第3話 願う男が守る少女
騒がしい外とは違い静かになった家の中で男が1人、ソファーの上でうつむいている。
「大丈夫?」
それは以前と同じく可愛い声だった。
明らかに元気のない俺を心配してか遠慮しながら話しかけてきた。
「ああ、心配させちゃってごめんね。
大丈夫だよ。自分が望んだことだからね。」
ユナは首を傾げている。
「ああ、ホルさんから聞いてないんだね。」
「お母さんにはタクマのお手伝いをしてきてって聞いたんだけど???」
なるべく優しく丁寧を心がけて説明することにした。
「これからいろいろあるだろうしユナのお手伝いは頼もしいよ。ありがとね!
けどそれとは別に僕の考えとホルさんに考えがあってね、
ホルさんはユナにいろんな物事を見て欲しいから外の世界に出て欲しかった。
僕の願いはこの地球が安全になるまで妻と子どもを避難させたかった。
そこで一時的になんだけどユナは僕が預かって僕の家族はホルさんに預かってもらうことにしたんだよ。
ユナにちゃんと説明しないでこんな風にしちゃってごめんね。」
ホルさんがどこまで話をしているか分からない、
なるべく簡潔にユナに伝えてみた。
「ううん。タクマはいい人そうだからいいんだよ!
それにお母さんからもそんな感じのこと言われた気がする!」
助かった。
これで帰りたいって言われた日には泣きたくなる。
「少し時間がかかるかもしれないけど必ずホルさんはユナを迎えに来てくれるよ。
だからそれまで一緒に頑張ろうね!」
ユナは満面の笑みを見せてくれた。
本当にその顔に救われた。
自分一人だったらどれだけ不安だっただろう。
人は守るものや大切なものがあるから前を向けるんだなと思った。
「じゃあ自己紹介をしようか。
僕の名前は佐久間 伸28歳。
子どもは4歳になったばかりの男の子が1人、元気な暴れん坊がいるんだよ。
さっき言ったように妻と一緒にここが安全になるまで預かってもらうけどいつかユナと会わせたいな。」
「じゃあ次は私ね!
私の名前はユナって言って11歳だよー。
一緒に住んでるのはお母さんとだけだしお友達もいなかったからちょっとドキドキしてるけど、
サクマに迷惑をかけないように頑張るね!
サクマの子どもが4歳なら私の方がお姉ちゃんだねー、楽しみにしてる!」
ユナの一生懸命な自己紹介を聞いてもう一度心に決めた。
必ず家族とまた会う、そしてユナをホルさんの元へ必ず返そうと。
「迷惑なんて子どもが気にすることじゃありません!
ユナはとにかく楽しんで元気に育ってくれればいいんだよ。
そのために僕はできる限りのことをするしユナを絶対に守るって約束するから。」
「ありがとう!じゃあ私はサクマも元気になってくれるように頑張る!」
お互いの紹介が終わったところでこれからの方針を決めないとな。
たぶん外では初めて使えるようになったスキルを乱用している人がいるんだろう。
警察や自衛隊なんて正直あてにならない、自分のことで手一杯だろう。
「今後どうするか話し合おうか。
ユナはご飯食べたかな?」
俺はさっきの世界に行く前にご飯は食べたけどユナはどうなんだろ。
「食べるー!」
お腹が減っていたのかユナは嬉しそうな顔で席に着いた。
夕ご飯のオムライスのが残っていたのでユナに出すと美味しそうに食べ始めた。
「そういえば向こうではご飯って誰が作ってたの?」
失礼だがホルさんが作ってるとは思えない。
立場的に偉い人なんだしお手伝いさんでもいるのかな?
「あっちだとお腹って減らないんだよねー、
水とかも飲まないしなんか不思議な感じだよ!
眠いなーっても思わないけど暇なときは横になって夢みたいなのを見てる感じ。」
ニート生活待ったなし!!!
食事や睡眠がいらない世界が幸せなのか不幸せなのか分からないけど、
その分の時間を自分の趣味に割けるなら俺はありだと思う。
そんな感じでお互いの話を一通りしたところでユナが食事を終えた。
ユナに食後のジュースを出し、自分用のコーヒーを飲みながら今後の話を始める。
「まずは僕の考えなんだけど、これからいろんな人が喧嘩をしたり、争い合うようになると思う。
人によって取る行動は違うけどほとんどの人は新しい力であるスキルを使って好き勝手するだろうからね。
その後は少しづつ集団が生まれて何個かのチームができるはずなんだ。
今の地球にある国家ってそんな感じでできたからたぶんこの予想はあたると思う。
ここまでは大丈夫?」
ユナは真剣な顔でうなずいてくれた。
「次になんだけど僕たちの仲間を見つけたい。
なるべく同じ考えを持った心強い仲間を集めてチームを作るんだ。
できればそのチームの初期メンバーになりたいと思う、最初期からいる人間はなにかと優遇されるからね。
次にどんな仲間を探すかだけどユナはどう思う?」
「まずはリーダーが必要です!」
胸を張って答えるユナがとても可愛い。
「そうだね、核となるリーダーは必須だよね。
けどよくある強くて人を惹きつけるような魅力あるリーダーってのは今回は後回しにします。
いま探すべきはずばり気の合う人です!」
いや当たり前だろって言いたそうなユナの顔が見える。
「本当に人の上に立つ人間って勝手に人が集まってくるものなんだよ。
だから探そうとして見つかるもんじゃない、自然とその人に出会う感じね。
いまは自分の感覚と合う人と話し合って情報を共有します。
あとは自然とその中からリーダーが出てきたり、リーダーと出会えるからね。
今まで必要とされてきた人とこれから必要とされる人って全然違うと思う。
だからこそ今は大チャンスだよ、いろんな人と話をしてみようね。」
「言ってることは分かるけど、それで強いチームになるのかな?」
不安そうなユナだが想像通りの反応だ。
「明日から動けば絶対に大丈夫だよ、さっきも言ったけど今まで必要とされてきた人間とこれから必要とされる人間は違う。
それに自分の立ち位置がみんな分からないからさ、自分のスキルが強いかどうかなんてまだ分からないでしょ?
