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5:ドレスアップ・ガール



「え、えっと、ナツって言います。その、頑張り、ます……」

「とゆーわけでぇ、これからヒメとお姉さまのチームをよっろしくっね♪」



 強引に始まった配信は止まらない。

 自己紹介を求められれば言われるがまま、咄嗟に思いついた名前を名乗る。


『初々しくてかわいい』『推せる』『乳でっか』


 画面越しだからか、なんとも容赦のないコメントが飛び交っている。

 真正面から可愛いと言われると、少し、困る。受け止める準備が出来てなくて、体が熱い。首筋が汗でべたべたする。

 さっきからずっと胸を見てる奴は何。



「みんなぁ、もうお姉さまの名前は覚えたよね?

 それじゃあ早速行っちゃおっかぁ♪」



 手を引かれて連れ出されて、行き着く先は繁華街のショーウィンドウ。

 素人目にもわかる上等な素材で折られた衣服は、輝いて見えて眩暈がする。

 添えられた値札の桁も果てしなく眩暈がする。


 そんな華やかな大通りから逸れて、入ったのは路地の小さなお店。


 

「やっぱり、お兄さんが好きなのってこーいうのだよねぇ」


『ゴスきた』『童貞を殺す服じゃん』『ナツちゃんに殺されたい』



 色褪せたショーケースに飾られた、レースとフリルのロリヰタドレス。

 確かに、大抵の男子はこれが好き。落ち着いていて、それでいて豪奢な、少女と言う概念を纏う布。

 店主の老婦は顔なじみなのか、穏やかな笑みを浮かべてお辞儀をした。

 彼女はほんの少し店主に目配せしたら、奥へ奥へと進んでいく。



「何時ものおばさまのお店だよ♪撮影許可もちゃんともらってるからぁ、おにーさん達は心配しないでね?

 お姉さまのドレス、実はもう一つ思いついてるんだぁ」



 辿り着いたのは店舗の最奥。そこに、ひと際目立つ位置に飾られたドレス。値札の零の数は……やっぱり眩暈がする。

 

 ここに来るまで抵抗がしなかったのは、そもそもする暇がなかったというのもあるけれど。

 あの銀髪の女の子が、これを着たらどれだけ可愛いだろうって期待しちゃってる。

 自分の事だけど。



「おに―さん達はちょっと待っててねぇ」



 トルソーからドレスを手に取って、端末をその場に置いて、店主に一声かけたなら。

 背中を押して、向かう先は勿論試着室、なんだけど。



「ねぇ、なんで一緒に!?」

「だってお姉さま、一人だと着れないよ?」



 両手も伸ばせないぐらいの、小さな試着室に二人、くっついて。

 確かに、ドレスは一人で着れる物じゃないかもしれないけど。こんなに狭い場所じゃ、どうしても色々当たっちゃうわけで。



「あはっ、赤くなっちゃってるぅ。

 お姉さま、可愛いんですねぇ♪」



 わざとらしく背中に身体を重ねて、微かな膨らみの感触に包まれる。



「気にしないで良いんですよぉ、同性なんだし」

「……知ってるくせに。」

「ねぇお姉様、早く脱いでくれませんかぁ?

 ヒメだって弄ぶためにここに入ったわけじゃないのにぃ、これじゃ何時まで経っても出られないなぁ」



 わかってる。だけどこっちの中身は男なわけで、こんな密室でそんな事──



「あぁもうじれったい!」

「──!?!???」


 壁に押し付けられて、裾を掴んで脱がされて、秒の間もなく裸にされて。

 


「下着もつけてないんだぁ、だから揺れちゃうんだねぇ。見せつけたいの?

 地肌に直はよくないんだけど、どうせ買っちゃうしいっか」



 沸騰した血液が心臓から全身に巡って、蒸気が昇りそうなぐらい赤く、固くなる体。

 まるでマネキンみたいになっちゃって、されるがままにドレスを着せられていく。

 滑らかな布が肌を撫でて、コルセットがウエストを締め上げていく。ほんの少しの身じろぎで、フリルが揺れてくすぐったい。

 リボンを結んで、ドレスの張りを整えたらドレスアップは終わり。

 


「はぁい、みんなお・ま・た・せ♪」



 試着室のカーテンが開き、ドレスを着た銀髪少女(じぶん)がカメラに映ってる。

 大きく胸元の開いたゴシックドレスにケープを載せて、露出する肌色は何処かお上品にすら見えて。

 コルセットのリボンが、フリルスカートが銀色と共にふわりと靡いて。恥じらいに染まる朱色の頬と、谷間に滴る雫がなんとも蠱惑(こわく)的だった。



「やっぱりお姉さま素敵ですっ。」


『かっっっわ』『死ぬ』『死んだわ』『乳パツパツじゃん』



 今までも、この姿を可愛いと思ってた。この服を着るだけで、その何倍も可愛く見えてる。

 絵本の中に、物語の中に佇む様な女の子。自分なのに、綺麗だと思ってしまう。



「サイズもぴったり、やっぱりめっちゃめちゃヒメかわ!

