4:プリンセス・プロデュース
確かに、この際誰でも変わらないとは思った。今はそれが間違いだったと思う。
腕を絡めて離さない、二つ結びの女の子。ふわふわな服を着て、気弱そうな、愛らしい顔をして、猛毒を吐く女の子。
正直この娘は怖い。ちょっとしんどい。
満面の笑みでじっとこっちを向いている。彼女が望む言葉を言うまで。
「……でも、チームはもう決まってるから」
「嘘だよね?」
表情は一切変えずに笑ったまま、圧力だけが強くなっていく。
「急に汗かいちゃって。
言ってみただけだったのに、本当に嘘だったんだぁ。
ヒメ、傷ついちゃう。なんで嘘ついちゃったの?」
「それ、は……」
駆け引きの時点で完全に負けてる。冷や汗が止まらない。逃げられない。
「……あの人の事、気にしてるんですね。
ヒメには何が在ったかわからんないけど、諦めなきゃ前に進めないですよぉ。」
あの人、猛の事か。
ベンチに置いてかれたのが、痴情のもつれにでも見えてるのだろうか。
「実は、一目見た時からお姉さまと組みたいと思ったんですぅ。
きらきらの銀髪に、蒼玉の瞳。絵画の様なお姉さま、なんて素敵って。
しかも内面まで綺麗ならヒメ、絶対に諦めません!」
あの男に対する態度は本当に怖かったけど、こう真っすぐアプローチをかけられると悪い娘でもない気がしてくる。
実際自分もチームメイトに困っていたのは確かだし、承諾してしまってもいいのかもしれない。
どうせ、逃げられそうにもないし。
「……わかったよ。オレも困ってたのは確かだし。
君とチームを組む。一緒に受けよう。」
諦めてそう言えば、ようやく腕を放してくれた。
なんとも可愛らしく、満足げに笑っているけど、やっぱりちょっと邪悪に見える。
「それじゃ早速情報交換ですね♪
一緒にやるなら、お互いの事を知らないと。」
上機嫌な声色で、手に取った端末を眺める彼女……あれちょっと待って、ない!
ポケットに入れてあったはずのそれは何処にもなくて、でも落とした心当たりも無い。
こんなに慌ててバタバタしてるのに、彼女はじっと端末を見つめたまま。
もしかし、て。
「嘘、何このステータス。
Sランクとか、ほんとにあるの……?」
やっぱり。腕をとられてる間に端末まで取られてたんだ。
「でも魔術装具は初期のままっと。
と言うかレベルは受験資格満たしてないし、なにこれ。」
「ちょっ……返せって!」
「あ、ごめんなさぁい。一方的に見てばっかりは駄目ですよねぇ。」
手を伸ばしてもひょいと交わされて、端末の代わりに渡された一枚。
名前と、SNSのアドレスと、そしてステータスが記された名刺。
【LV】:27
【HP】:600
【MP】:400
【筋力】:36
【体力】:28
【魔力】:33
【俊敏】:62
【魔防】:37
【固有スキル】ランクB:座標転換
『スキルによるバフ一覧』
・俊敏値が大上昇する
・技能:座標転換を習得する
『スキルによるデバフ一覧』
・体力値を中下降する
『技能:座標転換』
効果:対象物二つの座標を入れ替える
条件:MP、体力を消費し、対象物を指定して発動する。対象物は自身、或いは感知範囲内の非生物に限る。
パッと見ただけでも汎用性のあるスキルと高いレベルで、優秀なステータスだ。
レベルはそのまま経験値だ。ステータスだけ高くても、なんにもできない自分も居るわけで。
多分、ここまで何度も異界に潜って戦ってきたんだろう。自分のステータス詐欺が申し訳なくなってきた。
……ステータスを見てそう思ってしまったけど、そんな場合じゃない。再度取り返すために顔を上げる。
「はい、しーっかり見せてもらいましたぁ。」
すると今度はあっさりと、端末を手渡されて。
「強引な手を使ってごめんなさい。
ご安心を。装備とステータス以外は見てないですよ。
ヒメ、隠し事がなにより嫌いなの。お姉さまが望むのでしたら、私の端末も見せちゃいます。」
言いたいことは色々ある筈なんだけど、素直に引き下がられてしまうと何も言えなくなる。とても手玉に取られている気がする。
……ただ、ステータスを聞かれて素直に全部答えていたかと言えば、多分暈そうとしただろう。
「謝ってくれるなら、良いけど……」
そう言う後ろめたさもあって、結局追及はできずに。
「それに、色々とわかっちゃいました。
その一人称、綺麗な癖に化粧もなく髪の手入れも雑、服装なんて最悪。
スキルのせいだったんだぁ。あざとい演技かと思ったのに。」
「違うんだよ。本当に何もわかんなくて、服もこれしかなくて……」
「気にしないでねぇ。ヒメは何時だってイマだけしか見てませんから。
一目惚れしたお姉さまがSランクで、元男なんてぇ、むしろ燃えちゃう!」
彼女は全部知った上で、大丈夫と言うように微笑んだ。
自分から元男ですとか、Sランクのスキルですとは言わなかったと思う。こうやって笑ってくれるなら、いっそ全部バレたのは幸いだったかもしれない。
いや、だからと言って勝手に端末を視るのはどうかと思うけど。
「行きますよ、お姉さま。こんな装備じゃ戦えませんから。
まずはヒメが、女の子をぜーんぶ教えてあげちゃう♪」
そうして返事も効かずに手を取って歩き出す。相変わらずの強引さ。
向かう先が何処かもわからないまま道中、彼女は端末を手に、内カメラをこっちに向けて。
困惑する自分を放って、肩を寄せてカメラに向けてウインクする彼女。
「はーい、みんなヒメを待ってたよね?今日の放送はじめちゃうねっ」
「────!?!?!???」
端末に映った画面には、上目遣いに媚びる彼女と、唖然としている自分。
そしてその前を流れるコメントの群れ。
名刺に描かれてたSNSのアドレスには、確かに動画投稿サイトの物もあった。
だからと言って、まさかこんな、急に配信するなんて。
「今日は遂に、こーんなに可愛いパートナーを見つけちゃった!」
『やばカワ』『クッソ好み』『乳でっか』『ヒメぱいちっちゃ』
「今のおにーさん、名前覚えたからね。
お姉さまの話に戻るけどぉ、これじゃちょっと芋くさーいよねぇ?もったいないよねぇ?」
「ちょ……好き勝手言って……」
『水着着て』『メイド着て』『これはこれで』『脱いで』『姫コスして欲しい』『ゴスロリはよ』
「わかってるってばぁ。今からこのお姉さまを、とびっきりヒメ可愛くしちゃうからぁ……
みんな、釘付けになっちゃってねぇ♥♥」
今でも、悪い夢だと思ってる。ドッキリだったら良いと思う。
唐突に前触れなく始まった生配信デビュー。好評気味なのが寧ろつらい。