これから数日から数週間の間はみんな探り合いをして結果今までとは違った新しい人とと一緒になるからね。
だからこそ今のうちに外へ行って早く気の合う人を集めるべき。
人数さえ集まれば強い人や優秀なリーダーもきっと見つかる!」
「分からないけど…サクマがそうしたいなら私はそれに着いて行くよー!」
「よし!じゃあ今日はご飯を食べてお風呂に入ったら部屋で寝ようか。
ユナは僕の子どもの部屋を使っていいからね。
他にも分からないことがあったらなんでも聞いてね、答えられることはなんでも答えるからさ。」
「はーい!」
ユナが寝て家の中が静かになったところで明日以降の準備を始めた。
まだ電気が使えているがおそらく数日中には止まるだろう。
電気だけではない、水道やガスなどの生活ライン。
食べ物もなるべく確保しなくては…
ユナのことは心配だが一旦家を出ることに決めた。
近隣のコンビニやスーパーへ行き、保存が可能な食料と水などを探すためだ。
今動き出せばまだ物資が残っている可能性は高い。
自分のスキルだってまだ把握している人は少ないはずだ、今ならまだ住宅へ強盗も入らないだろう。
…と思いたい。
スーツケースとなるべく大きなカバンを片手に車に乗り込んだ。
自動車だと大きな音がするし小回りが利かないことを考えて自転車にするか悩んだが積める荷物の量、
あとは早く帰ってくるためにも今は車で行くことにした。
何台かの車とすれ違うが目を合わせず急いで車を走らせる人がほとんどだった。
仕事場などにいて早く家族の元に帰りたのか、俺と同じように物資を探しに走っているのか。
どっちにしてもこのまま何事もなくこのペースでコンビニやスーパーに行きたい。
5分ほどで一番近くのコンビニに着く、中では何人かが物を物色していたが店員はおらず支払いをせずに持ち出している。
予想通りだけど。
罪悪感はあるが今はそれよりも早く欲しい物を確保してユナの元へ帰りたい。
店長には申し訳ないが俺も店内を物色して必要そうな物を何点か持ち出した。
他の人のために物を残そうという気は全くなく、今は自分とユナが少しでも長く生き残れるように持てるだけの商品を車に詰め込んだ。
次に少し先のドラックストアへ車で向かった。
食べ物はそれなりに確保できたので薬を多めに確保しておきたい。
幸いなことにこちらにも人だかりはできておらず、壊された入り口から何人かが物資を運び出している。
俺も急いで各種痛み止めや傷薬はもちろんのことマスクや手袋などの今後使えそうな物、そして他の人が必要と
しそうな物を大量にカバンと車に詰め込んだ。
家を出てから帰宅するまで2時間ほどかかったが家は何も変わらず静かなままだった。
荷物をそのまま車に置いたまま、急いでユナの寝ている子ども部屋へ向かう。
今はユナの安全を確認したかった。
ユナは相変わらず静かに眠っており、出発したときと何も変わってないことに安堵した。
その後はひたすら準備をした。
相当量の飲食物を確保したが持ち歩きは当然できない。
缶詰や乾パンなどの保存できる食べ物を中心に軒下に隠すことにした。
他にも使用期限や賞味期限を確認して期限の遠い物から順に医療品も隠すことにした。
そして最後に自分たちが数日間さまよっても大丈夫なように物資を精査して車とカバンにしっかりとしまう。
一通り準備を終えると部屋のパソコンを起動させ、前の撮った写真や動画を見ておくことにした。
「パソコンもスマホも全部止まるんだ、その前に全部目に焼き付けたいな。
何枚かの写真は印刷したいし朝までに間に合わないだろなー。」
笑いながら、泣きながら、必死にパソコンの画面にかじりつく。
側から見たら気持ち悪いんだろなー。
って思ったらまた笑えてきた。
「車で出て行った音がしたのに気づかないわけないでしょうが。
戻ってきてくれたのは安心したけど心配させないでよ。」
扉の奥で誰にも気づかれず、見た目に似合わない笑みを浮かべる少女がそこにはいた。