5.5:トムキャット・ガール
「配信も終わらせたし、あっちも買いにいこっか。
服だけじゃ女の子には足りないもんねぇ」
配信を終えて、姫咲々さんと別れる前の出来事。
「あっちって?」
「わかってるくせにぃ。
下着も着けないハレンチなお姉さまを、ちゃあんと正してあげるんだよ」
あっち、と言えばあの場所の事だろう。白と桜色、時には黒の薄布が並ぶランジェリーショップ。
確かに、自分でもそれを付けないのはどうかと思ってたし、他にこういうことを聞ける相手は居ないし。
それを見透かしたみたいに、くすりとわざとらしく笑って。
「じゃあ、行きましょっか。」
「あんまり派手なのはやめろよ?……」
なんて言ったのも無駄だったかもしれない。連れられた先は淡色の照明と、甘いアロマに満ちたふわふわ空間。
吊るされたランジェリーはどれも、華やかな彩で飾られていて。胸を尻を支えるだけじゃなくて、色香を醸すための物が並んでいる。
「無理だってこんなの!」
「いくぢなしぃ。これぐらい普通だよ?
ここにあるものはぜーんぶ可愛くて着け心地も素敵、実用性も良い物なんです。」
「えー……そうかなぁ。」
何も知らないから何も言い返せない。確かに安いからと質の悪いモノを付けるのは良くないのだろう、とは思うし。
「試してみればわかるよ。ほらほら、早くあっちに行こ!
店員さん、試着室貸りていきますねぇ」
彼女の手にはいつの間にか数着の下着が下げられていた。
背中を押されて行き着く先は試着室。
……下着にも、試着ってあるんだ。
「あ、店員さんメジャーも借りまーす」
「やっぱり、測るの?」
「だってサイズが合わなかったら大変でしょ?」
覚悟はしていた。
下着はただ着飾るためじゃなくて、この胸を支えるための物なんだから。
「自分で測るんじゃ「お姉さまには無理です。」
きっぱり。固く握りしめられたメジャーは手放してくれそうにない。
試着室に入って向かい合う。彼女はにっこりと笑ってこっちを見てる。
やらなきゃいけないことは分かってる。このドレスを着たままじゃ何も測れっこないって。
「また固まっちゃってぇ……ヒメに脱がしてほしいんですかぁ?」
「自分でやるから!ちょっとあっち向いてって。」
「どうせ測る時にじっくり見ちゃうのにぃ。別にいいと思うなぁ」
「あぁもう!わかったよ……」
観念して、コルセットのリボンを解いて袖を抜く。
「わぁ♥♥♥零れちゃったねぇ」
「実況すんな!!」
まろび出た乳房に視線が突き刺さる。
ただ採寸の為に脱いでるだけなのに、これじゃあまるで……
「早くしろよ……」
「だいじょーぶ、時間はかかりませんから。」
メジャーがウエストを一周して、その目盛りを端末に記録したら。次は胸へメジャーが伸びる。
肩甲骨から胸の先を一周して、ぎゅっと締め付けられる。測定なんだから、仕方ないんだけど。
……むずむずする。
「すっご……E、F、Gよりおっきいかも……」
「だからそんなの良いか、んっ……」
「……ごめんなさい。ちょっと遊びすぎちゃった。」
「いいよ、早く終わらせてくれたら……」
そんなハプニングもあったけど、ともかく測定は終わり。
「お姉さまのサイズ、このお店で一番おっきいのでギリギリみたい。
ヒメ嫉妬しちゃうなぁ……」
頬を膨らませながらはい、と手渡された下着。純白の、レースが躍るブラジャーとパンティ。
まずはブラジャーを胸に当てて、背中でホックを結……ホックを、結んで、ホックを……
「やっぱりじれったいなぁ。
そもそも収まってないしぃ。」
結局ホックを結ぶ事ができず着けてもらうことに。
そもそも胸の収め方から間違えていたみたいで、結局最初からやってもらうことに。
「できたよ。どう?」
「すごい、体が軽い!」
今までぶら下がるだけだった胸が下着に支えられている。それだけで、体重が半分になったみたいに軽い。
下着を付ければ変わるのかな、ってぼんやりと考えてたけど、結果は想像の何倍も。
下着は女性の武装とは言うけれど、こういうことだったのかな。
「それだけぇ?まぁいいけどぉ。
このまま買っちゃうから、お姉さまは着けたままでいいよ。」
彼女はまた値札を取って試着室を出て行った。奢られてばかりは、と言う間もなく。
そして試着室で一人になった事で、隠れていた鏡に自分が映った。
なんだか、やっぱり、裸よりも、ずっと────
「お姉様、ドレスはちゃんと着なおせますかぁ?」
「──だ、大丈夫!」
慌ててドレスを着なおして、その中に下着を直した。結局コルセットは結べなくてやってもらったんだけど。
あのまま見ていたら、ちょっと不味かったかも。色々。
その後数着の下着を買って店舗を出た。
「化粧は……お姉さまは要らないかも。そのままでヒメぐらい可愛いし。」
と言うことで化粧品は殆ど買わず、美容に良いという物をいくつか貰うだけにして。
両手に提げた紙袋がもう持ちきれなくなった頃に、そろそろ二人帰ろうかと言う雰囲気になった。
そこで自分はやっぱり払うと言い出して、あのやり取りに続いていったのだ。
これまでがあの日あった全て……ああ、もう一つだけ、忘れられないことが在った。
店舗巡の途中、彼女がトイレに行きたいと言い出して、近くのモールのトイレに向かった時の事。
「ごめんねぇ、ちょっとだけ待っててほしいなぁ。」
そう言って彼女が向かった先は、男子トイレだった。
ふりふりフリルのロリヰタドレスを着た、二つ結びでぱっちり二重、そんな可愛らしい少女。そうにしか見えない彼女がだ。
出てくればお待たせと、何事もなかったように言って。
「……今の、男子トイレだよな?」
「あれ、言ったよねぇ。ヒメとお姉さまは同性だよ?」
姫咲々ゆりちは、女の子じゃなくて男の娘だった。