 早くお会計も終わらせなきゃ。次のコーデも楽しみだもの。」

「で、でもこんなの、一着だけでも買えないよ……」

「お姉さまは気にしないでねぇ。今日のお買い物は全て、ヒメのお祝いとして受け取って欲しいの。」



 いつの間にやら外されていた値札を店主に差し出して、何かを言う暇もなく会計は終わっていた。

 更にはドレスを脱ぐ間もくれずに手を惹かれて外へ。次の店舗へ歩き出す。


 彼女は可愛らしくって、ここに来るまででも視線を集めていたけど。今集まる視線は、少し自分に向いている、気がする。

 ひそひそ交わしている声は、もしかしたら可愛いとか、きれいとか言われてるのかな。

 ……なんて喜びを感じちゃってるけど、あんまり喜んでると大事な物を失う気がする。

 さっきのコメントでも、可愛いって言われて嬉しいと思っちゃったし。ちょっと不味い。






(でもこれは……痴女だって!!)



 次の店舗は、さっきとは雰囲気が全く違うパンクなお店だった。

 今回選ばれたのはレザーのショートジャケット&シャツ、ホットパンツにストッキング。それとロングブーツ。

 シャツの丈は明らかにへそが出るし、ホットパンツははちきれそうだし。着なくてもわかる、絶対ヤバイ。



「お姉さま、もしかして着方がわからないんですかぁ?

 困ってるならまた、助けてあげちゃおっかなぁ。」

「い、良いって!自分で着れるから!」



 さっきみたいなのはもう嫌……嫌じゃないんだけど避けたい。

 仕方なく自分で着てみれば、やっぱり。試着室の鏡に痴女が居る。

 シャツとパンツの産む隙間は、へそだけじゃなくて恥骨の窪みまでさらけ出して。ストッキング越しでも、収まりきらないお尻の肉が零れてる。

 レザーとシルバーの相乗効果で、なんとも妖しくあざとい雰囲気に。

 これを配信するのは、さすがに───



「─── ふふっ。とっても似合ってる。」


『エッッッッッ』『ドスケベじゃん』『淫魔でしょ』



 いつの間にか開けられていたカーテン。カメラはしっかりこっちを見てる。

 慌ててカーテンを閉めるも意味がなく、そんな恥じらいがむしろ良いとコメントが流れていた。



 その後も数店回って購入し、陽が傾いてまばらに店舗が閉まり始めたころに配信も終わりを迎えた。



「……やっぱり、オレが払うよ。

  これだけあると、とんでもない額だし。」



 両手に提げた紙袋が幾つも。入っているのは殆ど布なのにめちゃくちゃに重い。

 会計は全て彼女持ち。一つの店でも自分には手が出ない値段だったのに、それがこんなにある。

 ただ貰うだけは罪悪感がある。せめて少しずつでもちゃんと払いたい。



「ヒメからのお祝いだって言ったのに。

 誘い方もちょっと強引だったしぃ、そのお詫びだと思ってほしいですぅ。」

「確かに強引だとは思ったけど、でもこんなに貰っちゃうのは……」

「だから気にしなくてもいーの。

 お姉さまには、これからもーっと稼いでもらうから。」



 満足げに眺めている画面には、今回の配信の成果が表示されていた。

 来場者数は千程、だけど投げ銭の額が十万円を超えていた。



「今日の配信だけでも、半分は回収できてるんですしぃ。

 これからを考えればこんなのほんの少しだよねぇ。」

「これから?」

「あれぇ、言ってなかったっけ。

 お姉さまとはチーム──探索者アイドルMagituberとして、いーっぱい一緒に稼ぐんだよ♥」


「─────え?」



 チームを組むとは言った。でもそれは、試験の間だけのつもりだった。

 アイドル? Magituber? 何それ聞いてない。



「大丈夫。ちゃんとお姉さまとヒメの取り分は一緒だから。」



 固まった自分にかけられる言葉。そういう問題じゃない。



「お姉さまも今日は疲れちゃったよね?

 魔術装具(マギア)選びはまたにしよっか。次に会う日はまた連絡するからねぇ。」



 アイドルって何、いつの間に連絡先を、尽きない疑問に戸惑っているうちに、彼女は手を振って行ってしまった。

 一人ぽつんと取り残されて、どうすることも出来なく帰宅して。

 自室の箪笥(タンス)に、買ってもらった服を仕舞いながら、これだけ可愛い服を貰えたなら、良いか──とまでは思えなかった。



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