3:ハロー・プリンセス
週末の放課後。猛と二人で、試験の説明会のために管理局へ。
細かな手続きの説明を終えたら、具体的な試験の内容へ移る。
会場は深度二十五の異界、そこで制限時間内に恐鬼のドロップアイテムを納品する事が試験の内容だ。
そして非常時の脱出方法、救助の呼び方に続いて、安全のために、二~四人のチームでの受験となると発表された。
(猛が居なかったら、知らない人とチームを組まなきゃいけなかったのか……)
知らない人と一緒に異界に、と言うのはやっぱり怖い。
特に今は女の子な訳で、男だった時よりも多分危ないし。
「なーるほど、今回はチームねぇ」
会場外の広場でベンチに座る。そこでぼんやり猛がつぶやいて。
「良かったじゃん。二人一緒に受験できるんだし」
レベルは上がっても、魔法の一つも使えないから戦力はダメダメなまま。
一人で合格できるかって考えると、多分出来ない。
……あの時は純様に期待されてるってだけで舞い上がっちゃったけど、今思うと何も考えてなかった。
ステータスだけはあるんだから、試験当日までに何とかしないといけないな。
猛は自分がと言うけど、今のところ足手まといは自分だし。
思えば最近は、ずっと猛にしてもらってばかりだ。そろそろ返さないと情けない。
「……いや、今回は別々に受けてぇんだわ」
「え?」
もしも、見捨てられてしまったら。申し出はそう脳裏によぎった瞬間に。
「ちょっと、待ってよ。
なんで。理由も行ってくれなきゃわかんないよ」
「だって俺ら、釣り合えてないだろ?……」
疑惑で済んでいた考えが、確信に変わっていく。
自分はもう──
「ちょ、違う!違うって!そんな顔しないでくれよ!!
ごめんごめん、言葉が悪かった。釣り合えてないのは俺の方なんだよ。
変異種もお前のスキルのお陰だし、あんなステータスになったお前にくっついて合格しても俺の力じゃねぇ。
だから、今回はちゃんと俺の力で合格したいんだわ」
「本当に、それだけ?」
「それだけそれだけ。もうちょっと、俺の事信じてくれよ」
裏がある様な奴じゃないから、本当に言葉通りなんだろう、けど。
ともかく裏が在ろうがなかろうが、こう言われてしまうと断れない。
「そう言うなら、わかった」
「大丈夫だって。お前なら受からねぇ筈ねぇもん。
あとこれ、軍資金」
手渡された封筒。中身は一万円が十枚以上。
あの時受け取った魔石の分のお金だろうか。
「良いよ。オレの分は純様に捧げたんだし」
「いいや受け取ってもらうね。
お前、未だ初期魔術装具のままだろ?
ちゃんとこれで良いもん揃えて来いよ」
「流石に悪いよ、こんな大金」
「うっせ。俺の気持ちとして受け取れよ。
大丈夫、そんだけ渡してもまだ半分残ってんだ。
その分は俺から夏希に捧げるよ」
わざわざこっちのセリフまで使って断れなくして。
結局拒むことはできずに、封筒まで受け取ってしまった。
広場には思ったよりチームが決まってない人が多く、そこらで勧誘が行われている。
猛も、自分のパートナーを探しに行くと息巻いて行ってしまった……あ、女の子に声かけて玉砕してる。アホ。
自分も、パートナーを探さなきゃいけないけど、猛以外には思いつかない。
そもそも人と仲良くなるのは苦手なのに、知らない人に背を預けるなんて難しすぎる。
「ねぇ君、俺と組まない?
スキルのランクはB、レベルは27、腕には結構自信あるんだ」
そこへやって来て声をかけてくる男。。
ホストみたいに立てた髪、真っ白のレザージャケット、歩く度にジャラジャラするアクセサリ。浮かべるのは軽薄の笑み、刺さる視線はなんとも露骨。
見た感じの印象は最悪だけど、口にしたステータスが本当なら確かに強そうだ。
悪い話じゃないかも。
この際どうせ誰でも変わんないし。
「カレに置いてかれちゃったんでしょ。
あんなダサい奴ほっといて、俺と行こ……」
「結構です。オレもう相手決まってるんで」
やっぱなし。こいつは駄目だ。
「オレっ娘?可愛いねぇ~
さっきはごめん、謝るからさ」
ベンチを立って歩きだしてもしつこく付きまとってくる。うざい。
只管無言で無視し続けて、何分経ったろう。ようやく諦めてどこかへ行った。
……と、思いきや次の相手を見つけただけみたい。
ロリヰタ風味に身を包んだ、色白で、たれ目がちで、気弱そうな女の子。
成程なんとも男受けする感じ。自分も好きだし。
自分には別に関係ないんだけど、あの腹立たしい態度が他人に向くと思うと、ちょっとほっとけない。
「やめろよ。
こんなに困ってるんだ、男なら引けって」
困り眉をして困惑するあの子と、男の間に割って入る。
男は少し面食らって、目を見開くけど、すぐにまた軽薄な笑みを取り戻す。
さあ次はどんな不快な言葉が飛び出すのか、身構えた、が。
「──待ってました、お姉さま!!」
男よりも先に言葉を発したのはあの子。そう言うと、腕を絡めてぎゅっと身を寄せてきた。
ちょっとまって、どういう状況!?
「お姉さまがヒメのパートナーなの、ごめんねぇ。
お兄さんの入る場所はもう残ってないの。」
流石に混乱したけど、わかってきた。誘いを断る口実にするつもりなんだ。
丁度いい、ここは話を合わせよう。
「そういう事。だからあんたは」
「最近流行りの百合って奴?いいねぇ~
いいじゃん、チームは四人までなんだからさ。二人の事、俺に守らせてよ」
ほんっと懲りないなコイツ!もっと強く言わないとだめらしい。
「……チッ」
舌打ちは直ぐ傍から、すぐ隣から聞こえた。
もしかして、この娘から?……
「さっきから優しーく要らないって言ってあげてるのに、わからないんだぁ。
今日の為にその似合いもしない高い服買って、ホストの真似事したんだもんね。諦めたくないよねぇ。
……モテない癖に。」
酷くドスの利いた声で突き刺される言葉。
自分も、男も、何も言えなくなって。
「おにーさん、バカみたいだから解りやすーく言ってあげるね。
──消え失せろ童貞。」
あれだけ諦めの悪かった男も、今回ばかりは反撃も出来ず。
よろめくように後退りながら、背を向けて走り去っていった。
泣いてないか、アレ。迷惑な奴だったけど、此処まで言われなくてもよかった気もする。
ともかく、この娘も助かったんだから良しとしよう。
「……じゃあ、オレはこれで。」
……絡んだ腕が離れなくて、動けない。
「お姉様、ありがとうございます♪
私、お姉さまが居なかったら酷い事されちゃってましたぁ。」
「それはよかった。さよなら。」
駄目だ。全く離してくれない。この子めちゃくちゃ力強い。
「ヒメはぁ、姫咲々ゆりちって言います。
私に声をかける人ってあんなのばっかりで、とーっても困ってたんですぅ。」
猫撫で声で語りながら、腕の力は一切抜けない。
視線を合わせるともう逃げられない気がして、必死に向こうを見てるのに。
可愛いと思った女の子に腕を絡められて、最初はちょっとうれしかったのに。今はただただ怖い。
「ヒメ、ほんとはまだチームが決まってなくてぇ……
お姉様が助けてくれて、本当に良かったです♪」
この瞬間、理解した。
自分はもう、この娘が望む答えを言わない限り、逃げられない。
自分が君とチームを組む、そう言わない限り。




