寄ってくる。怖い。
「無理もありませんね。三部君は姫のデビュー当時からコメント欄に現れていましたから。
その感情の大きさはクソデカと言って差し支えないでしょう」
「……え、なんでお前知ってんの」
「三部君、一度学校用のアカウントで誤爆したでしょう。発言に特徴がありますから、あれならだれにでもわかります」
(めっちゃアホだ)
「ちっくしょう……だがウダウダ言ってるのも情ねぇだけだ……
覚えとけよ夏希!!姫はなぁ、可愛いだけじゃなくて努力家で面倒見が良くて、探索も上手くて強くて……
とにかくめちゃくちゃ運がいいんだからなお前!動画見ろ!!!」
「えー」
「はいはい朝から元気ね君ら。
席に着いて、ホームルーム始めるぞ」
教室にやって来た担任教師の一声で、ひとまず騒動は収まった。
しかし、友達が推しているアイドルの、その裏側っぽい部分を知ってるのはちょっと複雑。
(そう言えば、猛はチーム見つかった?)
(ロンもち。最高のチームになったわ。
しかも女の子も居んの。彼女も等級も先に頂いちまうわ!)
(ああそう、それはよかったよかった。)
小声で猛は大丈夫か聞いてみたけど、全く大丈夫そうだ。
女の子に釣られて変なチームに入ってないか、ちょっと心配ではあるけれど。
普段は本当にアホアホで見てて不安にしかならないけど、いざと言う時には間違わない奴だ。多分大丈夫。
授業を終えて放課後、何時もみたいに猛とくだらない話(主に姫咲々さんの話)をしながら帰宅。
試験当日は今週末。もう一週間もないと思うと、ちょっと重くのしかかるものがある。
あれから何度かダンジョンに行ってみたんだけれど、結局レベルは上がらない。ステータスだけはあるから、初心者ダンジョンの敵ぐらいは杖で殴れば倒せるようにはなったけど。試験にもそれが通用するとも思えない。
魔力を生かそうと思っても魔法は結局覚えられてない。戦力としてはダメダメのまま。
端末がぴこんと通知音を鳴らす。誰かからメッセージが──
「──純様!?!?」
メッセージの送り主の名前をみて、思わず声を出してしまった。
『こんばんわ。
試験までもう六日になった。順調に事は進んでいるだろうか?
私が薦めておきながら、何もできなくて申し訳ない。
結果よりも、ただ無事で帰ってきてほしいと思うよ。』
純様が、自分を心配してくれている?……
『勿論順調です!!心強いチームメイトも出来て余裕って感じです!』
返信は即座に。反応早すぎて、気持ち悪いとか思われるかもしれないなんて、妙な不安が湧き上がってきた。
『よかった。良き仲間が居るなら安心だ。
実はここ数日、数名の探索者の行方が分からなくなっているんだ。
しかも、その現場が試験会場となる異界かもしれない。
管理局は調査の結果その異界と事件は無関係だと言うが、どうしても心配してしまう。
どうか本当に、無理はしないで欲しい。』
『大丈夫です!
その事件が魔物の性なら、ボクがその魔物を討伐して見せるぐらいの気持ちですし!』
なんてやり取りの後、純様から送られてきたのはご安全に!と敬礼するこんにゃく(?)の画像。自分も了解、と猫の画像を送信してやり取りは終わった。
我ながら、本当に調子の良い事を言ってしまった。余裕なんてないし、自分は何の戦力になるのかすらわかっちゃいないのに。
ほとんど嘘、出任せ。受かったとしても、きっと姫咲々さんに寄生しただけになるだろうし、最低だ。
──違う。最低だと思うなら、嘘を本当にしてしまえばいい。
また端末が通知音を鳴らす。
『お姉様♪
明後日の予定は開けておいてね♥
お姉様の為にマギアを選んだおきましたから(U。・×・。U)』
……ずっと、このチームメイトに頼りっぱなしなんだ。だから最後にもう一度だけ、頼らせてもらおう。
わかりました、そう送信したら。
『戦い方を教えて下さい。
このまま足手まといになりたくないです。』
決意と共に、そう続けた。




